総力戦(十)
「派手だな」
モニターに映し出された各所の戦闘状況を観ながら、シュミセ・セッデスが呟いた。
「特に、魔法攻撃が」
「あれは、魔法少女隊の青山さんですね」
モニターを一瞥して、横島会計が説明した。
「あのパーティーは、四人ともあの程度の攻撃は可能と聞いていますが」
「魔法少女隊。
これまで、大型モンスターを一撃で処理して来たパーティか」
シュミセ・セッデスが呟く。
「人間と同じような大きさのモンスターをまとめて始末する様子をこうして目の当たりにすると、今までとは違う印象を抱くな」
城塞内に設けられた幅が広い通路を埋め尽くしたモンスター群。
こちらは、城内に侵入していたモンスター群とは違い、ステルス状態ではなく、堂々と姿をさらした状態で、城塞の外目指して行進していた。
その群れを、箒の上に腰掛けていた青山の魔法が、まとめて瞬殺する。
青山が杖を振りかざすと同時に紫電の雷光が広範囲に発生し、モンスター群もろとも通路をざっと舐めた。
そのあとには、黒焦げになって煙をあげるモンスター群の残骸しか残らず、それもすぐに青山の倉庫内へと転送される。
「こちらには、あれほど威力のある魔法の使い手はおらぬぞ」
シュミセ・セッデスが指摘をする。
「セッデスにも、フラナにも、だ」
「その代わり、フラナにはこちらにはない魔法の使い手が居るじゃないか」
小名木川会長が指摘をした。
「転移魔法とか、翻訳魔法とか。
どちらかというと、生半可な攻撃魔法よりも、そうした実用的な魔法の方が便利だと思うんだが」
発展した方向性が違うだけだ、という指摘だった。
そもそも、こちらの魔法はスキルに含まれた能力に依存する部分が多く、独自に進歩を重ねてきたらしい、こちらの魔法体系とは別物という気がするし。
小名木川会長にいわせれば、
「両者を比較してもあまり意味がない」
ということになる。
「それに」
小名木川会長は、そう続ける。
「魔法を含むスキルの使いこなしが問題なら、これから詳しい使い方を学んでいけばいいだけだろ」
「それもそうだな」
シュミセ・セッデスは深く頷く。
「いずれにせよ、まずはこのチュートリアルを終わらせねば」
「現在の達成率をお願いします」
小橋書記がシュミセ・セッデスに訊ねた。
「達成率は、八割を超えたところだ」
シュミセ・セッデスは自分のシステム画面を確認した上で、即答する。
「モンスターは順調に倒しているのに、達成率の方はあまりあがらないな」
「ここまで来ると、倒したモンスターの数はあまり指標にはならないのかもな」
小名木川会長がいった。
「大型や超大型も簡単に倒してしまうプレイヤーが参加しているから、モンスター側もそれに合わせて戦力の増強を図っている感じじゃないか、これは。
情勢を見ながら、ゴールポストを動かしているってか」
「そのゴールポストとやらがなにかはわからんが、感触としては、そう考えるのがしっくりくるな」
シュミセ・セッデスはこぼした。
「強い味方を集めると、それだけ敵も戦力を補ってくるとは。
これでは、いつまでも終わらぬ泥仕合ではないか」
「そうでしょうか」
この司令室では、これまで滅多に口を開くことのなかった築地副会長が、珍しく発言する。
「数を増やすだけは埒があかない。
進展がない。
そう判断すれば、相手も、今度は質を変えてくるのではないでしょうか?」
「質、か」
シュミセ・セッデスは、そう応じる。
「つまりは、こちらの上質なプレイヤーに匹敵する能力を持つモンスターが、今後、出現してくる、と?」
「こちらではどうか知らないが、わたしらのチュートリアルの時は、最終日に同じようなことが起こっているな」
小名木川会長は、静かな口調で指摘をする。
「スキルの扱い、その他。
戦いに熟練した様子のモンスターが、多数、出現していた」
「やれやれ」
シュミセ・セッデスがぼやいた。
「難儀なことだ」
「おや?」
どやどやと、盾や甲冑、銃器などで武装した人形の集団が歩いて来た。
「なに、これ」
遥は、立ち止まって呟く。
ここで観てきた範囲内では、戦闘時のこうした人形たちの運用は、使い捨て前提であり、せいぜい銃器を持たせているくらいだった。
ここまで重装備の人形集団を、遥はこれまで見たことがない。
「これはこれは、宙野さんではないですか」
人形集団のはるか後方から、ハードシェルの装甲服に身を包んだ誰かが声をかけてくる。
「ええと」
遥かは、いい淀む。
その声に聞き覚えがあるような気もするのだが、とっさに名前が出てこない。
「この格好では判別できませんか」
ハードシェルは、そう続ける。
「宇田であります。
元、同じクラスだった」
「ああ、宇田くんね」
遥はすぐに頷く。
「いわれてみれば、宇田くんの声だ。
で、これ、どうなっているの?」
物々しい装備を身につけた人形集団を手振りで示して、遥が訊ねる。
「今回、すでに多数の人形たちが壊されておりまして」
宇田は、そう説明してくれた。
「これも必要な防備を怠ったこちらの手落ち。
深く反省し、これより人形が壊されたバリケードを巡回し、防備を復旧しようとしているところであります」
「ああ、なるほど」
遥は、脱力した様子で生返事をする。
「銃器で武装した人形たちを突破するような相手なら、生身の誰かをつけた方が早いじゃないかな。
同じ人形でも、監督役がいるのといないのとでは、全然違うし」
通常の、城塞内部の通路を通行可能なサイズのモンスターなら、銃器で武装した人形たちを突破出来ない。
ステルス状態のモンスターでもカメラには写るように、たとえステルス状態であっても、人形たちはその存在を普通に感知し、自動的に斉射を開始する。
機関銃で斉射されて生き残るようなモンスターは、ほとんどいないはずだった。
それが突破されている、ということは、そのモンスターは、なにか特別な能力を持っているはず、なのである。
「人形を配備している箇所が多すぎて、そのすべてに生身のプレイヤーをつけるのは現実的ではないのであります」
宇田は、説明を続ける。
「そこまでの余剰戦力がない現状がございまして。
ならば、こちらとしては人形たちの戦力を底あげするしか、出来ませんな」
それ、どこまで効果があるんだろうか?
と、遥は疑問に思う。
人形たちは、その特性として、判断能力がほとんどない。
「こうした場合は、こういう行動をせよ」
と、事前に命じられた通りの行動をするだけの存在、だったはずだ。
そうしたことも考えると、多少武装を充実させたとしても、敵モンスターの進行をいくらか遅滞させるのが、せいぜいなのではないか?
いや、それでも、十分なのかな?
侵入してくるモンスターに対して、それに対処するプレイヤーの数が足りていないのが、一番の問題なわけだから。
「うん、まあ」
いろいろと考えてから、遥は曖昧に頷いて、そういっておいた。
「頑張ってね」
「宙野さんも、ご健勝をお祈りしているであります」
宇田のその言葉を合図に、人形たちは左右に分かれて遥を避け、先へと進んでいく。
宇田の、そのあとに続く。
その背中を見送ってから、
「いろいろなプレイヤーが居るよね」
と、遥は思う。
遥は、宇田と人形軍団が進行したのと逆の方向に、走り出す。
もう結構、モンスターを倒して来ているんだけどな。
などと思いながら。
いちいち数えていなかったが、今日だけで軽くン百体単位で、倒しているはずだ。
それでもまだ、城塞内部のモンスターを駆逐し切れていない、となると。
全体では、どれくらい入り込んでいるのだろうか。
遥だけではなく、他のプレイヤーも各自で、モンスターを倒しているはずなのである。
「現在の達成率は、八十パーセントです」
遥の脳裏に、そんなアナウンスが響く。
先ほどから、あがったりさがったりしているが、達成率はだいたい八十パーセント前後で固まってしまったように感じた。
つまりは、出て来るモンスターとこっちの消化率が、ほぼ拮抗しているってことだよね。
遥は、あえて単純化して、そう考える。
残り二十パーセントがゼロになるまで、モンスターを倒し続ける必要がある。
いろいろ、難しい要因もあるのだろうが、遥にいわせれば、現状はそういうことだった。
前のチュートリアル、その最終日みたいに、倒しにくいのが出て来るのかなあ。
考えつつ、遥は接敵したモンスター群にステルス状態で突っ込み、素早く両手の短剣を振るって蹂躙していく。
一体につき一回の攻撃で息の根を止めているので、足もさほど緩めていない。
二十体以上は群れていたモンスターたちは、わずか数秒でその遺骸が遥の倉庫内に入ることとなった。
モンスター群の中、半数以上は、遥の存在に気づく前に、息絶えたのではないか。
その中に、戦闘に特化したスキルを持ったモンスターが混ざっていたとしても、そのスキルを使う機会は訪れなかった。
うん、好調。
半ば反射的な反応で体を動かしていた遥は、そのモンスター群を全滅させたあと、一人でそう納得している。
全体の状況はよくわからないけど、わたしは、このまま敵を倒し続けていればいいよね。
「ねーちゃん、今、いい?」
そんな時、彼方から通信が入る。
「いいといえばいいけど、要件はなにかな?」
「こっちはいいから、上に出て、恭介の護衛をしてくれってさ」
彼方がいった。
「司令部が、そういってた」
「それはいいけど」
遥は答える。
「なんであんたが、司令部の意向を伝言してるの?」
「うんと、詳しく説明すると長くなるんだけど、司令部、今、立て込んでいるらしいんだわ」
彼方は、そう返答して来た。
「恭介、これから爆心地、ええと、モンスターの出現地点を、こっちの人たちはそう呼んでいるらしいんだけど。
その爆心地に向かって、艦砲射撃をするらしい。
で、その間、恭介が狙われてもいいように、護衛をつけておこうかな、ってことで」
「ああ、なるほど」
遥は頷く。
「その、爆心地だっけ?
今日は、そこから出て来るモンスターの数が、多過ぎるから、か」
その爆心地は、現代兵器の火砲によって、大半のモンスターを出現前後で粉砕している、はずだった。
その方法がうまくいっていないのではないか。
今、司令部は、そう考えているらしい。
まあ、なんらかの方法で、こちらが想定する以上のモンスターを、その爆心地から逃がしているのは確かだしね。
心の中で、遥は頷く。
恭介の火力で、ちょっとつついて様子を見てみよう。
という、司令部の意図するところは、遥にも十分に理解が出来た。




