総力戦(二十二)
恭介は今、空を飛んでいる。
遥と二人、柄の長い箒に、前後に跨がっている形だ。
「左斜め下に旋回しまーす」
「了解」
急な軌道変更も頻繁におこなっているが、この二人は難なくそうした事態に適応している。
なにしろ、空は広い。
加えて、敵モンスター群は、必ずしもまとまって動いているわけではない。
大小の集団、あるいは単独で、規則性がまったく読み取れない来訪の仕方をしていた。
つまりは、別々の場所から来ている連中なのだろうな。
と、恭介は予想する。
「この地点に来い」
という指令のようなものを受け取り、それに従ってはいるものの、何者かが号令をかけたり指揮をしたりしている様子は見られない。
烏合の衆というか、統制が取れていない状態で、各々が勝手に動いているようなのだ。
だからこそ、対処するためには、来襲するモンスター群を個別に叩かなければならない。
煩雑で面倒ではあるが、一度に大量のモンスター群を相手にする必要があまりない、というのはメリットでもある。
恭介は手にした杖を高く掲げ、自分の察知スキルに反応したモンスター群をまず風属性の魔法で蹴散らす。
小さい、あるいは、力が弱いモンスターは、それだけで飛行能力を喪失して勝手に墜落していく。
残った、比較的強いモンスター群に対して、雷属性の魔法を何度かお見舞いすると、そこに居た集団は察知スキルに反応しなくなった。
会敵してから処理を終えるまでの時間は、わずかに数秒、といったところか。
この時点での恭介自身の察知スキル有効範囲は、半径四百メートルほどになる。
しかし、遥の察知スキルは、どうもその倍以上、一キロ以上を優にカバーしているのではないか。
まだ確認していなかったが、遥はおそらく、すでに二度目のレベルカンストを終えている。
それも、途中から中忍なる上級職を得た状態で、だ。
今の遥がどこまでの能力を獲得しているのか、恭介は把握していなかった。
が、それが今、とても役に立っているということは、確かである。
今回の遥の役割は、高性能レーダー兼パイロットということになる。
恭介は、ガンナーというかボマーだ。
索敵と水先案内は遥に任せ、恭介は遥が案内した先で遭遇するモンスターを蹴散らすことに専念する。
そういう役割分担になっていた。
この二人は、以前に魔法少女隊から聞いた「箒はドッグファイトに不向き」という情報を真面目に受け取り、近接戦闘になる可能性を可能な限り回避する、という方針で動いている。
高速で敵に接近し、致命傷を与え、即座に離脱して別の敵へと高速で移動する。
そういう戦法になるのは、合理的な選択といえる。
もっとも。
その戦法も、この二人の能力を組み合わせがあるからこそ、成立するものだったが。
「空も広いけど、箒も速い」
遥は、上機嫌でそういった。
「まさか音速には届いていないと思うけど、時速百キロ以上は確実に出ているよね、これ」
「空の上だと、対象物がないんで速度の実感が湧きにくいよね」
恭介が答えた。
「事前にゴーグルをかけていて、正解だったよ」
箒に乗る直前に、恭介は遥から予備のゴーグルをかけて装備していた。
この速度で移動していたら、眼球など即座に乾燥していたはずなのである。
敵集団は、余り詳しく観察している時間もなかったが、どうやら種族も生態もまったくバラバラであるらしい。
侵入する高度なども、敵によってかなり違っていた。
方位に加え、高度なども毎回変えては敵集団に打撃を加える、という行為を、先ほどからこの二人組は繰り返している。
単独の敵や小集団は、単純に手が回りきらないし、魔法少女隊や地上組のために残し、より脅威度が高そうな集団から優先順位をつけ、順番に叩いている形だった。
ぶっちゃけてしまうと、来襲するモンスター群のすべてを恭介たちだけで倒さねばならない必然性も、ほとんどない。
他の人たちでも対処可能な数にまで減らしておけば、恭介たちの役割としてはまずまずの成果なのだ。
「これだけいっぱい敵を倒すんなら、一度レベルをリセットしておいてもよかったんじゃない?」
「どうだろう?」
恭介は首を傾げた。
「それをやると、一時的ではあるにせよ、大幅にスペックダウンになるからなあ。
今のような緊急時は、あまりやりたくないっていうか」
現に、今の能力で十分に対処出来ているわけで。
別に、それ以上に欲張る必要もないだろう。
と、恭介は思う。
遥の索敵能力と高機動能力、それに、恭介の広域殲滅能力との組み合わせは、この空ではかなり無敵に近かった。
「召喚術士の左内くんから連絡、というか、提案をいただきました」
小橋書記が司令部の面々に判断を請う。
「ええと。
飛竜の肉を、召喚獣に分けてもいいかと、お訊ねです」
小橋書記の声には、明らかに戸惑いが含まれている。
「召喚獣に、かあ」
小名木川会長も、困惑している様子だった。
「それ、どうなんだろう?
召喚獣が制御不能になるとか、そういう恐れはないのか?」
「左内くんによると、その辺はおそらく大丈夫だろう、と」
小橋書記はいった。
「よほどのことがなければ、左内くんの制御から外れることはないとの確信を持っているようです。
ただこれも、あくまで左内くん個人の心証でしかないわけで、結局それをどこまで信頼するのかって問題になりますが」
「現状、その召喚獣とやらについていくらかでも把握しているのは、そのサナイしかおらぬのであろう」
シュミセ・セッデスが意見を述べる。
「であれば、その判断に従うべきなのだろうな。
サナイとやらを信用出来ぬとなれば、そもそもこの状況事態をここまで凌げてもおらん。
上の者が専門家の判断を疑うのは、愚策というものだぞ」
「だ、そうだ」
小名木川会長はそういってゆっくり首を横に振った。
「左内には、好きにしろとでも回答しておけ。
あ、その前に、飛竜の肉を食った召喚獣がどうなるのか、予測しているようなら確認しておいてくれ」
「はい」
小橋書記は頷いて、しばらく左内と通信でやりとりをする。
「竜の肉を与えた召喚獣の変化についてですが、一時的に恒久的にかは不明ですが、パワーアップするのではないかといっています。
それと、追加情報として、もうすぐ大型召喚獣が順次、再召喚可能になるそうです」
大型、それに超大型召喚獣は、飛竜落下の衝撃を受け止めた時にほぼ全滅して一時退場していた。
それが、もうすぐ再召喚可能になる、という情報だった。
「結構なことではないか」
シュミセ・セッデスはいった。
「大型以上の召喚獣が複数現れ、飛竜の肉を喰らいはじめたとしたら。
割合早くに、このチュートリアルも終わるかも知れんな。
いや、是非、そうなって欲しいものだ」
少し前ほどから、ガーゴイルなどの飛行能力を持つ召喚獣が低空にまで侵入して来た敵モンスター群を迎撃しはじめていた。
ガーゴイルたちはどうやら、あまり高くは飛べないらしい。
しかし、硬い体表を持つ彼らは、滅多なことでは討ち取られることがなかった。
かなり長く空中に留まり、数多くの敵モンスターを執拗に攻撃し、倒し続けている。
それ以外に、察知スキルを持つフラナ勢が、ここぞとばかりに弓や火器で射程に入ったモンスター群を、片っ端から射殺している。
この手の狩りは、彼らにしてみれば「お手の物」、なのだろう。
「ほー、ほー」
と声を掛け合いながら手にした武器を連射している様子は、楽しげですらあった。
無数に沸いて来る獲物を相手にすることは、彼ら狩人にしてみれば、夢のような光景なのかも知れない。
幸いなことに、こちらの火力に比して、敵が強大に過ぎる、ということもなかった。
この時点では、敵が来るにしても、どうにか対応可能な数量に留まっている。
そして、ある時点から、地上に残った召喚獣が新たな動きをするようになった。
輪切りにされ、プレイヤーたちが処理しきれずに放置されていた飛竜に肉に、どこからか集まってきた大小の召喚獣が取りつき、その肉にかぶりつきはじめたのだ。
小鬼のようなものが居る。
牛や虎、狼や猪のようなものも居る。
大きさも、まちまちだ。
そうして集まってきた召喚獣たちは、人間のプレイヤーが持て余していた飛竜の肉を、数に任せて食らいつくしていた。
巨大な肉塊があっという間に消え失せ、召喚獣たちは次の、手つかずの肉塊へと移動していく。
そうした様子を目の当たりにしたプレイヤーたちは、まず戸惑い、次にわっと沸いた。
「やつら、凄い速度で飛竜の肉を片付けていくぞ!」
プレイヤーたちは、それぞれの言語でそんな意味の内容をいいあった。
「この分だと、今回のチュートリアルはもうすぐ終わるぞ!」
最初のうちは、希望的観測を含んだ叫びだったのかも知れない。
しかし、全長十メートル以上はある大型召喚獣が出現し、竜の肉に食らいつきはじめたとき、そうした歓声は希望的観測から確信に基づいたものへと変わった。




