総力戦(一)
そして、爆音とともにチュートリアルがはじまる。
モンスター出現地点では、何重にも重なり、持続する轟音にしか聞こえない騒音が、響き続けていた。
「室内に居てもここまで聞こえるってことは」
小名木川会長が、そんな感想を漏らす。
「あの近くでは、相当な爆音になっているんだろうな」
「近くに居たら、音だけでダメージを受けそうですね」
恭介も、そう答えておく。
おそらく、爆心地の近くに居たら、耳も無事では済まないだろうな。
と、そんな風にも思う。
中央司令室に設置されているモニター群は、音声まで再生しているわけではないのだが、それでも壁や床がビリビリと小刻みに振るえ続け、くぐもった音が聞こえ続けている。
現代兵器の破壊力とエネルギー量は、戦争映画などを観ていただけでは想像出来ないほどに、絶大だった。
「これだけの攻撃を潜り抜ける、モンスターも居るわけですか」
築地副会長が、冷静な声で疑問を発した。
「通常の生物なら、全滅しているはずですが」
出現地点を映し出しているモニターの中は、巻きあがった土砂や粉塵などでひどく視界が悪くなっていた。
「これまでの例から考えると」
シュミセ・セッデスが短く答える。
「あの地獄をどうにか脱して外を目指すモンスターは、どうやら居るようなのだな」
それは厳密な事実であり、達成率という数字に明確に提示されている以上、疑問を挟む余地はない。
「爆風とかで、ドローンは死んでいませんか?」
恭介は、常陸庶務に確認した。
「爆心地からは距離を置いたつもりですが、見通しが悪かったですね」
常陸庶務が答える。
「何機かは落ちましたが、全体数からみるとごく少数かです。
大勢に影響はないと思います。
ああ、居た。
脱出組」
ドローンが中継した映像をチュエックしていた常陸庶務は、そう告げる。
「数体のモンスターが、ええと、あれは、D303からE405方面に移動中。
サイズは一メートル半から二メートル前後、直立二本足歩行、いわゆる、ヒトに近い体形のモンスターです」
「八番街路をヒト型モンスターが外部へ向けて移動中」
すかさず、小橋書記がアナウンスする。
「三百五十番台の銃座、掃討をお願いします」
「おし、全滅」
ドローンの映像を観ていた常陸常務が、そう呟く。
「このままいけそうですね?」
「あのモンスターたち、ステルス持ちだったのかな?」
恭介が疑問を口にした。
「ここからだと、わかりませんね」
常陸庶務は即答する。
「機械を通すと、ステルス系のスキルは無効になるようですから、区別がつきません」
どちらにせよ、モンスターさえ確実に倒せれば問題はないのか。
と、そう思うことにする。
「いつもよりも、早いな」
シュミセ・セッデスがそんなことをいい出した。
「あの砲火をかい潜ったモンスターが出て来るまでに、これまではもっと時間がかかっていたものだが。
これほど早くそうしたモンスターが出て来るのは、異例のことといっていい」
いつものチュートリアルとは、かなり様子が違う。
と、いうことらしい。
その後も、爆心地を脱出するモンスターは断続的に現れ、その度に常陸庶務が報告し、近場の銃座に始末をして貰うという工程が繰り返される。
「こうなるのが早いし、それに数が多過ぎる」
シュミセ・セッデスが、そういう。
「これまでとはかなり、様子が違う。
出現するモンスターが多過ぎるのか、異例のチュートリアルなのか。
それとも両方か」
「そちらのCP、増え方をチェックして貰えませんか」
恭介がいった。
「生徒会と同じなら、全体の討伐モンスター数を、CPの増加具合である程度推測出来るはずです」
多分、だが。
向こうで生徒会がになっていた機能を、シュミセ・セッデスら、こちらの司令部が担っているのだろう。
と、そう予想したのだ。
「全体のCPか」
シュミセ・セッデスは自分のシステム画面を開いて、それを確認したようだ。
「確かに、増え方が異常だな。
今の時点で、少し前の数日分に掃討するほど、CPが増えている」
「倒されたモンスター数が、それだけ多いということになります」
恭介はいった。
「例によって、こちらの戦力に合わせてきたんですかね」
「推測だけならどうとでもいえるが」
シュミセ・セッデスはそういった。
「想定外に厳しい戦いになるのは、確実だな」
チュートリアル開始から三十分が経過した頃、大型モンスターが出現しだした。
「これも、これまでよりはかなり早いな」
シュミセ・セッデスは渋い顔になる。
「それに、数が多い。
ゴーレムと、ケルベロス、それに、あの翼が生えたのは初見だな」
「仮に、キマイラとでも呼びましょう」
恭介はそういった。
「こちらの伝承に、あれに似たモンスターが伝えられています。
サイズはケルベロスと同等。
ライオンの胴体に鷲のような翼、尻尾は蛇」
なんというか、ベタなモンスターだな。
と、恭介は思う。
「あの大型、空も飛べるのか」
小名木川会長が、そんな疑問を口にする。
「あれ、撃墜出来るの?」
「対空砲も、あちこちにあるはずですけど」
恭介がそう答えた直後、キマイラはどこからかの射撃により翼を吹き飛ばされ、そのまま城塞の屋上に墜落する。
「ありゃ」
小名木川会長は、間の抜けた声を出した。
「あの下に、人は居ないよな」
「城塞内部は、まばらに人が散っている状態だし、よほど運が悪くなければ問題ないだろう」
シュミセ・セッデスがそういった。
「それに、城塞自体もかなり頑強であるから、滅多なことでは崩壊もしないはずだ。
それよりも、大型の出現数が多い。
センシャだけで討伐が間に合うかな?」
大型モンスターは爆心地から次々と出現している。
出現した時点である程度は負傷しているのだが、それでもその数は驚異といえた。
「マダム・キャタピラーは、戦車を何台稼働しているんだっけ?」
「三台と聞いています」
小名木川会長が質問すると、横島会計が即答する。
「三台か」
小名木川会長は、呟いた。
「それだけだと、確かに捌ききれるのか微妙なところだな」
その戦車群も、城塞内の通路を縦横に移動しながら、次々と大型モンスターを砲撃で倒している。
手慣れた様子で、なかなかいいペースだったが、それでも新たに大型モンスターが爆心地から出て来る方が早いように思えた。
「おれが出ましょうか?」
恭介がそういって立ちあがりかけると。
「いや、まて」
モニターを見ていたシュミセ・セッデスが、そういった。
「城塞外に待機していた連中が、動いてくれているようだ。
もう少し様子を見てからにしておいた方がいい。
手柄を横取りするのかと、怒られかねない」
手傷を負いながらも城塞外部へと移動していくモンスターの移動方向を予測して、城塞外部に待機していたフラナ勢が追いかけるように集まっていく。
アトォが、忙しなく、現在城塞外に出そうなモンスターの現在地をアナウンスし続けていた。
移動速度の遅いゴーレムはほとんど戦車砲の餌食となり、城塞外部に逃げ延びる大型モンスターは、ケルベロス型とキマイラ型がほとんどだった。
「人間と比べるとかなりのサイズ差があるんだが、大丈夫かな?」
小名木川会長が、そんな疑問を呟く。
「心配ないでしょう」
恭介はいった。
「フラナの人たちも、過剰に恐れている様子もないですし。
それに、あの人はあの人たちで、ここから逃げ延びたモンスターを倒すノウハウを蓄えてきているはずです」
スジャンたち狩人チームのこれまでの言動からいっても、モンスター討伐が職業として成立する程度には、慣れているはずなのだ。
自分の意志でここに集まってくるようなフラナの人たちは、それなりに腕におぼえがある専門家が大半なのではないだろうか。
と、恭介は予測する。
その証拠に、モニターに映し出されたフラナの人たちは、恐怖の表情ではなく狩るえい甲斐がある大物が近づいて来る歓喜に輝いている、ように見受けられる。
彼らフラナ勢のモンスター狩りには無知だったので、恭介もそれなりの好奇心を持ってモニターに注目していた。
フラナ勢の武器は、弓矢や投げ槍などの投射武器がメインであるように思えた。
そうした古典的な飛び道具に加えて、見慣れた、無骨な銃器を構えている者も、それなりに居る。
「ああ」
恭介は、呟いた。
「もう銃器を、使いこなしているのか」
そうした銃器のほとんどは、恭介が初日に使ったアンチマテリアルライフルだった。
モニター越しに観ただけでは、使用している銃弾の種類までは判別出来なかったが。
それでも、彼らの構えは、様になっている。
少なくとも、初日の恭介自身よりは、あの無骨なライフルを、使いこなしているように見えた。
貫通力のあるライフル弾が、四方から大型モンスターの体に突き刺さり、穴を穿つ。
当然、大型モンスターは暴れるわけだが、フラナの狩人たちはそれを恐れる様子もなく、逆に、鉤爪の着いたロープをその体に引っかけ、よじ登って取りつく者も少なくはない。
「なんと勇敢にして、無謀な戦い方だ」
その様子を見て、シュミセ・セッデスが呆れていた。
「あれでは、損害が馬鹿にならないではないか」
「その代わり、かなり迅速に、大型モンスターは処理出来ているようですがね」
恭介はそう指摘する。
「体に取りついて、槍や剣、それに、おそらくはスキルも使用して、確実に弱らせ、倒している」
シュミセ・セッデスがいうように、
「勇敢で無謀」
な戦い方であったが、あの方法なら生身の人間であっても、最短時間で大型モンスターを倒せるかも知れない。
多少の負傷は覚悟の上、での、戦法だろうな。
と、恭介は予想する。
「そういや、こちらの人たちの中にも、ユニークジョブの人って居るんですかね」
恭介は、湧いてきた疑問をそのまま口にする。
「聖女様のようなユニークジョブの人が居れば、かなり楽に戦えるはずなんですが」
「さあなあ」
シュミセ・セッデスは即答した。
「居るのかも知れないが、今のところ、確認出来てはいないな。
なにしろ、システムとやらを確認出来るようになってから、日が浅い。
そこまで詳しく調べている余裕もなかった」
「フラナも、同じような感じですかね」
アトォも、そう返答する。
「なにしろ、ほとんどの人は文字を読めないので、画面の開き方を伝えられても、そこに書かれている情報を詳しく把握している人は少ないと思います」
そんなものか。
と、恭介は納得する。
そうした調査も、今後は重要になるんだろうな。
とも、思った。
まずは、このチュートリアルに専念するべきなのだが。




