総力戦(六)
「今、外に出ました」
恭介は口に出して、そういった。
「指示をお願いします」
城塞の屋上に出た恭介は、まずは周囲を見渡す。
中央司令部を出る時、恭介は横島会計にウェラブルカメラを渡されて、今はそれをかけている。
このカメラで撮影された映像はそのまま中央司令部に転送され、そちらでもリアルタイムでチェックされることになる。
かなりの乱戦になって来ているし、恭介の破壊力は強大すぎるため、同士討ちが発生しないようにと渡された形だ。
恭介にしてみても、そうした指示に反発する理由がない。
「まずは、爆心地、モンスターの発生源方面だな」
小名木川会長の声が聞こえた。
「外側は、徐々に落ち着いてきている。
左内の召喚獣も数が揃って、優勢になって来たおかげだ」
それはよかった。
と、恭介は思う。
「派手な超大型ばかりに気を取られて、ステルス持ちの脱走モンスターを取りこぼさないでくださいよ」
口に出しては、そういった。
「わかっている。
フラナの人たちに大勢の察知スキル持ちが含まれているとかで、城塞外にまで逃げたのに関しては、フラナの方で対処してくれることになっている」
外側はそれでいいとしても、城塞中央の発生源から沸いて来る大型モンスターは、現在対処している人間だけでは処理が追いつかなくなってきた。
それで、恭介がこうして城塞の外に出た形になる。
他に、セッデス勢の戦士たちも、手が空けばそちらに対処してくれるといっていたが、それもどこまであてになるのか、この時点で定かではなかった。
「それで、どれから片付けます」
恭介は、確認する。
「その、視界の右端に出て来たやつ。
それは、まだ誰も狙っていない。
いけるか?」
恭介は慣れた動作で魔力弓を引き、放す。
「今、処理しました」
かなり遠くで、キマイラ型の巨獣が胴体部に大穴を開けて、そのまま姿を消す。
「お、おお」
返答する小名木川会長の声は、戸惑っているようだった。
「あっけないというか、本当に一撃必殺、あっという間だな。
次、その右側から出て来たやつも頼む」
爆心地、モンスター発生源の粉塵から姿を合わしたばかりのケルベロス型。
これも、恭介は瞬時に片付けた。
その際、ケルベロス型の背後にあった粉塵もいっしょに虚空に吹き飛ばしてしまい、一瞬、そこの煙に丸い穴が空く。
その穴も、新たな砲撃によって立ち昇った土煙によって、すぐに塞がれてしまったが。
「次」
恭介はそういって、小名木川会長の指示を促した。
「うわぁ」
水島はハッチを開けて戦車の砲台から顔を出し、爆心地、モンスター出現地点方面に視線をやってから、戦慄した。
「ヤバいなあ、相変わらず。
っていうか、あそこまでやられると、引くわあ」
恭介は、例の弓で爆心地から出て来るモンスターを片っ端から消去している。
本当に人間か、あれは。
と、水島は思う。
「ええと、破壊の現在地はあそこで、爆心地までは」
「ざっと八百メートル以上はあるね」
車内から、砲撃手の寺田が答えた。
「ライフルなら、狙撃不可能な距離でもないけどさ。
でも、それ、名人クラスだと思うよ、実際に出来るの。
あそこまでの命中率を保持出来るの、人間技じゃないっしょ」
「スキルのおかげっても、限度ってものがある」
水島は、しみじみとした口調でいう。
「おまけにあの威力。
ライフルなんて可愛い代物とは比較にならないでしょ」
「あの弓も、なんか、あの人にしか扱えないみたいね」
操縦手の引地がいった。
「他の人が使っても、飛距離も威力も全然出ない、とか。
一応、酔狂連も同じ弓を売りに出しているけど、実戦では使い物にならないから、ほとんど売れていないって」
「実質的には専用武器だよねえ、あれ」
水島はため息混じりに、そういう。
「あの人が出てくれたおかげで、爆心地の圧がかなり弱くなってくれた。
あそこから出て来るモンスターのうち、半分以上、あの人一人で片付けているんじゃね?」
「こっち方面には、全然来なくなったね」
寺田も、水島の言葉に頷く。
「そのおかげで、ゆっくり補給が出来るけど」
現在、水島たちが搭乗している戦車は、補給をしている最中だった。
弾薬の補充も必要だったが、燃料も定期的に入れる必要がある。
その重量を考慮すれば容易に想像出来ることであったが、戦車は、とても燃費が悪い。
水島たちはかなりの高速で走らせることが多かったから、かなり頻繁に燃料を補充する必要があった。
現在、マダム・キャタピラーは三台の戦車を運用しているが、こうしてチュートリアルの時間が延びて来ると、必然的に補給の回数も増えてくる。
交替で戦車を補給場所に戻して、どうにか持続的に運用している形だった。
「開始してから、もう一時間以上になるのか」
水島は現在の時間を確認してから、そういった。
「流石に、もう後半戦に入っているよね?」
「どうだかねえ」
寺田が答える。
「いつもより、沸いて来るモンスターが多いのは確かだけど」
「今の達成率、アナウンスしてくれないかなあ」
「ああ、それ、生徒会に提案しておこうか?」
「それ、やってくれると助かる」
「補給、終わったぞ!」
車両の外から、整備班の声がした。
「大型の処理が落ち着いてきたから、今度はステルスモンスターの始末を頼むってさ。
詳しくは生徒会に確認してくれ」
「はいはーい」
「引地ちゃん、出して」
「了解」
「車長、司令部とのやり取りよろ」
「これからやるー」
水島はシステム画面を開いて生徒会に連絡を入れた。
「ええと、横島さん。
こちら、マダム・キャラピラーの三号車だけど、どっち方面に出ればいいの?
あと、今の達成率とか、定期的にアナウンスしてくれると助かる」
「現時点の達成率って、どれくらいになっていますか?」
横島会計がシュミセ・セッデスに顔を向けて確認した。
「今、八割を超えたところだ」
シュミセ・セッデスは即答する。
「すでに、昨日と同じくらいのモンスターは倒しているはずなのだが」
「最終日前後は、妙にモンスターの湧きがよくなるんだよな」
小名木川会長は、したり顔で頷いている。
「それまで出ていなかった種類のモンスターなんかも、出て来るようになるし」
「経験者は語る、というやつか」
シュミセ・セッデスは、そう応じる。
「外では超大型同士がやり合っているし、爆心地では、それまで外に逃げていたようなモンスターも漏れなくキョウスケ殿が射殺している。
キョウスケ殿に伝言を頼めるか?
このままでは、ダカライの戦士たちの取り分が少なくなる。
空を飛ぶモンスターについては、もう少し討ち漏らすようにと」
「はい、馬酔木くんにそう伝えます」
小橋会計が即答し、すぐに恭介に通信を繋げる。
「馬酔木くん、聞こえますか?
今しがた、シュミセ・セッデス様の意向として……」
「全体に、余裕が出てきたのはいいが」
シュミセ・セッデスはそう呟く。
「うまくいき過ぎているな。
かえって、不気味に思える」
「ええと、その懸念、あたりかも知れません」
ドローンから送信される情報をチェックしていた常陸庶務が、発言する。
「城塞内部に侵入してくるモンスターが、目に見えて増えています。
それと、人形たちによる防御網の突破率も、少し前と比較すると全然違う。
侵入したモンスターたちが、目に見えてパワーアップしていますね」
「それは個別のモンスターではなく、全体的な傾向なのか?」
シュミセ・セッデスは、そう確認する。
「全般的な傾向です」
常陸庶務は即答した。
「人形による包囲が、次々と突破されています。
ああ、また突破された。
その割に、人間や召喚獣が対応すると、善戦しているようですが」
「モンスターの頭がよくなったのか、スキルを有効に使えるやつが増えているのか、その両方か」
小名木川会長が、呟く。
「これは、対応する人数を増やした方がいいんじゃないか?」
「そうだな」
シュミセ・セッデスは素直に頷いた。
「うちからも人を増やすが、余裕がある救護班からも、いくらか人を出すように伝えてくれ。
今のところ、城塞内部の負傷者は昨日までほど増えていないから、救護班も負担にならないと思うが。
むしろ、このまま放置する方が負傷者が増える」
「ですよねー」
小名木川会長はその言葉に頷き、小橋書記に指示を出す。
「小橋ちゃん、詰め所の救護班に何名か、手が空いている人を出すように通達して。
個別の誘導は、そっちに任せるわ」
「わかりました」
小橋書記は頷いて、常陸庶務に確認した。
「侵入モンスター群、規模が多い順から現在地を特定してこちらに報せてください」
「了解」
常陸庶務は頷く。
「規模が一番大きいのは、現在八一一番通路を移動中のグループで、これが二十体以上の規模になります。
次に……」
「うん、わかった」
小橋書記から連絡を受けた遥は立ちあがり、周囲の人たちに告げた。
「侵入して来たモンスターが増えたそうだから、ちょっと駆除に出て来るね。
他のみんなは、これまでのようにここで仕事をしておいて」
司令部の意向としては、「詰め所から何名かずつ」出して欲しいようだったが、具体的な人数について指定はなかった。
つまりは、現場の判断に委ねる、ってことなんだろうな。
遥はそう判断し、とりあえず、自分一人で出ることにする。
この詰め所は、レベルの高い者が少なく、実戦慣れしている者となるとほぼ遥のみになる。
そんな人たちを不案内な、なおかつ、強いモンスターがうろついている城塞内部の通路に放り出す方が、かえって危なっかしい。
それに。
遥は、自分のステータス画面を開いて、確認する。
新しいジョブも、試してみたいし。
昨日、解放された新ジョブは、「中忍」という。
おそらくは、忍者の上位互換、といったところだろう。
中忍があるということは、その先に上忍もあるかも知れない。
というか、ありそうだった。
この中忍がこれまでの忍者とどう違うのか、これは、実際に試してみないことにはわからない。




