完封
「ぴんぽんぱんぽーん。
本日もオーバーフローの時間となりました。
プレイヤーの皆様は、本日も安全に気をつけて討伐業務を遂行してください」
このアナウンスも、これで三回目。
生徒会書記の小橋は、そろそろ慣れつつある。
「はぁ?」
「今までとは様子が違いますね」
庶務の常陸と副会長の築地が、背後でそんなやり取りをしていた。
「どうかしました?」
全プレイヤーへの通達状態をオフにして、小橋は背後を振り返り、確認した。
「見てよ、これ」
常陸が何枚か並んだ液晶ディスプレイを指さす。
「なんか、やけに秩序だった連中が出て来ている」
そこには、常陸が管理する半自立式ドローンによる空撮映像が表示されていた。
「装備なんかは、ローマ風ですね」
築地が指摘をした。
「秩序、というより、完全に統制が取れた動きだと思います」
どちらも、これまでにない現象だった。
「ええと、ヒト型で、軍隊のように統率されたモンスターってことですか?」
モニターの中の映像は、小橋の目にも、確かにそのように見えた。
「この状況も、全員に通達します?」
「モニターで見える程度の情報は、モンスターを相手にしているプレイヤーは当然、把握しているかと思います」
築地は、意見を述べる。
「しかし、そうですね。
注意を促すのは、いいでしょう。
いつもと様子が違うから、慎重に行動をするように、と」
「そうですね」
小橋は小さく頷き、全プレイヤーへの通達状態をオンにする。
「皆様、すでにご覧の通り、本日のモンスターはいつもとはかなり様子が違います。
慎重に行動してください」
その日のモンスターはローマ風の軍装に身を包み、整然と整列した状態で出現した。
最前列の兵は大きな四角い盾を密集して並べ、続く兵も頭上に盾を掲げ、密着している。
そして、盾と盾の隙間から、かなり長い槍が何本も伸びていた。
「ファランクスじゃねーか!」
プレイヤーの中の一人が、叫んだ。
「古代ローマ兵の得意技だ!
こいつら、集団戦のやり方をわかってるぞ!」
多分、たまたまその手の知識を持っていたプレイヤー、なのだろう。
ファランクス。
すなわち、古代ローマ軍団が得意として、重装歩兵による密集陣形。
いつもとは違う様子になんとなく手を出し損ねていたプレイヤーたちが、その声に怯み、完全に逃げ腰になった。
相手がもっともらしいモンスターであるのならともかく、完全に知性のある、それも、集団戦に熟練した様子を見せる連中と、正面からやり合いたがるほど、ほとんどのプレイヤーは無謀ではない。
その時。
ファランクスの中程に、巨大な物体が落下する。
その場をその場を構成していた兵士たちが衝撃で砕け、周辺に破片をまき散らした。
物体の落下は、小名木川会長が考案したという、スクラップストライク。
そして、バラバラになりながら飛散した兵の姿を見て、プレイヤーたちはさらに驚愕する。
「ほ、骨?」
「アンデッドのファランクス、だと?」
スクラップストライクは、有効であった。
ということは、少なくとも物理攻撃は効果がある、と、確認されたことになる。
しかし、アンデッドが相手となると。
「肉弾戦では、不利かなあ」
誰かが、ぼそりといった。
アンデッド。
特定の攻撃には目茶苦茶弱いが、物理的な攻撃には強い。
下手すると、再生能力もある。
たいていのゲームでは、そういう設定になっている。
この場でもその設定が引き継がれているのかどうか、定かではなかったが。
大きな盾を構えて密集し、集団で行動をするアンデッド軍団は、どう考えても侮れない。
「アンデッド、ですか?」
詳細を聞きつけ、首を傾げたプレイヤーが居る。
「それでは、どうにか出来るかも知れませんね。
手持ちのスキルに、その手の属性に特殊効果があるものがございますので」
たまたま生徒会執務室のある建物、その一階で通常業務にあたっていた、ユニークジョブ聖女の少女は淡々とした口調でそういい、そのまま歩いて外を望む窓を開いた。
市街中央の円形中央広場はもとより、そこから伸びている何本かの太い道までぎっしりと銀色に輝く大きな盾に埋め尽くされていた。
「まあ、大変」
緊迫感のない口調でそういい、結城紬は自分のスキルを実行する。
「ええと。
確か、これでしたわね。
浄化!」
結城紬を中心とした半球状に、銀色に輝く大きな盾ごとアンデッドたちが消失していく。
それはもうきれいに、なんの抵抗もなく。
「え?」
「え?」
「え?」
その場に居合わせ、その光景を目撃していたプレイヤー隊たちは、ほぼ例外なく目を見開き、大きく口を開けた。
「嘘でしょ」
「いや、こんな」
「簡単で、いいの?」
結城紬の浄化の効果は、覿面だった。
隊列を組んでいたアンデッドの軍団は、結城紬から近い順に、波が引くように、姿を消していく。
数分もしないうちに、円形広場とそこから伸びる路上から、モンスターの姿が消えた。
「えっとぉ」
モニター越しにその様子を見ていた小橋も、あっけにとられていた。
「なんか、モンスター。
全滅していません?」
「少なくとも、ドローンが撮影している範囲内には、現存していませんね」
そういう常陸は、毒気が抜かれたような表情になっている。
「これが、聖女の力かあ」
「たまたま、ですが。
今回のモンスターと結城嬢のスキルとが、異常に相性がよかった、ということなのでしょう」
築地も、そうコメントする。
「あと、ですね。
今回、はじめて百パーセントになりました」
「なにが、ですか?」
「達成率が、です」
築地は真面目な表情を崩さずに、頷く。
「単身でこれだけの成果を出したのは、結城嬢だけですね。
おそらく、ですが。
空前にして絶後、ということになる気がします」
四日のオーバーフローは五分もかからずに終了し、ユニークジョブ聖女の結城紬はレベル九十九に達した。
そして、おそらくは、そこがカンスト地点、なのだろう。
弟であるただしから「成長促進」のスキルを教授された効果もあった、のだろう。
いや、それ以上に、単身で一度に一万体ものモンスターを倒したのだから、当然の結果であった、とも、いえる。
事後、結城紬の倉庫内には、きっかり一万体分の軍装が収納されており、そのうちのいくつかはひしゃげたり破損したりしていた。
そうした破損した分は、スクラップストライクなど、他の、結城紬以外のプレイヤーから攻撃を受けた分、のはずだ。
かなりのダメージを受けても、あのアンデッドたちは完全に死滅してはいなかった、ということになる。
また、あとでドローンの映像を確認した結果、結城紬が浄化を発動した時点で市街内部に出現していたモンスターは、多めに見積もってもせいぜい千体ほどである、と、確認された。
つまり、あの浄化は、これから出現するはずであった数千単位のモンスターもまとめて、浄化したことになる。
また、ことが終わった直後、結城紬の目前に、忽然と大きな宝箱が出現した。
これもまた、はじめて観測される現象になる。
当然のことながら、結城紬はこの一件により、プレイヤーランキングにおいて、ダントツの一位となった。
「五千二百八十五億ポイント、って」
その数字を確認し、小名木川会長は戦慄する。
「普通に考えて、あり得ない数字だろ。
あんな短時間でこんな桁数稼ぐ個人、いないだろ」
「モノは考えようですよ、会長」
横島会計がいった。
「他の誰かであったのならともかく、結城さんなら、悪い使い方はしないと思います」
「その点に限っては、そうなんだけどね」
小名木川会長は、にへら、と笑った。
「だけど、これの後始末、かなり大変じゃないか?
いろいろと」




