集合から送還まで
「達成率も九割五分まで、いったか」
その日のチュートリアルが終わると、シュミセ・セッデスはそう独白する。
「一日で五分もあがった。
そう考えると、快挙だ。
が、これだけ準備をしても完全に終わらせることが出来なかった。
そう考えると、忸怩たる思いがあるな」
心なしか、声に疲れが滲んでいた。
「あと一歩のところまで来ているではないですか」
アイレスは、そう励ます。
「なにより、本日は、ここ数日では珍しく、一人も死者を出しませんでした。
まずはその事実を、喜びましょう」
「今日は、あの聖女様の出番はなし、か?」
「聖女様は、ここ数日の疲れが出たのでしょう。
いまだ、寝ておいでです」
「ここ数日、だいぶ酷使してしまったからな」
シュミセ・セッデスはそういってため息をついた。
「そのまま、寝かせておいてやれ。
死者なし、ということは、明日も欠員なしでいけるということだな?」
「若干名、現在も負傷している人員は居るようですが、それも明日までには確実に治るそうです」
「だとすれ、あとは」
シュミセ・セッデスは少し考えてから、いった。
「明日に備え、外部の意見を参考にしたい。
ウダと、トライデントの連中を呼んでくれ」
アイレスから連絡を貰った時、恭介たちは城塞内各所に散らばっていた新規参入者たちを魔方陣がある場所まで集合させているところだった。
「ええと」
恭介は左右の彼方と遥を確認してから、そう返答する。
「それ、急ぎます?
今、向こうから連れて来た人たちを送り帰す準備をしているところなんですけど。
なにしろこの城塞は広いので、全員が集まるまでには、少し時間がかかると思います。
ええ、急ぎの要件でなければ、少し時間をいただければ、と。
ええ、ええ。
はい、それでは、少し遅れてからそちらに、ということで」
「なんだって?」
通信を終えた恭介に、彼方がその内容を訊ねた。
「明日以降の打ち合わせをしたいから、中央司令室に来てくれってさ」
恭介は簡単に説明する。
「たった今、うちの関係者に集合かけたところだから、あとでいくっていっておいた」
「その手の会議なら、うちの子たちまでこっちに留めておいても意味ないもんね」
遥が、恭介の言葉に頷く。
「小さい子も居るから、あんまり帰りがおそくなるのもまずいし」
「全員揃ったら、向こうに送り帰すのはいいとして」
恭介は続ける。
「向こうで自由行動させても、大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないかな」
彼方がいった。
「人数が少ないとはいえ、大人の人たちも居るわけだし」
「大人の人たちをあてにするしかないか」
恭介は、そう応じる。
「大丈夫だろうとは、思うけど。
でも、あの人たち、向こうの世界に不慣れだからなあ」
「なんなら、アトォちゃんだけでも同行して、引率して貰う?」
遥が提案する。
「こちらのチュートリアルに対して、アトォちゃんが積極的に発言するとも思えないし」
これからはじまるセッデス勢との会合にアトォを同行させる必要性は薄い、という指摘だった。
「詳しいことは、みんなが集まってきてから相談してみようよ」
彼方が、そういった。
「当事者抜きで相談しても、埒があかないし」
「それもそうだ」
恭介は、素直に頷いた。
そうこうするうちに、城塞内各所に散っていた回復役がぞろぞろと戻ってきた。
この城塞は広いため、移動にも相応の時間がかかった。
さらにいえば全員が城塞内の地理に不案内だったため、全員がセッデス戦士の道案内を伴っている。
「なあ、あんた」
そんな道案内のセッデス戦士が、恭介たち三人に確認する。
「あの回復術ってやつ、おれたちにも使えるのか?」
「もちろん」
恭介は即座に頷いた。
「あれもスキルの一種に過ぎませんから、ポイントを消費して取得可能です。
取得さえすれば、誰にでもし使用可能なはずです。
もっとも、回復する際に痛みを伴いますので、いっしょに付与術系の、麻痺のスキルも取った方がいいと思いますが」
「大きな傷なら、当然麻痺はいるだろうな」
その戦士は、大きく頷いた。
「だが、小さな傷なら、そこまでする必要もない。
どの道、負傷している局面では興奮状態になっているし、そこまで痛みを気にしている余裕もない。
それよりも、その場で止血出来るということの方が重要だ。
多少の傷を負っても戦い続けられるのは、ありがたい」
「そうですか」
恭介は、そうした言葉を聞きながら、内心で呆れていた。
ここの人たちは、自分の負傷のことよりも、継戦能力の方を重視するのか。
「回復術って、聖女様の占有物ってわけでもなかったんだな」
別の戦士が、そんなことをいいだす。
「あの人のは、威力というか回復量が段違いですけどね」
今度は彼方が、説明する。
「なにせあの人の場合、死者さえ生き返せるくらいですから」
スキルは基本、誰にでも仕える。
そういう前提情報さえ、セッデス勢全員に浸透していないようだった。
いや、首脳部は一通り説明しているとは思うのだが。
半信半疑で受け止められて、これまで、実際に試した者が少ないので、実感が伴っていないのかも知れない。
なにしろ、それまで普通に生活していた者にとっては、にわかに信じがたい内容であるはずである。
こちらの世界の住人は、ゲームとかファンタジー的なフィクションに触れた経験がない。
たとえ架空の概念でさえ、前提知識を持っている者とそうでない者とでは、認識に差が出来るのは当然といえた。
今回の件で、戦士たちのその認識に、揺らぎが生じた形になる。
「それよりもあの、安っぽい銃だ」
さらに別の戦士が、三人に詰め寄った。
「あの銃は、弾丸を必要としないのか?
どこで手に入る?」
「これ、ZAPガンのことですか?」
彼方は倉庫から実物を取り出し、示す。
「これなら、酔狂連というところがオークションにかなりの数、出品しています。
魔力を撃ち出す銃になりますから、魔石を消費して撃つ形になります。
手持ちの魔石がある限り、いくらでも撃てるはずです」
実銃に関しては宇田にレクチャーされているのだろうが、ZAPガンのことまでは詳しく知らなかったようだ。
あるいは、宇田も参考知識として軽く言及していたのかも知れないが。
ほとんどの銃器を人形たちに扱わせる、という前提に立つのならば、確かにこのZAPガンは、あまり有用ではない。
「その、オークションとやらでは、どうすれば買い物が出来るのだ?」
「システム画面を開いて、マーケットを出して。
その中に、オークションという項目があるはずで」
「おお、そうか」
「あ、あった」
「割といい値段がするな」
「性能と威力を考えると、こんなものではないか?」
「なにより、モンスターを倒せばただで手に入る魔石しか要らないというのがいい」
「これまで銃は、なにかとポイントが入り用だったからな」
道案内役でここまでやって来た戦士たちが集まって、身内内だけで騒ぎはじめた。
弾薬などのランニングコストは、個人で使用する武器としては、確かに大きな問題になるかもしれないな。
と、そんな会話を聞きながら、恭介は思う。
いずれにせよ、回復術スキルと、それにZAPガンの使用。
この二者の知識は、ここまで火がつけば、あとは放っておいてもセッデス戦士間で共有されるだろう。
それだけ、この城塞の戦力全体が底あげされ、組織としてタフになる、ということでもある。
こちらに連れてきた人たちが全員集まったことを確認してから、恭介たちはスジャンたち狩人チームと、それに、比較的年長の少女たちに事情を説明し、
「先に向こうに戻って、拠点に帰っていてくれないか?」
と打診してみた。
「それくらい、お安いご用だ」
スジャンは快諾した。
「昨日と同じ道筋で帰ればいいだけなんだろ?
チビどもの見張りは、少し厄介だが」
「そちらは、こちらでやります」
今度は年長組の少女がそういった。
「子守りには慣れていますので。
それと、質問ですが」
「なにかな?」
彼方が、先を促す。
「昨日と同じ、政庁前の広場に戻るわけですよね?」
「そうなるね」
彼方は頷く。
「なら、拠点に戻る前に、昨日と同じように、銭湯に寄ってもいいでしょうか?
今日は、かなり汗をかきましたので」
「それには、気がつかなかったな」
彼方はそういって快諾した。
「もちろん、構わない。
というか、そうして貰えると、こちらも助かる」
「それと、もうひとつ」
今度はスジャンが、発言する。
「拠点に戻ったら、勝手にメシにしてもいいよな?
そちらが帰ってくるまで待つってえのも、チビどもには酷だろうし」
「それについても、そうして貰えると助かります」
彼方は慎重な口ぶりで答えた。
「でも、大丈夫ですか?
全員分の食事となると、それなりに負担が大きいと思いますが」
「なに、わけはないさ」
スジャンはそういって頷いた。
「大勢の食事を用意するのも、向こうではよくあることだ。
それに倉庫には、各種の肉類も大量にあることだし」
そんな打ち合わせを済ませたあと、ここまで引率して来た人たちは、アトォの転移魔法によっ向こうの、中央広場の転移陣へと送られる。




