総力戦(二十)
などということをやっているうちに、日が暮れてきた。
通常のチュートリアルとは違い、緊張感を欠いた現場となっている。 飛竜の特殊な性質上、モンスター討伐というよりは解体作業、といった趣になってしまうのだ。
なんだかんだで膨れあがった人員は、割合仲良く声を掛け合いながら、交替しつつ切り分けられた飛竜の部位にとりついている。
休憩中、少し距離をとった場所で煮炊きし、飲食をはじめる者も出はじめた。
「なんだか飛竜の肉が食用になるって情報が、出回ってるみたい」
遙は、どこかで小耳に挟んで来た情報を恭介たちに披露した。
「練度の高い鑑定スキル持ちの人が、そういう情報を読み取ったとかで」
「あんなに硬い肉をか?」
恭介は軽く首を傾げる。
「それ、よほど頑丈な歯と顎の筋肉が要るんじゃないのか?」
「多分、ぐだぐだになるまで煮込むんだよ」
彼方が、そんなことをいい出す。
「圧力鍋とかを利用すれば、どうにかいけるかなあ?」
彼ら三人は、飛竜の切り分け作業を終え、小休止中であった。
一応、中央司令部に向けて、作業完了報告並びに次の指示を請う旨、連絡はしている。
ただ、中央司令部も忙しいらしく、
「少しお待ちください」
との返答があって以降、放置されていた。
中央司令部は、今、かなり多忙であるらしい。
イレギュラーな事態がここまで重なれば、そうもなるか。
これについては、恭介も、
「無理もないな」
と、納得していた。
それよりも。
「言葉が通じない人同士も多いのに、なかなか仲良くやっているようじゃないか」
集まって来たプレイヤーたちをざっと見渡して、恭介はそういった。
恭介たち自身のように、自動翻訳の魔法をかけてもらっているプレイヤーはほとんど見当たらない。
その割には、出身や出自によらず、片言や身振り手振りで雑多なプレイヤー同士が意思の疎通を図ろうと、普通に努めていた。
フラナ勢とセッデス勢間ならば、まだしも理解可能だった。
両者の間には八十年に亘る交流の歴史があり、仮に言葉が通じないとしても、双方相互に了解している前提も多いだろう。
しかし、新参者であるこちら側のプレイヤーに関していえば、そうした前提がそもそもない。
にも関わらず、こちら側のプレイヤーたちも、どうにかして向こう側のプレイヤーと意思疎通をしようと試み、それはある程度、成功しているようだった。
共通した目的を持つ者同士、という前提があるにせよ、これほど雑多な集団がトラブらしいトラブルも起こさず、これまで割合いい雰囲気でやってこられている。
そのことに、恭介は少なからず驚いてた。
「それは、あれじゃないかな」
彼方は、そうした見解を示した。
「金持ち喧嘩せず、ってやつ。
この場に集まった人たちは、普通にやっていればそれだけで膨大なポイントが獲得し放題な状況にあるわけで。
だとすれば、無理していざこざを起こすメリットがないというか」
つまりは、少ないリソースを奪い合うような状況ではない以上、無駄に争う必要もない、ということらしい。
今更だが、このチュートリアルは、かなり異常な状況だな。
と、恭介は、そんな風に思う。
「外部から多数のモンスターが接近しているそうです」
そんなやりとりをしてからいくらも経たないうちに、中央司令部から聞き慣れた声でアナウンスが伝えられた。
「目下討伐作業中の飛竜が仲間を呼んだのではないかといわれています。
規模などの詳細は不明ですが、まずは飛行タイプのモンスターが先にこちらに到着するそうです。
お手すきのプレイヤーは、是非とも来襲モンスターの討伐にご協力ください」
「仲間を呼んだか」
恭介はいった。
「このまま、時間さえかければ終わるとも思わなかったが」
「過去に出現したモンスターの生き残りとか、その子孫がこぞって来るようなら、相当な数が来る可能性もあるね」
彼方は、冷静な声でそんな指摘をする。
「無尽蔵に集まってくるモンスターをすべて倒すのが先か、それとも飛竜を完全に倒すのが先か。
なかなか、スリリングな状況だ」
「のんびりいってる場合と違うでしょ」
遙がいった。
「迎撃にいくよ」
「そうだな」
恭介は、その言葉に頷く。
「また空中戦か。
あれ、なかなか慣れないんだよなあ」
「なら、こっちの箒に乗って」
倉庫から魔法の箒を取り出しながら、遙がいう。
「運転はこっちが担当するから、そっちは火力をお願い」
「そうしよう」
恭介は、素直に頷く。
「ドッグファイトは遠慮したいから、出来るだけ遠距離で対応するよう心がけるよ」
「ぼくは、地上に残って警戒しておくよ」
彼方はそう宣言する。
「その方が役に立つと思うし、飛べないモンスターも時期にこっちに集まってくるだろうし」
箒に乗った二人は、すぐに上空に達した。
より具体的にいうのなら、敵である飛行モンスター群が肉眼で確認可能な位置まで、一気に移動した形になる。
「いるなあ」
恭介は、雲霞のごとく集まってきたモンスター群の方に目線を向けて、そういった。
「可能な限り、数を減らしますか」
恭介はジョブを魔術師に変え、杖を構えて、モンスター群に向けて、複数の属性魔法を放つ。
雷が水平方向に放たれ、局所的に激しい風雨が発生した。 そうした不自然な状況に巻き込まれ、多数のモンスターがまとめて落ちていく。
体に着火し、焼け焦げた状態で落ちていくモンスターも多かったが、それ以外に、外見上はなんの異変も見られない様子でそのまま落ちていくモンスターも居た。
なんらかの衝撃で気を失っているだけで、完全に絶命してはいないモンスターも含まれていそうだったが、この高度だと、地上までに覚醒しないとそのまま地面に激突して息絶えるはずだ。
仮に生き残ったモンスターが居たとして、そこまでは恭介も責任は持てない。
今は地上にも多くのプレイヤーたちが集まっているはずだったから、あとはそちらでどうにか始末をつけてくれることを期待する。
「どのみち、ここまで数が多いと、おれたちだけで完封っての無理だろうしな」
と、恭介は思った。
この場での自分の役割は、来襲してきたモンスター群の数を可能な限り減らすことだと、そう割り切っていた。
「相変わらず、派手にやっているなあ」
地上からそうした様子を確認していた彼方は、上空を仰ぎ見て、そう呟く。
「天変地異とか自然災害レベルの攻撃だね、あれは」
恭介が本気で殲滅攻撃魔法を使うとどうなるのか。
その答えが、今、上空で展開している。
雷鳴と業火が、地上からでも視認できた。
ここからあれだけ大きく見えるということは、間近に見ていたらとんでもない状況なんだろうな、と、彼方は思う。 大勢の、この場に集まっていたプレイヤーたちも、上空の異変を指さして口々に、自分たちの言葉でなにかいい合っている。
驚愕と、恐れ。
つまりは、そんな感情を、彼らは共有していた。
「現在、上空で展開している異変は、味方プレイヤーの攻撃魔法によるものです」
中央司令部が、先ほどからそんな意味のアナウンスを繰り返している。
「必要以上に恐れたり、恐慌を来したりしないでください。 あのプレイヤーは、意味もなく味方を害する人ではありません」
おそらく、フラナ勢とセッデス勢にも、同様のアナウンスは繰り返されているのだろうな。
と、彼方は推測する。
「またあいつか」
こちら側のプレイヤーの呟きが、彼方の耳にも入ってくる。
「どうせまた、破壊のやつが暴れているんだろうよ」
日本語の呟きだったので、なおさら彼方の意識に強く残った。
「ハカイ?」
「ハカイ、ハカイ」
そうしたこちら側プレイヤーの呟きは、フラナ勢やセッデス勢プレイヤーにも伝播していく。
ハカイという音を、なんらかの固有名詞だと認識しはじめたようだ。
実際は、恭介の異名なのだが。
「本名でも異名でも、同じようなもんか」
彼方は呟く。
恭介にしてみれば不本意なのだろうが、これでまた恭介の存在が、多くの人々に認識され、広まっていくようだ。
恭介たちから少し遅れて、異変の発生源がさらに四つ、上空に増える。
これは、魔法少女隊が飛行モンスター討伐に乗り出した、ということだろう。
その異変は、先に乗り出した恭介のものと比較すると、規模がかなり小さく思えた。
いずれにせよ、彼らが全員で力を合わせていれば、飛行型モンスターの数もかなり減らせるはずだった。




