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総力戦（十五）

「よっ、と」

　クァールの背に乗った吉良明梨は、両腕を大きく伸ばしてどうにか竜の素肌に直接触れる。

「弱体化デバフ、片っ端からいきます」

　麻痺のようなわかりやすいものから、各種パラメータを直接さげるものまで。

　付与術士のデバフ系スキルは無闇に数が多く、吉良明梨自身もすべてのスキルについて詳細な性質を把握していない。

　付与術士のスキルは、「かける対象との距離が近いほど威力も大きくなる」という性質があり、そのうちのデバフ系スキルは基本的に、敵にかけるものになる。

　そうした性質があるため、吉良明梨はこれまで、交戦中の敵にデバフ系スキルを実際にかけた経験がほとんどなかった。

　そんな迂遠な真似をするよりも、実際にダメージを与える攻撃をする方が、普通は手っ取り早いからだ。

　真っ二つに分断された竜の上半身は、それでも巨大だった。

　こうして間近に接して、見あげても、なかなかその上端が視界に入らない。

　円柱状の物体を見あげているというより、やたらに大きい壁面を見あげているような気分になってくる。

　直径、何メートルになるんだろ？

　と、吉良明梨は内心で疑問に思う。

　たまたま生き残ったゴーレムが数体、竜に抱きついて押さえ込もうとしている。

　身長五メートル前後のゴーレムよりもまた高い、ということは、直径五メートル以上にはなるのか。

　スケールが違い過ぎて、感覚がおかしくなってくるな。

　今、目前の竜が大人しくしているように見えるのは、無数の召喚獣が取りついて押さえ込んでいるからだ。

　竜の落下を受け止めた超大型や大型の召喚獣は、ほとんどが竜が落下する衝撃を受け止めた際に下敷きになり、消えている。

　数十体の超大型や大型が竜に押しつぶされて砕け、損傷し、そのまま消えていく様子は壮観だったが、そのクラスの召喚獣が一度消えると十時間以上、再召喚が出来ないと左内が以前、説明していた。

　サイズが大きくない召喚獣はまだ多数残っていたので、今はそれが、竜の動きを牽制するために活躍している形だ。

　特にガーゴイル型は、大きさの割に重量が大きく、また、現在かどう可能が数も多く、多数が竜の上に乗って重石として機能している。

　今、吉良明梨がデバフ系スキルを使用しているのは真っ二つに分断されたうち、上半身に該当する。

　体が大きいからか、あるいは、竜自体が抵抗する能力を持っているのか、デバフ系スキルの効きが非常に悪い。

　ひとつのスキルを巨体に浸透させるまで、かなり長い時間が必要で、さらにいえば倉庫内の魔石ももの凄い勢いで減っていく。

　付与術士のスキルも魔法扱いになるのか、使用する際には相応の魔石を消費するのだった。

「こんなことになるのなら、もう少し真面目にモンスター討伐を頑張っていればよかったかな？」

　などと、吉良明梨は思う。

　吉良明梨が素材を採取したのは、初期に左内と二人でダンジョン攻略をした時くらいで、魔石をはじめとしたモンスター由来の素材在庫はかなり乏しかった。

「吉良さん、聞こえますか？」

　そんな時、左内から通信が入っていく。

「魔石が乏しいようでしたら、倉庫の設定をパーティ共有にしてください。

　今日だけでも、かなりの素材を集めていますので」

「ナイス」

　呟き、吉良明梨は倉庫の設定を左内の助言通りに「パーティ共有」に変更する。

「げ」

　そして次に瞬間、そんなうめき声をあげてしまった。

「この量、エグくない？」

「今日のだけでも、かなり稼げましたから」

　左内は、平静な声で応じた。

「必要なら、いつでも稼げます。

　遠慮なく使ってください」

　吉良明梨は、その言葉に従い、盛大に魔石を消費していく。

「頭つきの方は、付与術士とやらが抑えつけているそうだ」

「では、そちらからだな」

　殺気だった集団が、分断された竜へと殺到していく。

　頭つきではない方は、先ほどから盛大な着弾音とともに噴煙が立ちのぼっている。

　大規模な火器による攻勢が景気よく炸裂しているようだった。

「野郎ども、新参者ばかりに手柄を持っていかれてんじゃねーぞ！」

　セッデス勢の一人が大きな声でそういった。

「おれたちゃ、こいつを終わらせるために八十年気張ってきたんだ！

　終わらせるのも、このおれたちの手でやるのが筋ってもんだろ！」

「おう！」

　セッデス勢の有志多数は、竜の分断面から攻撃を敢行した。

　その部分だけ、魔法や物理攻撃をはじくための皮膜的な存在がなかったからだ。

　それぞれ得意とする武器やスキルを縦横に使って、セッデス勢は分断面から侵食するように攻勢をかけていく。

　巨大な竜の体に多数のセッデス勢が迫る様子は、遠くから見ると落とした菓子に蝟集する蟻のようにも見えた。

　遠くから見ると、つまりは、ドローによる空撮映像をタブレットに表示させて、城塞外に脱出した旧司令部人員はチェックしていた。

「いいんですか？

　あれ、そのままやらせておいて」

　常陸庶務が周囲を見渡していった。

「勢いはありますが、あまり効果はないようですが。

　下半身組の方は、戦車の主砲により大穴をいくつか開けて、そこから侵入しているようですが」

「どのような方法であろうとも、この分だと、いつかはあの長虫を完全に消し去ることは出来るだろうよ」

　一応、ここの最高責任者ということになるシュミセ・セッデスは少し醒めた表情をしながらそういった。

「それよりもあの長虫、図体がデカいだけでこちらにはあまり反応していないように見える。

　反撃らしい反撃がないと、多少、訝しくは思えてくるな」

「飛行能力と頑丈さが取り柄、ってモンスターじゃないのか？」

　小名木川会長は推測を口にした。

「うちのアレだから、あっさりと落とせたようなもんで。

　普通ならあんな代物、手出しも出来んだろうし」

「そうかも知れぬが」

　シュミセ・セッデスは、どうやら得心がいかないようだ。

「やつはこれまで、こちらに攻撃を加えてくる様子が見えない。

　その点だけが、先ほどから気に掛かってな」

「いわれてみりゃ、そうだな」

　小名木川会長も、疑問を抱いたようだ。

「モンスターとしては例外的に、あれは、プレイヤーに攻撃しようとしてこない。

　それは、何故なのか？」

「攻撃して来なくても、滅多に倒せはしないモンスター。

　と、いうことなのかも知れません」

　筑地副会長がいった。

「ダメージを与える、あるいは、倒しただけでも膨大なポイントが得られる、とか。

　一種のボーナスステージのようなもので」

「希望的観測ってやつだな、それは」

　小名木川会長は、そういった。

「それならそれで、こちらとしては楽になるんだが。

　とりあえず、今後も警戒を怠らないよう、参加者全員に周知しておくのが無難だろうな」

「でけぇ」

　城塞からどうにか脱出を果たした医療班は、城塞外の野外で振り返り、城塞を下敷きにした巨体を目撃している。

「あれ、城塞そのものと同じくらいの大きさなんじゃないか？」

「長いのが折れ重なっているんで、そう見えるだけだろ」

「城塞自体が潰れていないんだから、見た目よりも軽いんじゃないか？」

「にしても、あのデカいのを真っ二つにしたって。

　あの隊長さん、見た目よりも強かったんだなあ」

「はいはい、お子様たち、無駄話はそこまでにておき」

　狩人のスジャンが、一喝する。

「わたしらは怪我人を治療するためにここに来たんだ。

　怪我人は山ほど出ているし、無駄話を続けている余裕はないよ。

　まずは自分の仕事に専念しな」

　実際、負傷者は多い。

　重傷軽傷の差はあれど、モンスターとの対戦時に傷を負った者に加え、城塞が半崩壊し、落下した天井は崩壊した壁面などによって負傷した者が続々と、担架を持った人形たちによって運ばれてくる。

　スジャンがいう通りに、救護班はだべっている余裕などないのだった。

「あのデカいのが出て来て以来、新手のモンスターは出て来ていないようだけど」

　スジャンは、誰にともなく呟いた。

「本当に、これで終わりになるのかねえ」

　これまでに出現したモンスターは、大小強弱の区別なく、すでにすべて倒されているはず、だった。

　だから、こうして防御もなにもない野天の下で、負傷者を集めて効率的に治療をおこなえている。

　これまで、モンスターからの防衛に割いていた人手が皆無になって、治療に回せるのだから、都合がいい。

　むしろ、都合がよすぎる。

「あのデカいのを倒しきれば終わり、だといいんだけどねえ」

「いやー。

　うちの男子どもは、元気がいいねえ」

　戦車の主砲によって穿たれた穴から侵入し、そこで縦横に剣を振るう二人を見ながら、Sソードマンの楪はいった。

「うちのパーティ、攻撃力だけは一線級っていわれているだけあるや」

「いい気持ちで目の前の肉壁を切り刻んでいるのはいいけどさ」

　美濃がそう応じる。

「これ、かなり高さがあるからさ。

　調子に乗って前の方ばかり切り崩していると、上から肉が降り注いできて、生き埋めになったりしない？」

　その言葉が終わるか終わらないかのうちに、奥村と結城ただしの悲鳴が響く。

　二人ともすんでのことで飛び退いて、崩壊してきた肉に生き埋めになること自体はかろうじて免れたようだ。

「少しは頭を使えっての」

　ため息混じりに、楪は呟く。

「抵抗らしい抵抗がない、ってのはありがたいけど。

　これはこれで、難しくはあるんだよなあ」

　なにしろ、敵が巨大すぎる。