引率の実際
「壊れかけ、瓦礫になりかかっている建物跡か、野っ原か」
珍しいそうに周囲を見渡してから、スジャンが市街地についてそう評した。
「ここが、あんたたちの都なのかい?
随分と、うらぶれているようだけど」
「都というか、このこの世界でおれたちプレイヤーが最初に出現した場所になるね」
恭介が、代表して答える。
「おれたちも、元はといえば別の世界で暮らしていたんだけど、なんの前触れもなくこんな場所に百五十人が連れてこられたんだ。
で、チュートリアルをどうにか終わらせて、今に至る。
今も、この市街地内にダンジョンがあるんで、ほとんどのプレイヤーが市街地から離れていない」
その辺の事情は、誰も説明していなかったのだろう。
考えてみれば、新規参入者たちのような普通の村人たちにこちら側の事情や来歴を伝えたり説明したりする必要性は、あちら側の誰も持っていないはずだった。
「ああ、なるほど」
スジャンは、恭介の簡潔な説明に、すぐに頷いてくれる。
「つまりあんたらは、わたしらの御先祖様のような目に遭ったばかりなのか」
フラナにせよセッデス勢にせよ、世界間を渡って拉致されて来た人たちの子孫になるわけで。
そうした事情は、今に生きる子孫にも伝承はされているのだろう。
現在の住人たちがどこまでその伝承を信じているのかは、定かではなかったが。
ただ、そういう伝承があることで、恭介たちの境遇を理解するのが早かったのは、確かだった。
市街地に入り、そのまま恭介たちは中央広場へと移動する。
政庁前で移動を終え、そこで全員に小休止と告げた。
恭介だけが、一人で新規参入組の名簿をプレリンアウトしたものを手に、政庁最上階にある生徒会執務室へと向かい。
朝のうちに、全員でここに来る目的などは伝えてあった。
そのせいもあってか、受付でそのまますぐに入ってくれ、と伝えられる。
「これから、未のダンジョンに入るのか?」
恭介が名簿のハードコピーを手渡すと、小名木川会長はそう確認した。
「ええ」
恭介は、その言葉に頷く。
「向こうのチュートリアルがはじまるのは午後になるんで、空いた時間に少しレベリングをしておきたくて」
「レベルは、最上が六十超え、最小が十以下、か」
パラパラと手渡されたばかりの名簿をめくりながら、小名木川会長がいう。
「お前らがついていれば滅多なことはないと思うが、とにかく気をつけてな」
「そりゃあ、もう」
恭介は、そう答える。
「本番は、レベリングではなく向こうでのチュートリアルですからね」
「順番待ちしないでいいように、未の迷宮を、生徒会権限で入場禁止にしておいた」
続いて小名木川会長は、そんなことをいい出した。
「同胞メッセージでプレイヤー全員に伝えているし、迷宮の前に今日はこのダンジョンに入るべからず、って看板も立ててある」
「え?」
想定外の対応だったので、恭介は若干引き気味になる。
「大丈夫なんですか、そんなことをして。
他のプレイヤーから、反発とか起こりません?」
「あのダンジョンだけを出禁にしても、ダンジョンはまだ十一個もあるしなあ」
小名木川会長は、のんびりとした口調でそういった。
「未のダンジョンは少数の高レベルパーティが持ち回りで使っているような状況だったし、一日くらい出禁にしても、他のダンジョンに散るか休みにするか。
影響はせいぜい、その程度のもんだろう」
つまりは、大勢に影響はない。
ということだった。
聞けば、遮二無二に、熱心にダンジョン攻略をしているパーティはほとんどおらず、大半のプレイヤーは生活費と多少の余裕を得られれば、それ以上に攻略を進めようとしていない、という。
元の世界に帰りたいとか、そうした願いを強く持っていないプレイヤーであれば、せいぜい現状を維持することが、目的になってしまうのかも知れなかった。
市街地のプレイヤーは、そのほとんどはかなりのんびりとこの環境に適応している、らしい。
仮に、そんなのんびり派のプレイヤーなりパーティなりが、最初にすべてのダンジョンを制覇してしまったら。
と、恭介は疑問に思う。
そのプレイヤーは、どんな願いを運営につきつけるのかな?
中央広場に戻ると、遥かと恭介がその他の全員におにぎりとペットボトルを渡して、軽食を摂っている最中だった。
「ダンジョンに入る前に、腹ごしらえをしておこうと思ってね」
彼方が恭介に、そう説明する。
「それに、こちらの食事にも、徐々に慣れて欲しいし」
こちらの食事、とは、つまりは米食ということなのだろう。
マーケットでは、向こうのスーパーやコンビニで入手可能な惣菜は、だいたい購入可能となっている。
「それで、おにぎりの反応はどう?」
「黒い海苔が珍しかったみたいだけど、海藻を集めて乾かした物、って説明したら納得してくれた」
恭介が確認すると、遥が答えてくれる。
「なかなか好評みたいよ。
少なくとも、不評ではないと思う」
「そう」
恭介は、頷く。
「生徒会が、未のダンジョンを押さえてくれているそうだ。
移動すればすぐに入れる状態だから、全員が食べ終わったら移動しよう」
向こうのチュートリアルがはじまる時間まで、まだ四時間近くある。
別に急ぐ必要もなかった。
「これから未のダンジョンに入りますが」
彼方が、未のダンジョン前で説明をおこなっている。
「扉から入ると、そこは草深い平原になっています。
そのまま立っていても、モンスターの方からこちらに寄ってくるので、それを片っ端から撃ち落としてください。
このダンジョンは背が高い草が一面に生えているものの、その上は遮蔽物がなく、見通しがいいです。
モンスターは大きく分けて、空を飛んでくるものと地面を駆けてくるものの二種類。
どちらも見逃さないようにしてください。
現在のメンバーだと、接近されるとかなり大変なことになります」
「全員とはいわないけど、二人に一人くらいは斥候のジョブに就いていた方がいいよ」
遥かが、そうつけ加える。
「周囲を経過してモンスターを早期警戒する人と、その報せを受けていちはやく攻撃する人。
その二人体制で動くのが、比較的堅実だと思う。
ほとんどの人はモンスターの相手をするのははじめてなので、一人でなんでもかんでもやろうとはしないこと」
「わたしらは、好きに動いていいのかい?」
狩人のスジャンが質問した。
「狩人としての経験がある人は、そんなに苦労しないと思いますけど」
恭介は、そう答えておく。
「今回のメンバーはまだ小さい子も多いんで、出来れば狩人チームには早期警戒役をやって貰いたいですね。
強制はしませんが、そうしていただけるとこの集団全体に貢献出来ます」
「それなら、モンスターを見つけ次第、その方向に鏑矢でも放つかね?」
鏑矢とは、鏃に穴が空いていて、放つとその穴を通った空気が高い音を立てる矢になる。
今回のように、合図などをする時に使用される。
「そうしていただけると、助かります」
恭介は、そういって頷いた。
実際、スジャンを筆頭とする狩人チームは、レベルだけを見ても全員が六十を超えていた。
全員が斥候と狩人のジョブを経験しており、察知のスキルが使用出来る。
その狩人チームだけでダンジョンに入っても、問題はないくらいに「仕上がっている」人たちだった。
そうした人たちが協力してくれるのは、大半が低レベル者で構成されている今回の集団にとって、安心出来る要素といえた。
そうした説明に応じる形で、他のメンバーが自分のステータス画面を開いて、ジョブを変更しようとしていた。
だが、ステータス画面に表示されている言葉を読めない者が大半だったので、かなり苦労している。
ヘルプ機能に何度も口頭で質問を繰り返して、簡単な操作をどうにか終えている者が大半だった。
向こう側の識字率はかなり低く、今回の新規参入者の人たちも、例外的な数名以外、読み書きが出来ない状態だった。
「この様子だと、簡単な読み書きくらい、教えた方がいいのかもね」
「そうだね」
遥と彼方が、そんなことをいいあっている。
「それも、今後の課題ということで。
まずは地元の、セッデスの言語を。
余裕があったら、日本語も教えたいかな」
「そういうのは、将来のことになるな」
恭介がいった。
「まずは、目の前の仕事を一個ずつこなしていくしかない」
年少組を中心に、大半の新規参入者に自分のシステム画面を読みあげさせて、確認していく。
表示内容を読みあげる機能は、システムに内蔵されているのだが、その声はシステムを使う本人にしか聞こえない。
第三者が他人のシステム画面を確認する方法は、本人に復唱させるしかなかった。
想定していたよりも長い時間が必要になったが、どうにか準備を終え、一行はいよいよ全員で未のダンジョンに入る。




