総力戦(十九)
関係各所へ連絡し、中央司令部は飛竜の扱いについて、
「細かく切断した上で、プレイヤー各自に対処してもらう」
という結論に達した。
とりあえず、飛竜の巨体をすぐに切断可能なプレイヤーは二名、居た。
これは、恭介と結城ただしになる。
それ以外に、
「多少の時間をかければ、どうにか切断が可能」
な能力を持つプレイヤーが数名居て、これは、Sソードマンの奥村とのセッデス勢中の数名が該当する。
セッデス勢の中には、剣士か戦士のジョブになる者が多く存在しているようだ。
対照的に、フラナ勢は斥候か狩人のジョブになる者が多く、剣士ジョブになる者がほとんどいない、という。
ありたいにいえば、
「輪切りにして、参加者全員に丸投げした形にしよう」
という作戦になる。
「まあ、やれといえばやりますけどね」
恭介は、そうぼやいた。
一応、中央司令部からは、その仕事の見返りとして、「飛竜の頭部は恭介の好きにしていい」という条件を取りつけている。
頭部は、飛竜の中でも希少性が高い部位の宝庫であり、それをトライデントで独占していいとお墨つきを与えたのは、かなり優遇している形になる。
ただその前に、他のプレイヤーたちに対しても、飛竜に対してとっつきやすい形を整えてやってくれ、と頼まれた形になる。
「どれくらい、細切れにすればいいのかな?」
恭介は、傍らの彼方に訊ねた。
「とりあえず、十メートル位を目安にしていればいいじゃないかな」
彼方は、自信がなさそうな口調で答える。
「しばらくそれでやってみて、それでも駄目だったらさらに細切れにすればいいと思う。
この飛竜、全長は四百メートル前後らしいから、十メートル刻みでも結構な手間にはなると思うけど」
頭部と胴体を切り離したあと、勇者結城ただしは即座にその場から離脱し、尻尾方面へと移動した。
残った彼方は、恭介と合流している。
「すべて手探り、ってわけね」
恭介はそういって頷いた。
今までずっと、手探りだったけど。
と、心の中でつけ加える。
その前後、城砦外部の原野に急遽仮設された中央司令部は、かなり多忙なことになっていた。
飛竜への関連はもちろんのこと、それ以外にも、対処を迫られる事柄がどっと押し寄せてきたのだ。
そのうちのひとつは、城砦から逃げ遅れて運悪く瓦礫などの下敷きとなった人々の救出作戦の立案と実行。
飛竜の落下、という突発事にあたって、即座に対応出来た者がすべてではなく、被害に遭ってしまった者はそれなりに居た。
これについては、左内の召喚獣のうち、人間のサイズに近い者たちが総出で瓦礫を撤去し、そこで発見された被害者を宇田率いる人形たちが搬送する、という流れを作った。
こうした、必要ではあるが地道で地味な、いいかえると、見返りの少ない作業に好んで志願するプレイヤーは、ほとんどいなかった。
反面、想定外のことに、負傷者の治療を志願するプレイヤーは、想定外に多かった。
聖女結城紬により治療、復活したプレイヤーたちの中の相当数がいたく感激、感銘を受け、結城紬個人を慕う形でいくらかでも手助けをしようと動き出したからである。
その中には文字通りに「生還」して来た者も含まれている。
奇跡を体験し、結城紬個人に絶対的な信頼感を得てしまった形になる。
「カリスマというか、個人崇拝の始まり方ってのは、こんな感じなのかねえ」
こうした事態を把握した小名木川会長は、そう感想を述べた。
当の結城紬はというと、そうした動きを把握しているはずだったが、この時点では特になにも反応していない。
というより、目前の治療行為が多忙すぎて、自分自身のことなど後回しになっているのだろう。
結城紬個人を崇める集団が発生したことは、今後、長期的には問題になるような気もするが、今の結城紬は多忙に過ぎた。
死傷者はすでにかなりの数にのぼり、今後も増えていく気配がある。 その支援者も含め、結城紬は目下のところ、多忙を極めている。
それ以外に、
「飛竜の始末」
という、ポイント的においしい仕事が出たことが広く知られるようになり、これまで参加していなかったプレイヤーたちが続々とこの場に集まりだしている。
フラナ勢、セッデス勢、それに、百五十名のプレイヤーの中からも、わざわざ転移陣を利用してここまでやって来て、飛竜への対処に割り込もうとして来たのである。
システムを経由すると世界観や距離とは関係なく、情報が速やかに伝播してしまう。
その結果、になる。
転移陣の管理を担当しているダッパイ師たち、巫女集団は、想定外の事態に悲鳴をあげ、中央司令部にわざわざ苦情を入れて来る有様だった。
わざわざこの場所まで、ダッパイ師たちに少なからぬポイントを支払ってまで渡ってくるプレイヤーたちが発生したことは、中央司令部にとっても想定外のことだった。
新たにトライしたプレイヤーたちに現在の状況、注意事項などを伝え、問い合わせへの対応もする、など、中央司令部の仕事が一気に増えた。
人手が増えること自体は歓迎するべきことだった。
が、参加人数が当初の数倍に膨れあがると、中央司令部の対処能力は完全にキャパオーバーになってしまう。
シュミセ・セッデスが急遽、セッデス勢に声をかけ、人集めをしていたが、そちらの成果はあまりはかばかしくはなかった。
呼びかけに応じ、実際に集まって来た人数は数えるほどであったし、集まって来た者にしても、自分たちが実際になにをすればいいのか全く理解しておらず、一から教え込む手間が発生したからだ。
飛竜の出現までは、めまぐるしく移り変わる状況にプレイヤーたちがついていくためのサポートをするのが中央司令部の仕事であった。
今は、状況自体はほとんど変わらないが、その単一の状況に対し、多人数のプレイヤーたちに状況を説明し、場合によっては具体的な指示を与えることが中央司令部の仕事になっている。
しかも、参入するプレイヤーの方は、時間が経過するほど人数が増えていくので、中央司令部の仕事は膨れあがるばかりであり、減ることはない。
そんな次第で、この前後の中央司令部は多忙であり、総じて殺気だっていた。
「ふん!」
恭介は気合いとともに、上段に振りかぶった大太刀を正面から振りおろした。
抵抗らしいものは、ほとんど感じない。
大太刀の刃で、ではなく、その刃に纏った無属性魔法によって斬っているからだ。
ZAPガンや杖を使う時と同様、恭介が使用可能な、有り余る魔力を消費しての攻撃になる。
直径三十メートルという巨大な飛竜の胴体に対してでも、どちらかというとオーバーキルになってしまうほどだった。
事実、最初の斬撃は、加減がわからなくて、勢い余った形で飛竜の胴体からさらに五十メートルはみ出して、地面を直線上に深くえぐってしまった。
万が一を想定し、彼方が飛竜の反対側に居た人たちを事前に遠ざけていなかったら、何名かが巻き添えを食らったところだった。
その後、何度か切断作業を実行した今では、ちょうどいい魔力の放出具合を恭介も把握している。
恭介がたいして苦にした様子もなく、これほど巨大な胴体を軽々と斬り裂いて見せるたびに、いつの間にか増えていた野次馬連中から歓声があがる。
この野次馬たちにしても、別に物見高さだけで集まっているわけではなく、恭介が斬り分けた輪切りの胴体を自分たちでどうにかしようと集まってきている連中だった。
フラナ勢もセッデス勢も、こちらのプレイヤーも混在している。
彼方は、他の部分から斬り離された輪切りの胴体を大盾で受け止めて、ゆっくりと転がして残りの本体から離した場所で、地面の上に倒している。
輪切りになっているとはいえ、それでもまだ巨大な飛竜の部位を単身で受け止め、軽々と扱っている様子も、野次馬連中は興味深そうに見守っていた。
別に持ちあげているわけではないにせよ、総重量でいえば数十トンはくだらないであろう、巨大な部位になる。
それを軽々と扱う彼方も、十分に瞠目に値する存在だった。
切断した部分を下にして地面の上に転がった部位に、どっと大勢のプレイヤーたちが群がる。
彼らにしても、相応の目的があってここまでやってきている。
ものすごく倒しにくいモンスターである飛竜は、その特性故に、叩けばたたくほど多くのポイントを獲得可能な存在にもなっている。
さらにいえば、各所の尽力により、現在ではほぼ抵抗しない存在でもあった。
普通にダンジョンなどに入るよりは、効率よくポイントを稼げ、なおかつ、リスクらしいリスクもないとなれば、参加したがるプレイヤーが増えるのも必然といえた。




