今と未来の問題点
「手っ取り早く稼ぎたいのなら、ダンジョンに入ってモンスターを倒すこと。
これは、この拠点に寝泊まりして、市街地まで出勤する形にすれば、かなり効率よく稼げると思う」
恭介は静かな口調で説明した。
「それに加えて、この拠点内部でも、市街地でも、今後、仕事は探せばいくらでも出て来ると思う。
ここに来た日にダッパイ師に声を掛けられた人は、そちらにいってもいい。
それ以外に、酔狂連って生産職パーティも、人手を欲しがっていたし。
あと、今後のことを考えると、これから、向こうの人がこちらに出張してくる際に使う宿泊所や案内人なんかも、必要になってくるはずだ。
向き不向きがあるだろうから、別に急いで決める必要はないよ」
どちらかというと、よりどりみどり状態だよなあ。
などと、恭介は思う。
以前に聞いたところでは、市街地の方は、生徒会の方針として多少の人数制限を設けるようだったが。
こちらの拠点内では、その制限もかなり緩くなる。
「つまりは、あまり深刻に考える必要はない、っていうことですね」
代表者の少女が、恭介に確認してくる。
「うん」
恭介はあっさりと頷いた。
「当面は、今の仕事にしっかり取り組んで貰って。
そのあとは、ときおりダンジョンに入りながら、ゆっくり職を探せばいいんじゃないかな?
ここに居れば、少なくとも飢えることはないと思うよ」
その後、恭介は今後「必要になりそうな仕事」関連の詳細について、知っている限りを教えた。
最後に、
「なんなら、自分たちで仕事を作るという選択肢もあるしね」
とも、つけ加える。
「マーケットでは扱っていないような商品を作る。
あるいは、生身の人間に相手にするサービス業とかは、需要があると思う」
「サービス業、とはなんですか?」
「ええと、そうだな。
飲食店とか、理髪店とか」
恭介は、そう答える。
「土木・建築なんかも、そっちに分類されるのかな?
労働力を提供して、対価を得る職業全般」
「なるほど」
代表者の少女は、なにごとか考え込む顔つきになる。
「そういう仕事も、あるのですね」
「このうち、土木とか建築とかは、常時とはいわないけど、生徒会なんかが頻繁と募集しているから」
恭介は、そう説明する。
「みんなは、昨日のでかなりレベルアップしてるし、その分、多少の力仕事もこなせるようになっているはずだけど。
それと、もういくらして落ち着いたら、この拠点内でも建築ラッシュになる可能性は大きいかな。
場合によって、大工仕事とかの心得がある人を、あっちで募集してこっちに呼ぶようなこともあるかも知れない」
先ゆきに不透明な部分は多いのだが、彼女たちの選択肢自体は、割に多いように思えた。
恭介が丁寧に説明したせいか、いや、それ以前に、この時点ですでにかなりのポイントを稼いでいることに気づいて余裕が出来たことが大きいのだろう。
とにかく、相談に来た少女たちはかなり納得いった表情で帰っていった。
彼女たちの戸惑いというのは、これまでの村の生活くらいしか知らなかったところに、いきなりシステムだのこちらの世界だのの雑多な情報が増え、その複雑な状況下で、自分たちのこれからを選択する必要性に迫られていることに起因する。
一言でいうと、彼女たちは、
「必要な情報を十分に得てはいない」
状態だった。
だとすれば、こちらの世界に招いた恭介たちがするべきことは、必要な情報を手渡し、彼女らの未来を少しでもよくしようと努めること、になる。
「とはいえ、実際にはそれも難しいか」
恭介は、独り言をいう。
恭介たち自身が、将来、自分たちの周辺がどのように変化するのか、読み切れていないきらいがある。
まずは、システム関連の知識と、それに、こちらの情勢などについて、改めて詳細に説明する時間を設けるべきなのかなあ。
それくらいしか、出来ないしなあ。
などと、恭介は考える。
そんなことをしているうちに、外に出ていた彼方が帰宅する。
先ほど相談されたことと、その内容について簡単にまとめて彼方に相談しておいた。
「そういうの、ずれは出て来る問題ではあるよね」
彼方は、特に驚いた様子もなく一通り聞いたあと、そういって頷く。
「詳しい事情説明について時間を割くのはいいけど、もう少し待って貰おうかな。
向こうのチュートリアルも、ここまで準備するともうそんなにかからないはずだから。 そっちが落ち着いたら新ためで今回連れてきた人たちの今後について相談する機会を設けようよ。
多分、その方が、今後どういう人材が求められるのか、はっきりすると思うし」
「チュートリアルが終わると、変わってくると思う?」
恭介は、そう訊き返した。
「チュートリアルが終わって、その次になにが来るかによっては、変わってくるんじゃないかな」
彼方は即答した。
「長期的な身の振り方を考えるのは、あちら側の情勢がどうなるのかはっきりしてからの方が、間違いないと思う」
まずは、今受けている仕事を終わらせること。
と、いうわけだった。
「小さい子たちのために発注した装備、今回は間に合いそうにないね」
彼方は話題を変える。
「何日かかかるっていっていたから、おそらく、その装備が出来上がる頃には、向こうのチュートリアルも終わっていると思う」
「そうなるね」
恭介は、その言葉に頷いた。
「でも、その装備は別に無駄にはならないでしょ。
小さい子たち、昨日の様子だとチュートリアルが終わってからもこのままこっちに残って、ダンジョン攻略をはじめるんじゃないかな」
アトォよりも若い、幼い子たちは、年長組が女性で構成されているのとは対照的に、ほとんどが男子だった。
向こう側からすれば、労働力としてあまりあてに出来ない子たちを、押しつけてきたような形だろう。
向こうの村の背景なども考慮すると、チュートリアルの仕事が終わっても、素直に帰ってくれるとも思えなかった。
「血気盛んな年頃だしねえ」
彼方は、苦笑いを浮かべながらそんな風にいう。
「今回の仕事が終わったら、希望者を募ってこっちのダンジョン攻略について一通り、基本的なことを教えておくべきかも」
「それ、セッデス勢からも希望者が来るんじゃないか?」
恭介が指摘をした。
「チュートリアルが終わったあと、向こうがどうなるかわからないけど。
こっちと同じだとすると、いずれ次のなにかがはじまるとしても、それまでの数日間のブランクが発生するはずだし」
こちらでも、チュートリアルの終了からダンジョンが使用可能になるまで、数日間の猶予が発生していた。
いきなり暇になったセッデス勢の人たちがどういう挙に出るのか、容易に想像が出来る気がする。
「生徒会がいっていた三十人定員制、案外、うまい考え方かも知れない」
「それ以上の人数にどっとおしかけて来られても、こっちが混乱するだけだよねえ」
恭介と彼方は、そんな風にいい合う。
生徒会の面々や恭介たちは、立場的に向こうの人々と接触する機会が多いわけだが。
それ以外の、ほとんどのプレイヤーたちは、向こうの人と直に接触する機会がこれまでほとんどなかった。
間接的に、情報を仕入れていただけなのだ。
実際に、向こうの人々が勝手に市街地をうろつくようになると、しばらくはお互いにカルチャーショックを受け、与え合うような関係になるだろう。
しばらく時間が経てば、それも落ち着くのだろうが。
「少し、いいか?」
少しして、今度はダッパイ師が訊ねてきた。
「昨日説明しておいた転移魔法陣、今のうちに設置しておきたいと思ってな。
場所の確認も兼ねて、少し立ち会ってくれ」
ダッパイ師は、数人の少女たちを連れていた。
アトォと同じような立場の、つまりは、ダッパイ師が連れてきた弟子たち、なのだろう。
恭介も彼方に同行して、外に出る。
宿舎にしているプレハブ群の前にある広場に、ダッパイ師の指示に従って、弟子たちが魔法陣を設置していく。
聞けば、
「向こう側の、交易地や人口が多い要所を選んで出入り口に相当する魔法陣を設置している」
という。
まずはこちらで向こう側の出口を作って、次に、その出口を使って出た場所で、あちらからこちらへの経路を繋いでいく、という。
ダッパイ師自身は、ここから直にセッデス勢の城塞に出る魔法陣を作っていた。
数名で手分けをして同時進行で作業を進めたので、時間は案外かからなかった。
せいぜい、小一時間といったところか。
その作業が終わらないうちに、遥とアトォ、それに、狩人の人たちが帰って来る。
自分で作った魔法陣を使って、ダッパイ師の弟子たちが、一度向こう側に姿を消す。
そして、いくらもしないうちに、数名のフラナの関係者を連れて帰って来る。
あっという間に、その広場は百名以上の人間がひしめく状態になった。
大きな、騎乗用の家畜を連れてきている人も、少なくはない。
彼らは全員、ダッパイ師によって今回の情勢と招集された理由についてかなり詳細に説明をされており、その上で、セッデス勢のチュートリアルに助力をするため、志願して来た人々になる。
もちろん、彼らなりの目論見があって、ここまでやって来たのだろうが。
「これだけ人数が多いと、一度、城塞の方にいって貰って、セッデス勢の指示に従って貰った方がいいかなあ」
彼方が、そんなことをいう。
「基本的に、指揮権はあちらにあるわけだし。
それに、詳しい説明や配置なんかは、どうせ向こうと相談する形になるわけだし」




