総力戦(四)
「ああ!
超大型、いっぱい出てきている!
侵入もされてる!」
モニターにざっと目線を走らせたあと、結城紬は大声を出す。
「今までで、一番激戦じゃないですか!」
「ちょうどよかった、ユウキツムギ殿」
シュミセ・セッデスはそういって重々しく頷いた。
「超大型が出現している城塞外部で、多少の死傷者も、たった今、出たようだ。
起きたばかりですまないが、そのまま救援に向かってはくれないか?」
「すぐに護衛と案内の者を手配します」
アイレスが即座にそのあとを引き取った。
「ささ、ユウキツムギ殿、こちらへどうぞ」
「ってか、会長たちまでここに居るし!」
結城紬はそんな風に大声を出しながら、中央司令室から出て行く。
「いったい、なにがどうなってんの!」
「丸一日以上、寝たままだったのか、あの人」
その背中を見送ってから、恭介がいった。
「よほど疲れていたんだな」
「あの子には、負担をかけすぎてしまったな」
シュミセ・セッデスもしみじみとした口調でそういう。
「これまでここの戦線を維持してきた、最大の功労者だ。
落ち着いたら、なんらかの形で報いてやらねばならんな」
「それもこれも、このチュートリアルを無事に終えてからのこったろ」
小名木川会長が、そういった。
「あっちもこっちも激戦だし、ついに死者も出はじめた。
これからが、正念場になるんじゃないか?」
「まあ、そうなるんでしょうけれどもね」
恭介が、応じる。
「問題は、これからなにが起こるのかわからない、ってことですよ」
重症者のみが集められた場所に案内された結城紬は、あまりの惨状に言葉を失った。
野外に、布を敷いただけの場所。
そこに横たえられていた負傷者の数は、ざっと見ても五十名以上は居る。
「これ、フラナの人たちだけですか?」
「城塞内部では、まだそこまで深刻な被害を受けていないそうです」
案内役のセッデス勢兵士は、結城紬の疑問に即答した。
「こちらの超大型モンスターは、まだ円滑な駆除法が確立されていないもので。
どうしても、被害が大きくなります」
「円滑な、駆除法」
結城紬は顔を伏せ、区切るように言葉を押し出してから、奥歯を強く噛む。
自分は、なんと無力なことか。
「人数も多いことですし、とにかく、急いで全員を処置します!」
結城紬は大きな声でそういってから、両手を大きくあげる。
「エリアヒール!」
結城紬を宙とした半径三十メートルほどの空間が、かすかな、白い光に覆われた。
そのまま、五分ほど経過すると、それまで身動きもしなかった負傷者たちが身じろぎをはじめ、咳き込み、果ては、起きあがってくる。
そこで集中力が途切れたのか、目をつぶっていたままだった結城紬は、荒い息をつきながら、その場に膝をついた。
結城紬にしても、これほど大量の重症者を一気に治療したことは、これがはじめての経験になる。
「……どれくらいの人が、助かりましたか?」
顔を案内の兵士に向けて、結城紬はそう訊ねた。
「ほとんどの者は、自力で立てるくらいには回復したようです」
その兵士はそう答えたあと、ゆっくりと首を振った。
「ですが、七名ほどは。
その、間に合いませんでした」
「そう、ですか」
掠れた声でそういい、結城紬は顔を伏せる。
「七名」
「すでに、別の負傷者たちが、続々とここに運び込まれるそうです。
ここまま、続けられますか?」
「続けましょう」
結城紬は即答する。
「ここに運び込まれてくる人たちは、自力では動けない人たちなのでしょう?
早く処置をしないと、手遅れになる人が増える一方です」
これまで数日、結城紬はこちらのチュートリアルに参加している。
その経験から考えても、今回のチュートリアルは重症者の数が多過ぎた。
結城紬は、心の中で危機感を募らせていく。
「この!」
Sソードマンの美濃は、巨大なモンスターの突進を自分の体で止める。
そのモンスターはキマイラ型。
基本的には、鷲のような翼を持ったライオン、だったが、全長が五メートル以上はある。
今はその翼が銃撃により破損し、空は飛べないようだ。
が、巨大な獣の部分は健在で、美濃の装甲に包まれた頭部に噛みつこうとしている。
ハードシェルのゴツい装甲服に身を包んでいなかったら、生臭い吐息をまともに浴びていたかも知れない。
「クロウ・アーム!」
叫んで、美濃は鉤爪のついた左手を、モンスターの鼻面に押しつけ、その状態で油圧駆動の鉤爪を閉じる。
キマイラ型の上唇が鉤爪によって挟まれ、そのまま歯茎と肉を圧迫していく。
巨獣が、吠えた。
その声を、美濃は耳元で聞く。
「パイルバンカー・アーム!」
美濃は叫びながら右手をキマイラ型の喉元に押しつけ、その状態で手の甲に取りつけた金属製の杭を打ち込む。
爆発音とともに一メートル半ほどの杭が炸薬によって前に押し出された。
右手の肘のあたりから、排莢する。
喉から首のうしろにかけて、金属の杭によって貫かれたキマイラ型は、しばらくうなり声をあげて身をよじっていたが、すぐに動かなくなって姿を消した。
その遺骸は、美濃の倉庫に収納されたはずだ。
荒い息をつきながら、美濃は右手に取りつけた金属の杭を収納し、パイルバンカー用の炸薬を補充する。
誰だ、こんな、面倒で物騒な武装を考えたの。
と、美濃は心の中で毒づく。
そうした両手の装備をノリノリで採用したのは、実は美濃自身であったのだが。
想像上で格好いいな、と思うのと、自分自身で使用することの間には、大きな差があった。
それにしても、と、素早く左右を見渡した美濃は、思う。
キリがないな。
最初のうち、Sソードマンは四人で協力しながら一体の大型モンスターを駆除していた。
その方が、安全で確実だったからだ。
しかし、あの爆心地から大型モンスターが出て来るペースが、想定外に早く。
気づくと、一人で一体の大型モンスターを担当するようになってしまっている。
いや、出来るか出来ないか、っていったら、出来るんだけどさ。
そう思いはするものの、どんどんプレイヤー側がモンスター側に圧迫されている現状は、否定できなかった。
どんどん、余裕がなくなっていく。
背後、城塞の外部では、大型モンスターよりもさらに大きい、超大型モンスターが続々と出現している。
ただこちらは、召喚士の左内が参戦しているため、大型モンスター同士の戦闘もあちこちで起きていて、徐々に戦況が好転しているように見えた。
左内が召喚した召喚獣が倒したモンスターを、左内は召喚出来るようになる。
つまり、時間が経てば経つほど、左内の手駒は充実し、強大になっていくはずだ。
ずるいジョブだよなあ。
と、美濃は思う。
まさしく、語義通りに、チート(ズル)だ。
左内と同じユニークジョブ勇者である結城ただしは、今は、城塞外を文字通り飛び回って、超大型モンスターの始末に奔走していた。
あれも、チート。
普通なら、プレイヤー一人だけで超大型モンスターを、瞬殺出来ないから。
ユニークジョブの連中は、能力的に見ると、かなりおかしい。
「よ」
気づくと、同じSソードマンに所属している楪が、すぐそばに立っていた。
「ひょっとして、もうバテてる?」
「バテてるよ、とっくに!」
美濃は、語気荒く答えた。
「なんだって、うちらがこんなことを!」
元の世界に居た頃なら、絶対、自分がこんなことをするなんて、想像すら出来なかったはずだ。
「外の方はともかく、爆心地、もう少しなんとかならないの?
あそこから出て来るのが増えすぎて、対応しきれてないんだけど!」
「それ、ね」
楪がいった。
「今、リーダーが司令部と交渉している。
すぐに、もっと戦力を出してくれって」
「そんな予備戦力、居るの?」
「いるんだなあ、それが」
楪がいった。
「今日は司令部に、あの破壊が控えているんだって」
「破壊」
美濃は、小さく呟く。
「あの、ユニークジョブではない方の、チート野郎か」
あいつが出て来るんなら、たいていのことはなんとかなるような気がする。
というか、あんなのが控えていたんなら、出し惜しみせずに、さっさと出して欲しかった。




