総力戦(十六)
「飛竜と仮称した超巨大モンスターについて、ドローンから空撮映像があがって来ました」
横島会計がいった。
「現在下敷きになっている城塞との対比で推定すると、全長は四百メートル以上になるかと思います。
胴体部分はほぼ円柱状態で、その直径は太い場所だと三十メートル以上。
向こうでも記録がないほどに巨大なモンスターになりますね。
重量となったら、果たしてどれほどになるのか」
恭介が胴体を分断したモンスターは、いつまでも「名無し」のままでは不便なので、中央司令部は「飛竜」と仮称をつけていた。
「まさに、空前絶後、って感じだな」
小名木川会長がいった。
「どうやったらそんなもん、倒せるのか。
今回はたまたま、あの例外が居たから、すぐに落とせたんだが」
「仮に、その例外とやらが居なかったら、どうなっていたと思う?」
シュミセ・セッデスが深刻な表情で訊ねた。
「現在、達成率はきっかり八割のところで留まっている状態だ。
つまり、あのデカブツ一体だけで、今回のチュートリアル全体の発生モンスター、その五分の一に相当すると、黒幕的な存在は判断していることになる」
「どうも、こうも」
小名木川会長は、ゆっくり首を振っていった。
「そのデカブツを取り逃がしていたら、達成率八割のまま今回のチュートリアルは終了。
また明日から頑張ってね、って展開になるだけだろ。
取り逃がしたデカブツが、この世界でどういう挙に出るのか、まるで想像が出来ないが」
「と、なると」
シュミセ・セッデスは、真摯な表情のままで頷いた。
「あのデカブツをどうにかして地に落としたキョウスケ、いや、キョウスケ殿は、われらの大恩人ということになるな。
これでどうにか、勝ち筋が見いだせるようになって来たわけだし」
「その、あの飛竜を落とした方法についてですが」
常陸庶務がいった。
「たった今、上空まで馬酔木くんを送った仙崎さんから、その時の映像が送られてきました。
今、ええと、一番大きなこの画面に再生します」
この時点で、飛竜の下敷きになった城塞から逃げ出して来た中央司令部の面々は、なにもない野天の下で新たに購入した機材を設置して、仮設の司令部を急遽設えていた。
そうした機材の扱いに明るい常陸庶務は、この直前まで司令部の機能回復に奔走していた形になる。
ちなみに、膨大な映像データなどは、常陸庶務がすぐに持ち出せる形で複数のサーバにミラーリングをしていて、サーバ自体を常陸庶務が手持ちで持ち出していたため、ほとんど失われていない。
「マジか?」
「えっと」
モニターに映し出された映像を観て、小名木川会長は疑問形の声をあげ、小橋書記が戸惑ったような声をあげる。
「こんな真似、生身の人間が出来るものなんですね」
そういう小橋書記の声は、感心するのを通り越して、呆れているような響きがあった。
「なんというか、行動に躊躇いがないな」
空飛ぶ箒から飛び降り、そのまま浮遊ボードに乗って飛竜に接近する恭介の映像を観て、シュミセ・セッデスが感想を述べた。
「通常、あれほど非常識な存在を目にしたら、もう少しは警戒心を持つと思うのだが」
「その点は、これまでの事例を知っている身としては、別に驚きはしないんですがね」
小名木川会長は半眼になってそういった。
「あんな巨大なのをその場で倒そうとする、いや、倒せると考えて即座に動いている、あの確信は果たしてどこから来ているものか?
あいつの行動については、今までもずっと疑問に思い続けていますよ」
「それが過大な自己評価や慢心から来るものであれば、批判の必要も出て来るのだろうが」
シュミセ・セッデスはそういった。
「キョウスケの場合は、現に結果を出しているからな。
軽々しく咎めるわけにもいくまい。
まあ、他の者たちにも同じことが出来るかといったら、まず無理だとは思うが」
「とにかく、その彼のおかげで、あの飛竜も他のプレイヤーが攻撃可能な状態になっているわけで」
筑地副会長が意見を口にした。
「賞賛するのならともかく、批判をするのは筋違いかと思います」
「その、落ちた飛竜の討伐状況ですが」
各所からあがってくる報告に耳を傾けていた小橋書記がいった。
「多人数のプレイヤーが参加して、先ほどから集中攻撃を敢行しています。
その割には、あまりはかばかしい進展がないようですが。
なんでも、飛竜の体は鱗がある場所に独自の、結界術にも似た見えない皮膜があるようで、それが物理と魔法、双方の攻撃を弾くそうです。
その皮膜も、無属性魔法を受けるとごく短時間の間、無効化されるそうで、今の攻撃は無属性魔法を当てた直後になんらかの攻撃をおこない、じわじわと傷口を増やし、広げているような形です。
ただ、あの巨大さの上、そうした皮膜がない場所でも、飛竜の肉はとても硬いようで。
通常の剣などでは、ほとんどダメージが通らないそうです。
硬い岩に斬りつけているような感触だ、との証言がいくつか届いています」
「つまり、あの飛竜の特性は、空を飛ぶことと、ダメージをほとんど受けつけないこと。
いいかえると、とても倒しにくいってことに特化しているわけだ」
小名木川会長はそういって、顔を上に向けた。
「そんな代物の胴体、よく真っ二つに出来たなあ、あいつ」
「キョウスケ殿にそれが可能であったとすれば」
シュミセ・セッデスが意見を述べた。
「他の攻撃スキル持ちにも、多少は効果のある攻撃が可能なのであろうよ。
効果の大小に、差はあるのだろうが」
「実際、剣士の攻撃スキルなどを使用すれば、どうにかダメージは通るようですね」
小橋書記がいった。
「その程度も、スキル使用する人の能力に依存している様子ですが。
現代兵器なども、多少は有効とのこと。
ただ、想定していたほどには効果がなく、与えられるダメージはかなり軽微、とのことです。
マダム・キャタピラーからの証言によると、戦車の主砲が直撃しても、表面をわずかに窪ませる程度、とのこと」
「いっそのこと、掘削機つきのパワーショベルでも購入して使ってみるか?」
小名木川会長は、そういった。
「たとえそうしたとしても、かなり回りくどい方法だとは思うけどな」
話題の主、恭介はといえば、中央司令部の人々がそんな会話をしている時分、浮遊ボードに乗って地上へと降り立ったところだった。
地上の、飛竜の鼻先からほんの三十メートルほどの場所に。
「こっちを睨んでくるな」
飛竜の顔を見ながら、地上に降り立った恭介は呟く。
「おれを敵だとは認識しているわけか。
とはいえ、これだけ厳重に、重そうな召喚獣に取り押さえられていると、迂闊に動くことも出来ないか」
厳重に、というより、飛竜の首からうしろの背中部分に、無数の、大小の召喚獣がひしめいていた。
飛行能力はどうやら胴体を分断された時点で失っているようだが、これだけの重石が背に乗っているとなると、身動きすらままならないようだ。
その飛竜が、恭介の姿を間近に認めたことでなにか感じたのか、長い鼻面を大きく開けて、甲高い鳴き声を発する。
怒っているように、威嚇しているように思えた。
おそらくはその両方、なのだろうが。
「おれには、かなり悲しげに聞こえるな、その声」
いいながら、恭介は魔力弓を倉庫から取りだし、ついで、大太刀も取り出す。
そのまま、大太刀を片手に持ったまま魔力弓を大きく引き、放つ。
ついで、恭介自身が大太刀を振りかぶった状態で、正面から飛竜の鼻面に接近した。
無属性魔法が命中した直後に、恭介は飛竜の鼻に振りかぶった大太刀を振りおろす。
大太刀の刀身は、剣士スキルのあかしである燐光に包まれており、振り下ろされた飛竜の鼻を容易く切り裂く。
刀身の長さに比べて飛竜の顔が大きすぎるので、わずかに切り傷をつけただけの結果になるが。
「うん」
少し、飛竜の顔から距離を取り、恭介は頷く。
「どうにか、攻撃は通るようだな」
現在、恭介はジョブを「剣士」に設定している。
魔術師のまま、効果の大きい攻撃魔法をこの場で使用すると、他のプレイヤーがその攻撃に巻き込まれる可能性があると、そう判断したからだ。
「このまま、安全確実に削っていくか」
恭介は、呟く。
「うん、そうだね」
恭介からの通信を受けた遥は、忙しなく体を動かしながら応答する。
「スキルを使うと、どうにか攻撃は通るみたい。
今?
ああ、今わたしは、飛竜の鱗を剥ぎ取っている最中。
鱗が、例の皮膜を発生させているみたいで、鱗を取ると攻撃が通りやすくなるから。
結構忙しく動き続けているんだけど、こいつ、体が滅茶、大きいからね。
なかなか、進展しているように思えなくて。
あと、鱗とか肉とか、この飛竜のパーツ、かなり高価な素材になるみたい。
倉庫を確認すると、目玉が飛び出るようなポイントが表示されて、かなり驚いたよ。
他のプレイヤーたちもこのことに気づきはじめているから、これからは今まで以上に熱心に飛竜を傷つけようとするんじゃないかなあ。
うん、うん。
中忍のジョブ、かなり使い勝手がいいよ。
え?
また、新しいジョブが生えたって?
今度はなに?
魔法剣士、だって?」




