聖女様と思い込み
「いやあ、うるさかった。
まだ、耳がじんじんしている気がします」
というのが、アトォによるチュートリアルの感想になる。
「爆音や銃声も酷かったけど、硝煙の匂いもきついし。
空気も、全体的に埃っぽいし」
「爆発とかで巻き上げられた細かい粉塵が、大気中に漂っているんだろうね」
彼方は、そう説明する。
「近代戦の戦場は、だいたいこんなもんだよ」
トライデントの四人は、今、アイレスに案内されて「先行してこちらに来ているプレイヤー」が居る場所へと、徒歩で移動している最中だった。
なにぶん、巨大な城塞内部を移動する形になるわけで、階段をあがったりくだったり、城塞の上に出たり地下に潜ったりと、上下も方角も移動している途中でわからなくなる。
なんでも、城塞内部にモンスターが侵入された時のことも想定して、わざとわかりにくい、迷路のような経路になっているのだとか。
有事の際には、こうした通路も比較的容易に遮断可能な構造になっているらしい。
「まずは、聖女様のところに案内します」
四人に先行しながら、アイレスがいった。
「あまり歓迎されないかも知れませんが」
というのは、毎日、チュートリアルが終わった直後のこの時間帯、ユニークジョブ聖女である結城紬は決まって多忙を極めているから。
と、説明された。
「なんでそんなに負傷者が多いんですか?」
恭介が訊ねた。
「銃撃戦に切り替えているのなら、怪我人もそんなに出ないような」
「どうもこちらの若い者は、血の気が多いようでしてな」
アイレスは、気後れする様子もなく、そんな風にいった。
「加えて、察知スキルを得ている者も、まだそのスキルを十全に使いこなせているわけではありません。
姿の見えない敵が至近距離に近づいて来るまで、気づかないことも多く」
そのような場合は、結局剣を抜いての近接戦闘になるのだという。
こちらのセッデス勢にしてみれば、そういう戦い方の方が、よっぽど慣れ親しんでいるのだろう。
多分、
「自然と体が動く」
ような状態なのだろうな。
と、恭介は想像する。
ただ、ステルス状態の敵と、それを半端にしか察知出来ない戦士との近接戦闘は、客観的に判断するならば無謀だった。
おそらく、だが、自滅や仲間を巻き込んでの乱闘も、普通に発生しているのではないか。
「聖女様も、大変そうだなあ」
恭介は、しみじみとした口調でそう呟いた。
「ああ、あなた方もこちらへ来たのですか?」
こちらに気がついた結城紬は、顔だけをこちらに向け、怪我人に回復術を使いながらそういった。
「ちょうどよかった。
こちらでうるくしている方々を、片っ端から麻痺状態にしていってください。
このまま回復術を使うと暴れ回るので、面倒なんです」
「はいはい」
恭介は素直に頷く。
「麻痺をかけていけばいいんですね」
ざっと見、三十名と少し、といったところだろうか。
負傷の度合いはそれぞれだが、死者や致命傷を負った者は、この場にはいないらしい。
「小さな傷ならこっちで回復しちゃってもいいですよね?」
遥が確認する。
「あと、出血が多すぎる人に関しては、麻痺したあと、簡単に縫合して傷口を塞いでおいた方がいいよね」
彼方も、そう提案する。
「それ、そちらに任せてもいいですか?」
「麻痺して傷口を洗って、消毒して縫うくらいなら、どうにか。
傷口の断面が複雑なようだと、そのまま回復術をかけた方がよさそうですが」
彼方が答える。
「どうせ回復術をかけるといっても、出血は少なくしておいた方がいいだろうし」
「そちらの判断にお任せします」
結城紬は、顔もあげずにそういった。
「こちらの方々は、自分の体を乱暴に扱いすぎです」
結城紬は、どうやら重症者の方から順番に処置をしているらしかった。
残りは軽傷者、とはいえ、四肢欠損までには至らない程度の傷ではあり、処置が遅れれば死亡に至る可能性が多々ある者も多かったので、トライデントの四人も全員で手分けして必要な処置をおこなっていく。
「噛み傷とかは、うまくくっつかないな」
「縫合抜きで回復術、使うしかないでしょ。
縫合してからよりは時間がかかるけど、まずは傷口を塞ぐことを優先」
刀傷は、まだしも傷口が整っているので縫合もしやすかった
が、噛み傷や爪痕らしき傷などは肉片の欠損もあり、出血も多く、その処置についても一刻を争う場合が多い。
傷口に得体の知れない雑菌などが付着している可能性もあったが、感染症に対応可能なスキルはこの時点で見つかっておらず、マーケットで入手した消毒液を大量にぶっかけてから回復術をかけてまわるしかない。
「こっちの人は、回復術を取ってないの?」
そうした処置を続けながら、遥が悲鳴にも似た声をあげた。
「なんでも、そうした行為はセッデスには似つかわしくないそうです!」
結城紬が、怒鳴るようにして教えてくれる。
「今、フラナの人たちに声かけて手伝ってくれる人を募っているところです!」
その声には、明らかに怒りの成分が含まれていた。
文化とか価値観とか、日本とはまるで違うからなあ。
恭介は、心の中でそう嘆く。
長期的に影響を与えることは可能だ、とは思う。
が、わずか数日でいきなり主旨替えを迫るのは、無理だろう。
「しかしまあ、よくもこの程度の被害で済んでいるもんだ」
彼方が、手を休めることもなく感心した声を出す。
「重軽傷者が合わせて三十人前後。
セッデッスの人数は三百人程度と聞いているから、一割くらいか。
あれだけ派手にやってこの程度の被害で済んでいるんだから、かなりマシな方でしょ」
「別のところに、死者が、ここに居る負傷者と同じくらい居ます」
結城紬は冷静な声で、そう教えてくれる。
「衛生面などの問題もあり、ここから少し離れた場所に安置して貰っていますが。
あちらは、人の形を保っていない遺体も多いですね」
ここは、戦場なのだ。
恭介は改めて、そう認識する。
ここでの処置が一通り終わったら、結城紬は、今度はそちらに回って死者蘇生の作業に回るという。
聖女だけが使用可なスキル復活は、死体の損壊状況によってかかる時間も違ってくる。
場合により、翌日のチュートリアルがはじまるまでに、全員を生き返せないこともある、という。
「あれは、よくないよ」
負傷者の処置が終わり、結城紬と別れてから、遥は仲間たちにそういった。
「結城さん、かなりメンタルに来ている。
せめて、回復術を使って負傷者の処置をする人くらいは、余裕を持って手配しないと」
「そうだな」
恭介は頷いた。
「こんな無理が、長続きするとも思えないし」
「セッデスの人たちは、回復術を使うことを嫌うのですか?」
彼方は、改めてアイレスに確認した。
「嫌うというよりも」
アイレスは、慎重な口ぶりで答える。
「回復や傷の手当ては、臆病者のすること。
そういう気風が、強いですね。
それに、スキルの存在が明るみに出る前は、実戦の最中に治療に専念するより、そのまま敵に対応して果てる方が、残る味方にとって有益な方法だと考えられていました」
「ドグマってやつか」
恭介は、ため息混じりにいった。
「それも、実戦によって効果が保証された、思い込みだ。
こういうのは、なかなか修正出来ないだろうな」
「そういうことだと、結城さん、反感を持たれたり怨まれたりしない?」
遥が、アイレスに確認する。
「実は、少し前までは、かなり疎んじられておりました」
アイレスは、そう答える。
「ただ、ユウキ様がこちらで活動するようになって、それなりの日数になりますので。
今では、セッデス勢全体の稼働数が減少しない益を、ほぼ全員が理解しております」
そこまで理解していても、自分たちで回復術を使うのは忌避しているのか。
恭介は、こっそりと絶望した。
一度こびりついた既成概念は、なかなかに拭いがたいらしい。




