レベリングの実際
複数のパーティが、同時に同じダンジョンに入ることは、可能だった。
ただ、最後の、ダンジョンマスターと対峙するのは、特別な例外でもない限りは、一度にひとつのパーティのみと限定されている。
ダンジョンに入ること自体には、特に制限は設けられてはいなかったので、その場に居る全員が
「いっせいの」
という合図とともに、扉に掌を押しつける。
「せっ!」
次の瞬間、三十名のプレイヤーたちは草原の真ん中に立っていた。
「察知スキルを持っている人は、周囲を警戒してください」
恭介が、落ち着いた声で注意を促す。
「その他の人は、円陣を組んで、全員で全周をカバー可能な状態にしてください」
今回、大半はモンスターとまともに対峙したことがない素人なわけで。
焦ってパニックを起こされたりすることが、一番、困る。
「早速来たね」
スジャンがそういって、前にいった通りに、鏑矢を放った。
鏑矢は、甲高い音を放ちながら、空を飛んでいく。
その先に、小さい影がいくつか、見えている。
「はい、そっちを向いている人は、その方向にZAPガン、撃ち込んで」
遥がいった。
「モンスターがいなくなるまで、撃ち続けて。
相手も避けし動き回るから、完全に居なくなるまでとにかく打ち続けて」
「そっちじゃ」
別の方角を見張っていた狩人チームの老人が、そういって鏑矢を放った。
「草に隠れて姿は見えないが、そちらから来る」
鏑矢の出す音でだいたいの方角はわかるが、老人の言葉通り、モンスター自体は見えない。
「そっちの方に、とにかく撃ちまくって!」
彼方が大きな声を出す。
「当たらなくても、牽制にはなるから。
何十発か撃ちまくって、そのうち一発が当たれば上等、くらいに考えて!」
狩人チーム以外は、全員がレベル二十以下になる。
それだけ低いレベルだと、このダンジョンのモンスターを一体でも倒せれば、その人は一気にレベルがあがる。
そうしてレベルアップした人が増えれば、全体の動きも改善され、狩りが楽になる。
「自分の正面だけに注意を集中してください」
今度は、恭介がいった。
「自分だけで始末をつけようとしないで。
これだけの人数が居るので、死角はほぼありません。
左右に逃れたモンスターは、他の人に任せてください」
「モンスターは、次から次へとやってくるよ!」
遥が、声を張りあげる。
「どんどん倒していかないと、数が多くなる一方だから!
休まず、とにかく引き金を引き続けて!
そうすりゃ、どれかは当たるはずだから!」
今回は、低レベル者がほとんどなのである。
洗練された挙動など求めるべくもない。
泥臭くてもいいから自分たちの安全を確保しつつ、モンスターを一体でも多く自分たちの手で倒す。
ということを目標に、動くべきだった。
本当に危ない局面になれば、恭介たちトライデントも動くつもりだったが、出来ればそうなる前にモンスターの数を着実に減らして貰いたかった。
ほぼ全周に渡り、ほぼ全員がZAPガンを乱射し続けたので、周囲の草むらは最初の数分でほとんどが吹き飛んでしまった。
草むらが吹き飛んだ分、視界はよくなったわけだが、察知スキルに引っかかるモンスターの数は増える一方だった。
倒されているモンスターの数より、新たに近寄って来るモンスターの数が、多い。
こちらも、徐々に、ではあるものの、モンスターが倒されるペースは、速くなっているのだが。
「隊長」
スジャンが、恭介の声をかけた。
「まだやらせておくのかい?
モンスター、かなり増えているんだけど」
スジャンたち狩人チームの人たちは、他の人員とは違い、立ち振る舞いに余裕があった。
「まだ、このままで」
恭介は、短く答えたあと、ZAPガンを乱射しているうちの何人かに声をかけて呼び寄せた。
「君と君、それに君。
ちょっと、こっちに来て」
比較的年長の少女を五名ほど呼び寄せたあと、恭介はステッキを渡し、少女たちにシステム画面を開かせて、ジョブを魔術師に変更した。
そのあと、その少女たちに属性魔法のスキルを取らせる。
「これで、君たちは魔法が使えるようになった」
恭介は、静かな声で告げた。
「もう回り中、敵ばかりだから。
狙いをつけないでも、とにかく外に向かって魔法を連発してみて」
恭介の指示通りにした少女たちは、硬い表情で頷き、それぞれ別の方向に向き直ってから、魔法を連発しはじめる。
火が、氷が、風が、土が。
ほぼ同時に発生し、ZAPガンの斉射で草が剥げた場所の外側に何度も発生し、そこの草むらごとその場に居たモンスターを倒し、傷つけていく。
「すげえ」
年少組の誰かが、そんな風に呟いた。
魔法少女隊の魔法を見慣れている恭介たちにしてみると、その時の魔法はそんなにたいした威力でもないように思えたのだが、魔法そのものを見慣れていない人々にとっては、かなり派手に見えるらしい。
「はい、手を止めない」
遥が、そういって何度か手を打ちつける。
「モンスターはまだまだいっぱい居るんだから。
速く倒していかないと、増える一方だよ」
魔法とZAPガンによる猛攻が、再開する。
魔法が当たったモンスターも、すべてが即死するわけではなく、傷ついたりその場に倒れたりするものもあって、年少組はそうした動きが悪くなったモンスターを中心に倒していく。
このあたりが分岐点となり、それ以降、モンスターの発生数より討伐数の方が、完全に上回るようになった。
こちらの構成員が総じてレベルアップしたため、全般に攻撃能力が増大し、モンスターを倒す効率があがったため、だった。
ダンジョンに入ってからそのフロアのモンスターが完全に出てこなくなるまで、おおよそ二時間半。
以前、トライデントがはじめてこのダンジョンに挑んだ時よりも若干、長くかかった形になる。
「それでは、一段落ついたし、一度外に出ましょうか」
恭介は全員にそう告げて、ついで、
「おれたちは、ここでこのダンジョンから出たいと思います!」
と、大きな声で告げる。
次の瞬間、ふたたび、全員が未のダンジョン前に立っていた。
「ここで少し休憩しましょう」
彼方がいった。
「全員、汗を拭いて、冷たい飲み物でも飲んでください。
ほぼ全員、十分なポイントが貯まっているはずなので、それで回復術のスキルを取って、それの練度を限界まであげておいてください。
一休みしたら、中央広場に移動して、セッデス勢の城塞へと移動します」
場慣れしていた狩人チームを除いた全員が、緊張がきれたのか、その場でへたり込んでいた。
肩で息をしている者も、少なくはない。
走り回ったわけでもないので、肉体的な疲労よりも精神的な疲労が大きいのだろう。
「素人さんたちに、最初から無茶させるなあ」
スジャンが、そう声をかけてくる。
「今回は、人数が居ましたからね」
恭介は、そう答えておいた。
「いよいよ駄目そうだったら、おれたちが介入するつもりだったし」
結果として、今回の新規参入者たちは、恭介たちの予想以上にうまくやってくれた。
恭介たちトライデントが介入する前に、自力で、ひとつのフロアを丸ごとクリアしてしまったのだ。
「あの」
魔術師のジョブに転職したばかりの少女が、恭介たちに問いかけてくる。
「プレイヤーの人たちって、いつもこれをやっているんですか?」
「だいたい、そうだね」
遥が、軽い口調で答えた。
「数人でダンジョンに入って、ポイントとかアイテムを取ってくる。
基本的にはそれが、プレイヤーの仕事になる」
「わずか数人で」
その少女は、しばらく絶句した。
そのあと、
「皆さんも、このダンジョンに挑んだんですか?」
と、確認してくる。
「うん」
遥は、この問いかけにもあっさりと頷く。
「最初にこのダンジョンに挑んだ時は、最初のフロアをクリアするのに二時間くらいかかったかな?」
「それは、何人で?」
「四人。
ここに居る、トライデントの四人で」
それを聞いた少女は顔色をなくし、覿面に表情を引き攣らせた。
「レベルアップしていくと、攻撃力なんかも格段にあがるから」
彼方が、そうフォローする。
「おそらく、だけど。
今、想像しているよりも、ずっと簡単にいくようになるよ」




