宿舎と採寸
女性組が銭湯から出て、わらわらとバスに乗り込んでくる。
「はいはい。
危ないから、全員シートに座ってねー」
遥が、手を叩きながら注意を促す。
「悪いねー、送迎までして貰って」
これは、運転席の赤瀬に対してだ。
「他のメンバーは?」
「先に拠点に戻って、いろいろ準備しています」
遥の問いかけに、赤瀬が答える。
「とりま、宿泊場所は用意しておいた方がいいかな、って。
プレハブと簡単な寝具程度ですが」
「そこまでやってくれたんだ」
遥は、驚いた。
「かかったポイントは、あとで精算するね。
これはあくまで、うちのパーティが受けた仕事の一環だから」
「向こうのチュートリアルを完全に終わらせろ、ですか」
赤瀬はいった。
「簡単にいってくれますよね」
「セッデスさんたちも、頑張っているとは思うけどね」
遥はいった。
「ただ、慣例だかなんだかで、その頑張りが空回っている部分が多いみたい。
今日、見学した様子だと。
それに風穴をあけるのは、外部から遠慮なしに介入する、うちらのような勢力の役目かな、って」
「そういうことなら、師匠たちはうってつけですね」
赤瀬は頷いて、エンジンを始動させる。
「それでは、出発しますね」
新規参入者たちは、車窓に取りついて外の風景を凝視している。
「おい!
これ、本当に動いたぞ!」
「タンデよりも力が強いんじゃないか、これ!」
年少組が、にわかに騒ぎはじめる。
この手の車両に乗るのも見るのもはじめてなわけだから、この反応も仕方がないか。
と、恭介は思う。
ただ、甲高い声で騒がれると、煩いことは煩い。
「酔狂連の桃木マネージャーも、向こうで待っているって」
例によって連絡を取っていた彼方が、恭介にそういった。
「小さい子用の装備は作っていないけど、せめて採寸くらいは今日中に終わらせたいって」
「そうだな」
恭介は頷いた。
「採寸と、それに名簿作りは、今日中にやっておきたい」
一応、名前の一覧くらいは向こうで作ってはいる。
しかし、恭介たちトライデント側が、その名前と顔がまだまだ一致していない状況だ。
混乱がないように、採寸をする前後で顔写真も撮影して、そのデータのコピーを生徒会に送付するつもりだった。
ことによると、身分証明書を兼ねたネームプレートでも作っておいた方が、トラブルの防止にはなるかな。
とも、考える。
最初のうちはトライデントなり生徒会なりの関係者がどこへいくのにも随伴するだろうが、いずれは、彼らだけで行動するようになるはずだ。
その前に、しっかりした身分証明制度を整えておく必要がある。
この辺は、生徒会とも相談の上、制度を整えていくしかないだろう。
「やること、山積みだなあ」
恭介は、誰にともなく、そうこぼした。
「今さらだよね、それ」
彼方が小さく笑いながら、そういう。
「はじめてしまったものは、仕方がないから。
一区切りするまでは、このまま突っ走るしかないと思う」
「だよなあ」
恭介たちトライデントがやらなくても、いずれは、誰かがしたはずのことなのだ。
それに、この手の変化はどうも避けられないらしいし、避けられないのなら、さっさと進めてしまった方がいい。
手を着けるのが早ければ、問題点などもそれだけ早く出して潰していける。
赤瀬が拠点に着くと、赤瀬以外の魔法少女隊三人とダッパイ師、それに酔狂連の桃木マネージャーと武器職人の岸見、鍛冶師の八尾が待ち構えていた。
バスから乗客がぞろぞろと降りていくと、まずダッパイ師が、
「あんたとあんた、それにあんた。
ちょっとこっちに来ておいて」
と、何名か名指しして何名かを少し離れた場所に連れ出す。
「ちょっと待って」
彼方が慌ててバスから降り、ダッパイ師に文句をいう。
「彼らはぼくたちが契約して連れてきた人だから。
無断で勝手に連れ出されても困ります」
「転移魔方陣の番人が少ないんだ」
ダッパイ師は、そういった。
「向こうに残っているわたしの弟子を連れてくることも考えているが、先のことを考えるとこちらでも育てた方が確実だろ」
「いずれはそうなるかも知れませんが、まずはこの子たちにこちらの流儀を教え、生活に困らないようにするのが先です」
彼方は、そう抗弁した。
「両親から預かってきたという事情も責任もありますし、そうやすやすと渡せるわけないでしょう」
「ふん。
筋は通っているじゃないか」
ダッパイ師は、荒い口調でそういった。
「それなら、そちらの受けた仕事が一段落してからなら、どうだい?」
「何日かの習熟期間は、最低限必要になりますね」
彼方は慌ただしく頭を回転させながら、答える。
「少しして落ち着いたらなら、セッデス城塞での救護活動をする以外の時間は空きますから。
その間にそちらの仕事をおぼえさせる、というところでどうでしょうか?
あ、もちろん、本人の承諾は最低限必要で、無理に仕事をさせるのはなしって方向で」
「あんたは、話が早くていいね」
ダッパイ師はそういって頷いた。
「そうして最初に条件を示してくれると、こちらとしてもやりやすいよ。
さて、聞いたとおりだ。
さきほど名指しした子らは、巫女としての才覚がある。
転移魔法ぐらい、最短の期間で叩き込んでやるから、生活に余裕が出来たらいつでも声をかけておくれ。
これから転移魔法の需要はいくらでも出て来るし、たんまり稼げる仕事だよ。
それこそ、セッデス勢の傷治しなんざ比べものにならないほどにね」
「あの、才能がある子って、そんなに居ますか?」
「誰にでもなれるってものでもないけど、素質がある者は見ればわかるよ。
一番素質があるのは、そこの隊長さんなんだが」
彼方の問いに、ダッパイ師が答える。
「キョウちゃんは、あげません」
遥がそういって、背後から恭介の体に腕を回して抱きついた。
「だ、そうです」
彼方が、ダッパイ師にいう。
「残念だねえ」
さほど残念そうでもない口調で、ダッパイ師は応じた。
「あの子なら、希代の術者になれるのに」
魔法少女隊は、大きめのプレハブ四棟を当座の宿舎として用意してくれた。
「一応、中に二段ベットと簡単な寝具ぐらいは用意してあります」
仙崎が代表して、教えてくれた。
「一棟に八名、無理をすれば十二名くらいは寝泊まり可能なはずです」
「当座の宿舎としては、上等かな」
彼方はそういって頷く。
「本当はこっちが用意しなけりゃならないんだけど、先回りして用意してくれてありがとう。
経費はあとで精算しよう。
で、とりあえず、男女別に分かれて、中に入って」
「中でちょっと、体のサイズを測らせて貰いまーす」
桃木と岸見が女性側を、八尾が男性側を担当することになる。
もちろん、トライデントの四人も男女に分かれてそれを手伝った。
採寸の合間に、タブレットで写真を撮って、名簿と照合した上で、生徒会に報告する書類を完璧にしていく。
「ある程度大きな人用のは、在庫もそれなりにあるんだがなあ」
作業の合間に、八尾がいった。
「あんまり小さいサイズのは、流石に作っていない。
この間あつらえた、アトォ嬢ちゃんの分が、これまでに製造した中で最小サイズになる」
「だろうねえ」
恭介は頷いた。
「時間、かかりそうですか?」
「最低でも二、三日くらいは見てほしいな」
八尾はいった。
「こっちにしても、慣れていない作業になる。
多少の試行錯誤もあるだろうし」
「それまでは、ありもので我慢するしかないか」
彼方がいった。
「二、三日くらいなら、武器だけでもいいかな。
多分、その程度なら城塞での救護活動とダンジョンの出入りくらいしか、しないと思うし」
トライデントが引率した上でダンジョンに入り、遠い間合いから、一方的にモンスターを攻撃する。
レベリングに関しては、そんな内容を、この時点では構想していた。
「なんにせよ、安全第一でな」
八尾は、そういった。
「これだけ体が小さいと、ちょっとしたダメージを受けても命取りになりかねないぞ」
「それは、ね」
彼方は、八尾の言葉に頷く。
「こちらも、重々承知しております」
「それよりも、これだけの人数がしばらく暮らすとなると、お風呂も早めに用意した方がいいのでは?」
青山が、彼方に意見をいった。
「以前に使っていた野営用のお風呂は倉庫にありますが、これから使うとなると、給水塔まで新設した方がいい気がします」
「排水を浄水槽まで持っていく工事もいるね」
彼方は、その言葉に頷く。
「大勢の人間が居住するとなると、いろいろ大がかりになるか。
住居も、いつまでもプレハブってわけにはいかないだろうし」
「野営暮らしってのも、これでなかなか乙なもんだぞ」
ダッパイ師が、口を挟んでくる。
「マーケットで購入可能なキャンプ用品ってやつも、なかなか高性能だし」
「あれは本来、長く住むための道具じゃないですから」
この酔っ払いが。
などと思いつつ、恭介はダッパイ師に告げる。
「こっちで待遇よくしておかないと、今後の求人活動にも障りがありますし。
そんなに手も抜けませんよ」
とはいえ、これから計画を練りはじめる段階なのだが。




