彼方の提案
「こちの内情に干渉出来る立場ではありませんが」
アイレスが口を開いた。
「つまり、カナタ様は、こちらを実質的な二体制にする。
そういうことを、提案なさっているわけですか?」
「生徒会の行動原理は、一言でいえば、こちらのプレイヤーの生命と利益を確保すること。
に、なるかと思います」
彼方はいった。
「それはそれで重要だし、今後もやっていただきたい。
こちらも、協力は惜しまないつもりです。
一方、それだけでは片手落ちで、他の世界のプレイヤー、その行動の自由や権限も重視し、うまくバランスを取るための緩衝地帯も、今後は必要になってくるかと思います。
そのために、うちの拠点を役立てていただければと」
「バランスを取るための緩衝地帯、か」
小名木川会長はそう呟いてから、頷く。
「そちらの構想は、おおむね理解出来たと思う。
ただ、なにぶん、スケールが大きくて今後にも大きな影響を残すだろう案件になるからな。
否定と肯定、今すぐに決断するような内容ではない。
検討はするので、正式な返答はまたの機会にしてくれ。
その分だと、まだ明かしていない詳細なんかもあるんだろう?
そういうのも、今のうちに明かしてくれ」
「今、考えているのは」
彼方は、説明を続ける。
「人間や物資が世界間を通過する際には、必ずうちの領地を経由するというルールを明示してもらいいます。
その上で、まずあちらからこちらへ、誰かが来る際には、まずうちの拠点、ソラノ村に出て貰って、そこからこの市街地へ出て貰うようにする。
これは、実際に出入りする人間をチェックするための方策だと考えてください」
「ダッパイ師に頼んで中央広場に設えて貰った魔方陣は、使わなくなるのか?」
小名木川会長が、質問した。
「いえ、そちらはそちらで、ご自由に。
今まで通り、お使いください」
彼方は即答する。
「この提案は、管理責任を明確にするのが目的なわけですから。
要は、世界を超えて出入りした人間の詳細を、こちらが把握していればいい。
こちらの管理を離れた場所で、勝手に渡ってくる人が出て来たら、それ相応の罰則などを設けてくれると助かります」
「実際、そういう私的渡航を許容すると、秩序もなにもあったもんじゃないからな」
小名木川がいった。
「罰則の具体的な内容なんかは、これから考えなければならないが」
向こうの世界には、それなりに社会秩序というものがあるのだろう。
しかし、こちらのプレイヤーに関しては、実は、明確に、
「しかじかの行動をすれば犯罪になる」
という規範が現状では存在していない。
全員が漠然と、
「日本に居た時と同じような常識や法を意識して、行動している」
ので、結果として、秩序が保たれている。
仮に暴行や殺人など、日本人として抵抗がある行為を公然とおこなったプレイヤーが発生したとしたら、周囲に居る別のプレイヤーが総出でその不埒なプレイヤーを拘束、無力化しようとするだろう。
そういう意識をこちらの全プレイヤーが持っているから、これまで大きな問題は起きていないだけだ。
こちらの世界には、実は、明文化された法律はまだ存在しないのだ。
「まったく。
これまで、うやむやにしながらどうにか誤魔化して来たっていうのに」
小名木川会長は、ぶつくさと小声で愚痴を漏らした。
「まったく、余計な仕事を作ってくれるよなぁ」
「世界間渡航に関すること以外は、基本的には日本の規範に従うよう、呼びかけるだけでいいのではないですか?」
彼方は、そう指摘をする。
「将来的にはともかく、この時点では。
実際、大きな犯罪をおこなったプレイヤーも、いないわけでしょ?」
「今のところは。
それに、こちらが把握している範囲内に限れば、という条件ならな」
小名木川会長は、そう答えた。
「こっちも全プレイヤーの動向を細かく把握しているわけではないんで、隠れてなにか悪いことやっているやつが全然居ない。
とまでは、断言が出来ないな」
「こちらで独自の法律を発布、運用するとなれば」
いつの間にか小名木川会長の背後に立っていた築地副会長が、いった。
「数年やそこいらの研究期間は欲しいところですね。
細かい矛盾点などがないかチェックする必要もあるので、時間はかかると思います」
「どう思う?
副会長」
小名木川会長は、背後を振り返り、肩越しに副会長に確認した。
「こいつらの提案について」
「よろしいんじゃないでしょうか?」
築地副会長は即答した。
「つまりは、世界間渡航に関する管理責任は、ソラノ村が肩代わりしてくださる、ということですから。
むしろ、こちらの手間が大きく省けます」
「そうなるのか?」
小名木川会長は、小さく首を傾げる。
「お忘れですか?」
築地副会長は指摘した。
「ダッパイ師が設えた、中央広場にある転移魔方陣。
あれがある場所、地所の所有者も、そこに居る宙野彼方氏なのですよ。
こちらの出入りとソラノ村内部でおこなわれる出入り、その両方を一元的にソラノ村に管理して貰えるのでしたら、なにかと便利であるかと」
「ああ!」
小名木川会長は、そういって柏手を打った。
「そういえば、そうだったな!
そうだ!
中央広場もそこにある転移陣も、そこの宙野弟の所有だった!
ならば、その管理を宙野弟にやって貰うというのも、筋は通っているよな!
うん!」
「生徒会としましては、在留している異世界人の名簿などを必要に応じてチェックする役割に甘んじるだけでよろしいかと」
「そういうことだよなあ!
うん、うん!」
築地副会長と小名木川会長は、二人でそんなやり取りをしながら頷き合っている。
「それじゃあ、そういう線でこちらの意見を調整しておくわ!」
先ほどまでとは打って変わった明朗な態度で、小名木川会長はそう宣言した。
「異世界人の管理と、それに、もしも異世界人がなんらかの問題を起こした時の始末なんかも、もうソラノ村、その責任者である宙野弟に任せるから!
それだけの権限を与えるんだから、うん。
なんらかの役職も用意した方がいいんだろうな。
それについても、これからゆっくり検討していくわ」
「いっそのこと、辺境伯とかいう称号でも創設しますか?」
「ああ、いいなあ、辺境伯。
よくわからんけど、なんかそれっぽいし。
ちょうど、宙野弟のジョブも領主だし」
「どこが辺境でどこが伯爵なのかな」
会長と副会長の与太話に、遥が突っ込む。
「マジレスすると、生徒会が誰かを貴族に叙する権限を持っている、なんて前例作っちゃうと、プレイヤー間で余計なヒエラルキーが出来てしまうんで、かえってトラブルの元ではありますね」
恭介も、そう指摘しておいた。
「正直、序列争いが激化する未来しか見えないので、そういうのはやらない方がいいと思いますが」
「冗談だよ、冗談」
小名木川会長は慌てた様子で、そういい添える。
「軽い、小粋なジョークじゃないか。
あまり深く追求してくれるな」
「小粋なジョークはともかくとして」
彼方がそういって、何枚かの紙を小名木川会長とアイレスの前に差し出す。
「こちらからの提案を、昨晩のうちにまとめておきました。
参考にしていただければ、幸いです。
念のために確認しておきますが、世界を超えて行き来する物品などに、生徒会が関税をかけるとかは考えていませんよね?」
「そんなもの、かける必要がないな」
小名木川会長は、即答する。
「基本、プレイヤーがなにがしかのポイントを稼げば、それとほぼ同額のポイントが生徒会に振り込まれる。
そういう、仕組みになっているんだ。
生徒会が財政難になることは、原理的にあり得ないといっていい」
「で、あれば」
彼方はそう説明した。
「生徒会の役割は、他のプレイヤーがより活躍しやすくなるよう、環境を整えることになると思います。
そしてそのプレイヤーの中には、ぼくたちの同胞百五十名だけではなく、別の世界から来た方々も含まれている。
あ。
別の世界のプレイヤーがこちらの世界で活躍したとして、その分も生徒会の方にポイントが振り込まれるんですか?」
「生徒会の管轄は、あくまでのこちらの百五十名だけだ」
小名木川会長は答える。
「そちらのパーティに所属している巫女殿も、ここしばらく迷宮に入っているようだが。
その分のポイントは、こちらでは増えていないらしい。
というか、こちらの百五十名以外のプレイヤーに関しては、そもそも生徒会は管理権限を持っていないし、個人的なデータを閲覧することも出来ない」
「向こうの世界にいって活躍している先行組のポイントは、どうなっていますか?」
「そちらの分は、普通にポイントが振り込まれているな。
こちらの生徒会に」
「ならば、最終的には、プレイヤーが自由に両世界を行き来可能な環境を整えるのがよろしいかと」
彼方はそういった。
「そういう環境整備は、生徒会側の仕事になるかと思います。
その出入りの監督をこちらが担当しろというのなら、おっしゃる通りに、ぼくたちの方でなんとかしますから」
「ふむ、それはいいんだが……って!
なんだ、これは!」
そうしたやり取りをしながら、彼方が渡した紙面に視線を走らせていた小名木川会長は、突然、大きな声をあげる。
「そちらの拠点内にも、転移魔方陣を作る、だと!」
「中央広場の転移魔方陣も、このまま運用していただいて結構です」
彼方はいった。
「ただ、こちらにも出入り口を作っておいた方が、今後のことを考えるとなにかと便利だな、と思ったもので。
これはあくまで提案、という形になりますが、昨夜のうちにダッパイ師に確認してみたところ、技術的にはなんの問題もなく実現可能だそうです」




