総力戦(三)
「先端に鉤爪をつけたロープをワイバーンの翼に投じて、その翼に亀裂を作ります」
アトォがダカライの戦士たちの、狩猟法を教えてくれた。
「翼を切り裂かれたワイバーンは、失速して落ちるしかありません」
モニターに映る点では、そこまで細かい動きを判別することは出来なかった。
大きなワイバーンに群がった鳥形モンスターが、わちゃわちゃと動き回っているうちにワイバーンの巨体が落下する様子は、確認出来た。
時間にして数分、鳥形モンスターがワイバーンに取りついてから、五分も経過していないだろう。
「手慣れているな」
小さく、恭介が呟く。
彼らの動きは遅滞がなく滑らかで、かなり手慣れているように見えた。
こちらの世界にも、モンスター狩りのプロが居る。
その事実は、いい材料のように思えた。
「四百八番銃座が、敵に制圧されたようです」
唐突に、アイレスがそんなことをいい出す。
「二本足のモンスター群が、そこから内部に侵入しはじめました」
「四百八番銃座……ここかぁ」
城塞の見取り図を確認してから、小橋書記がアナウンスをする。
「四百八番銃座が敵に制圧されました。
その付近に居る人は、警戒してください。
もしもその付近で手が空いている人がいたら、四百八番銃座の奪回を……」
「付近を巡回していた小鬼の集団が、そちらの方に急行しています」
ドローンのデータをチェックしていた常陸庶務が、短く告げる。
「これは、左内くんの召喚獣らしいっす。
わらわらと、四方八方から集まって。
あ。
今、侵入して来たモンスター群と接触、戦闘がはじまりました。
映像、そちらのモニターにも回しますか?」
小名木川会長が、シュミセ・セッデスに視線をやる。
シュミセ・セッデスは無言のままモニターのうち、ひとつを指さしていった。
「そこに」
「データをそのモニターに転送しますね」
横島会計が手を動かしながら、そういう。
そのモニターに、モンスター同士の乱闘シーンが映り出された。
ドローンからの撮影で、少し距離が空いているためにモンスターの姿は小さく感じる。
「あの緑の子鬼たち、前に見たことがありますが、身長は一メートルを少し超えるくらい。
せいぜい百二十センチ前後、といったところでしょうか」
常陸庶務が解説をはじめる。
「対して、侵入して来たモンスター群は一メートル半から二メートル前後。
小鬼たちと比較すると大柄ですが、数は小鬼たちの方が断然多いです。
というか、多過ぎる。
どんどん、四方から集まってきます」
画面の中で、緑の小鬼たちが侵入して来たモンスター群に取りつき、片っ端から排除しようと試みている。
小鬼たちは、単体ではさほど強くはないらしく、一撃でもまともな攻撃を受けるとその場で塵のように体が飛散して姿を消してしまう。
しかし、数的には小鬼の方が断然に多かったので、侵入して来たモンスター群も小鬼たち数体の犠牲と引き換えに徐々に数を減らしていった。
「召喚獣、か」
恭介は、呟く。
「以前、左内くんに、倒された召喚獣も、多少のクールタイムを置けば再召喚が可能だと聞いているけど。
なんでも、強いモンスターほど再召喚までかかる時間が長くなるっていってた」
「あの小鬼たちは、強い方なのですか?」
常陸庶務が、恭介に確認する。
「どちらかというと、弱い部類じゃないかなあ」
恭介はいった。
「もっと大きくて強そうな召喚獣姿も、いっぱい見たことあるし。
それに、召喚獣が倒したモンスターも、召喚獣として呼び出すことが可能になるとか」
「味方の損耗をさほど気にかける必要もなく、使い潰しが可能なモンスター軍団、か」
シュミセ・セッデスは複雑な表情でそういった。
「そんなものを使役出来るのならば、無敵ではないか」
「おれもそう思います」
恭介は、あっさりとその言葉を首肯する。
「トータルで性能を比較すると、全プレイヤーでもあの左内くんが戦闘面では一番有利なジョブなんじゃないかなあ。
総合的に強いってのはもちろんのこと、なにより、本人が傷つく局面が極端に少ない。
その分、負けにくい」
「うちの手の者も、もうすぐ戦闘が発生している場所に到着しますが」
アイレスがシュミセ・セッデスに確認した。
「どのような指示を与えますか?」
「そうだな」
シュミセ・セッデスは数秒、考え込んだ。
「その、サナイとやらに確認してくれ。
そちらが使役するモンスターを、減らしてもいいのかと」
「確認します」
撃てば響くような迅速なタイミングで、小橋書記が反応する。
「左内くんの意向が確認出来ました。
好きにしてください、とのことです」
「ならば、うちの手の者には、攻撃対象から距離を取った状態で、小鬼ごと銃撃せよと命じよ」
シュミセ・セッデスはアイレスに指示を出す。
「御意のままに」
アイレスはそういって頷き、現場の者たちにそのまま、指示を伝えた。
いくらもしないうちに、モニターの映ったモンスター群はマシンガンの連射により召喚獣の小鬼もろとも、姿を消す。
城塞内部の廊下からモンスターが一掃されると、銃器で武装したセッデス勢の兵士たちはそのまま四百八番銃座へと向かった。
そこを再占拠してモンスターの侵入口を塞がないと、いつまでもこの仕事が終わらない。
「最初の侵入は、阻止出来たようだな」
シュミセ・セッデスが呟く。
「しかし、昨日よりも進展が早い。
今日のチュートリアルは、やはり特別のようだ」
「おれたちのチュートリアル最終日には」
恭介が、そんなことをいい出した。
「当時のプレイヤーよりも各種スキルを使いこなしたモンスターが、団体で出て来たものですが。
こちらのチュートリアルでは、そういったモンスターは出現したことがありますか?」
「記録にある限りは、まだないな」
シュミセ・セッデスは即答した。
「スキルを使うモンスター自体は、珍しくはないのだが。
そこまで巧妙にスキルを使いこなしているモンスターは、いまだに確認されていない」
「今日あたり、そういうのも出て来るかも知れませんね」
恭介は、そう指摘する。
「今日のチュートリアルは、いつもとは違うそうですから」
「あ」
モニターをチェックしていた横島会計が、声をあげる。
「今度はなんだ?」
小名木川会長が、横島会計の方に顔を向けて確認する。
「あれ」
横島会計は、モニターのひとつを指さして、呟く。
「城塞の外、複数の箇所で、大型、いえ、超大型のモンスターが出現しています。
外で待機していたフラナの人たちが対処していますが、次から次へと出て来るので、処理が間に合っていないような」
「おれ、出ますか?」
恭介はそういって、腰を浮かしかける。
「いや、もうちょっと様子見でいいかな」
小名木川会長が、モニターのひとつを示しながら、そういった。
「ちょうど、雷を身に纏った勇者様が急行しているところだ」
雷光を纏った人影が、あっというまに超大型モンスターに取りつき、次の瞬間にはその超大型モンスターは姿を消していた。
「瞬殺、か」
恭介はそういって、椅子にかけ直す。
「それにあの移動速度もあるんなら、当面、おれの出番はなさそうだ」
それ以外の超大型モンスターたちも、フラナ勢の狩人たちとか左内の召喚獣が取りついていて、結城ただしの瞬殺ほど効率的ではないものの、順調に数を減らしていた。
そうした超大型モンスターの出現は止まらず、むしろ出現するペースは時間の経過とともにあがっているのだが、待機していた人たちが超大型を倒すペースはそれ以上にあがっている。
「玉砕覚悟で突っ込んでいく召喚獣はともかく、生身であそこまで奮戦しているフラナの人たちも凄いよな」
モニターの情景を見ながら、恭介はそんな感想を漏らす。
「あれで、死傷者は出ていないの?」
「多少は、出ているようです」
アトォが答えた。
「ただ、死者や身動きも取れないほどの重症者はそんなに多くなくて、回復してすぐに復帰している人がほとんどみたいです」
とんでもないタフさだなあ。
と、恭介は内心で感心する。
「遅れました!」
その時、息を切らせて中央司令室に駆け込んできた者が居た。
「すっかり寝坊しちゃって!
っていうか、どうして誰も起こしてくれないんですか!
今、なにがどうなっているんです?」
ユニークジョブ聖女の、結城紬だった。




