総力戦(七)
ジョブを中忍に切り替える。
途端に、なにかが変わった感覚があった。
が、変わったのが具体的になんなのか、遥が理解するまで数秒必要だった。
「あ、そか」
遥か小さく呟く。
察知スキルの有効範囲が、大幅に広がっているのだ。
察知スキルの効果は少し集中しないとわからないから、違和感の原因がすぐにはわからなかった。
中忍になると、スキルの基本性能が増大する、とかなのかな?
疑問に思いつつ、遥は通路を駆け出す。
とりあえず、モンスターの数が多い方へと向かう。
「え?」
途端に、遥は驚愕した。
速い。
速度だけではなく、体にかかる負担も大幅に減じている、気がする。
そっかぁ。
遥は感心した。
スキルだけではなく、普通の身体能力なんかも割増しになっているのかあ。
これまで、ジョブを変更した時には、これほど顕著な違いを感じたことはなかった。
忍者から中忍へと、同系統のジョブで正当進化した形だから、こうなったのか?
疑問には思ったが、今はそうした検証をやっている場合でもない。
そして、あっという間に遥の視界が最初のモンスター群を捉える。
ジョブが中忍になったことで、戦闘能力がどれほど向上しているのか、検証する最初の機会だった。
驚いたことに、モンスター群は遥の接近を事前に感じ、迎撃の用意を調えていた。
駆けだした時から遥はステルス状態を維持していたのだが、その状態でもかなり正確に遥の現在地を感知しているらしい。
投石や、それに杖を構えて魔法攻撃をしてくるモンスターも居た。
そうした遠距離攻撃を難なく躱しつつ、遥はさらにモンスター群へと接近する。
魔法も使ってくるかぁ。
モンスター群へと接近しながら、遥は感心する。
昨日までのモンスターとは、まるで違うようだ。
パワーアップしているかも知れない、という情報は、どうやらガセではないらしい。
モンスター軍へとに肉薄した遥は、最前列のモンスターたちに両手の短剣で斬りつける。
モンスターたちは密集しているため、いつものように、背後に回って頸を落とせるほど、空間的な余裕がなかったので、手首や太股を斬りつけて、姿勢が崩れたところで頸動脈を斬るなどしてとどめを刺していく。
モンスターたちの反応は鈍かった。
いや。
そうではなくて、遥の動きが速過ぎて、相手が反応する前に終わっている、のか。
体が、軽い。
反対に、モンスターたちの動きは、とても緩慢に見えた。
ゾーンに入っているみたいだな。
両手の短剣を忙しなく振り回しながら、遥は思う。
そうした、過集中により脳みそに負荷がかかりすぎて情報処理が追いつかなくなる状態、とは違い、遥の思考はあくまで平静なものだった。
冷静に、攻撃する順序を判断して、モンスターを一体ずつ効率的に解体していく。
前の三列ほどを切り崩した段階で、モンスター群はようやく手持ちの武器を振りあげ、遠距離攻撃から近接戦闘に適した体制を切り替えた。
しかし、遥はそのモンスター群の最前列を、的確に捌いていく。
棍棒が振りおろされれば、その手首の下に短剣の刃を立てるように置く。
それだけで、モンスターの手首がモンスター自身の動きと重さによって、簡単に体から離れた。
手首を切断されたモンスターが悲鳴をあげる前に、懐に入って喉元にもう一本の短剣を突き立てる。
喉に短剣を突き立てたモンスターの体を持ちあげ、少し横にずらすと、隣に居たモンスターが振りおろした剣が、その肩に食い込む。
手前のモンスターの胸を蹴り飛ばすと、前後二体のモンスターが折り重なって転倒した。
そのうち、上になったモンスターは喉をごろごろと鳴らしてすでに戦意を失っている。
どうやら、まだ息はあるようだ。
遥は先に手首を切り落としたモンスターが握っていた剣を素早く拾いあげ、二体の折り重なったモンスターの腹部に刺し、地面に当たるまでそのまま押しつける。
「火遁」
周囲のモンスターたちが遥を包囲してくる気配がしたので、忍術も使ってみる。
これまで、忍者の忍術は、実戦で実用的な攻撃方法、ではなく、目くらましや逃げる際に敵の注意を引きつけるような効果しか望めなかった。
属性魔法と比較すると、威力がかなり見劣りするのだ。
しかし。
今、遥の放った火遁の術は、周辺に居合わせたモンスターたちの全身を焼き、その着衣にも火がついていた。
それだけでモンスターを倒すほどの威力はなかったが、敵集団の注意を逸らし、多少のダメージを与えることにも成功している。
浮き足だったモンスターたちに肉薄し、遥は的確に急所を狙い、効率よく敵の数を減らしていく。
三十体以上群れていたモンスターたちを遥がすべて倒すまで、五分とかからなかった。
「なんか、現実感がないな」
遥は、小さく呟く。
モンスターの方も、昨日までのモンスターよりは、よほどパワーアップしている。
それは、今の戦闘でも実感出来た。
しかしそれ以上に、遥自身がパワーアップしているようだ。
遥は、息を乱してもいない。
どうやら、あの程度の戦闘では、今の遥にとっては、たいした負担にならないようだった。
ひょっとして、身体能力だけではなく、メンタルなんかも強化されているのかな?
ふと、遥は、そんな疑問を思い浮かべる。
こうしている今も、体が、軽い。
「次、いきますか」
司令部の人たちに教えて貰うまでもない。
今の遥は、どこにモンスターが群れているのか、わかりきっていた。
再び、遥は駆け出す。
「ドローンが間に合いませんね」
常陸庶務はそういった。
「宙野姉の戦闘シーン、映像に撮っておけば、いろいろと参考になりそうなんですが」
「都合よく、監視カメラが置いてある場所で戦闘がはじまるわけではないからな」
小名木川会長が、そういって頷く。
「ドローンが到着した頃には、宙野姉は次のモンスターを求めて移動したあと、だ。
にしても、わずか数分で数十体のモンスターをまとめて片付けて、次に移動していくってのは。
あれも、たいがいに普通から逸脱しているよなあ」
「確か、一回レベルをリセットしているとかいっていましたっけ」
横島会計が、口を挟んだ。
「この分ですと、二度目のカンストもそう遠くないような気もしますが」
「味方が強い分には文句はないんだが」
小名木川会長は、複雑な表情でそういった。
「これ、他のプレイヤーが把握したら、絶対に自信をなくすぞ。
あの規模のモンスター集団なら、パーティでようやく対応可能になるわけだし、時間ももっとかかる」
「普通なら、そうですよねえ」
横島会計は、その言葉に頷く。
「あのパーティは、全員がいちいち普通じゃないですから」
「はい、っと」
その頃、彼方はまた、盾を使ってモンスター群をまとめて圧殺していた。
「昨日と比べると強くなっているそうだけど、ちょっと実感が湧かないなあ」
などと、うそぶいている。
巨大で、かつ、非常識に頑丈な、重いこの盾と、それに、それを苦もなく扱い、軽々と移動する彼方自身の能力があると、この通路を移動可能なサイズのモンスターならば、何十体居たとしても普通に押しつぶすだけだった。
「まあ、苦戦しない方が、気が楽か」
いいながら、彼方は次のモンスターを目指して移動を開始する。
中忍のジョブになった遥には当然及ばない移動速度だったが、それでも、彼方も恭介から「足運び」のスキルを教授されている。
そのため、通常のプレイヤー基準で判断すると、十分に速い速度で移動している。
そうしている間にも、城塞は絶えず小揺るぎし、爆音が響いていた。
外では、弾薬を大量消費する激戦が、相変わらず継続しているようだ。
外のが、大変なんだろうな。
と、彼方は推測する。
城塞内部は、侵入して来たモンスター群に対して、セッデス勢も含めればかなりの大人数を投入して対処している。
しかし外は、どうやらかなりの少人数で対応しているらしかった。
場外では、相変わらず怪獣じみた超大型モンスターが際限なく湧いているそうだし。
「多分」
彼方は、誰にともなく、呟く。
「ぼくたちの時と比べると、こっちの方が敵の質と量が、大きいんだろうなあ」
それは、確かなことに思えた。
そもそも、彼方たちの時は、これほど大規模に現代的な火器を投入していない。
生徒会にも他のプレイヤーにも、そんなものを用意する余裕などなかった。
プレイヤー側の戦力に応じて、出て来るモンスターの量とか強さが調整されている。
そういう噂も、それなりに説得力があるように思えた。
と、いうことは。
セッデス勢とフラナ勢の現地組と、それに、彼方たち向こうから来たプレイヤーが揃っている今のチュートリアルは、過去に例がないほど、大規模なものになっているわけで。
敵の全滅を狙ってこちらの戦力を充実させると、それに対応して敵も強く、多くなってくる。
この構造は、どうにも対処に困るなあ。
などと、彼方は思う。
とはいえ、今の彼方の立場だと、このチュートリアル自体の正否に関しては責任を求められることもなく、その意味では気軽なものだったが。
「相手は釣り合いを取ろうとしてくるけど」
彼方は、口に出して、そういう。
「それに対抗するのではなくて、相手がどんな戦力を出してきても、平然と封じられるほどに強くなればいいだけなんだけどね」
過去のチュートリアルにおいて、自分たちのパーティが、そうだったように。
こちらのチュートリアルにおいても、なにか、ブレイクスルーとなり得る戦力が育ってしまえば。
こちらのチュートリアルも、あっけなく終わってしまうんだろうな。
今、彼方たちがやっているのは、しょせん、対症療法であって、こればかりをやっていても、根本的な解決には至らないのではないか。
彼方は、そんな予感を持っている。




