方針会議
「現状、二種類のゲームが同時進行しているわけでさ」
彼方が、そうまとめる。
「向こうのチュートリアルと、こちらのダンジョン攻略。
その二種類のゲームに対して、どうもプレイヤーは世界を超えて参加、あるいは干渉可能ならしい。
ここまでが、前提ね」
「セッデス勢とか、向こうの人たちは、当然自分たちのゲームを優先して進めたいと望んでいる」
遥が、そう続ける。
「セッデス勢は特に、チュートリアルで出て来るモンスターをどうにかする、という条件でフラナから継続的な支援を得ているようだし。
この変で進展を示さないと、ええと、沽券?
自分たちの役割に疑問が呈される、って、危機感があるんだと思う。
こちらに助力を求めているのも、その焦りの現れ」
「セッデス勢は戦闘集団である、と自己規定しているようだから、アイデンティティの問題でもあるんだろうな」
恭介は、そうつけ加えた。
「ぼちぼち結果を出しておかないと、自分たちが自分たちらしいと考える、よりどころがなくなってくる。
それに、チュートリアルが終わって次の局面に進めば、また自分たちが活躍出来る場面が増えてくるとも、予測している」
「で、今問題なのは、そのセッデス勢の思惑に、ぼくたちがどこまで乗っかるのか?
っていう、ところなんだけど」
彼方が、そういって恭介に水を向けた。
「恭介は、どう考えてる?」
「正直にいうと、おれたちがどう動こうとも、大勢はあまり変わらないような気がする」
恭介は、そう答える。
「ダンジョン攻略もそうなんだけど、おれたちがなにもしなくても、どうせいつかは誰かがクリアするよ。
この局面を先に進めるのは、別におれたちである必要はないし」
「キョウちゃんの意見は、とりあえず置いておいて」
遥は自分の意見を口にした。
「これから、わたしたちの方針として採用可能なのは、何種類か考えられるわけだけど。
まず、これまで通り、マイペースでダンジョン攻略を進める方針。
次に、ダンジョン攻略と向こうのチュートリアルへの協力、二つの世界を行き来しながら、同時進行で進めていく方針。
最後に、しばらく向こうの世界に逗留して、チュートリアルが終わるまで、協力を続けるという方針。
大まかに分けると、この三種類になるかな。
それぞれにメリットとデメリットがあるけど、このうちのどれを選ぶの?」
「ぼくとしては、二番目か三番目しか選べないと思う」
彼方がいった。
「向こうの世界とのつき合いは、今後も続きそうだし。
だとすれば、早めに向こうとのコネを作って、有形無形のアドバンテージを得ていた方が、今後、なにかと動きやすいと思うし。
向こうの世界について、今の時点でこちらのプレイヤーが知っていることはかなり限定されているからね」
「向こうとの交流、今後も続くと思う?」
恭介が、彼方に確認する。
「続かない、と判断する理由がないからね」
彼方は、即答した。
「世界間交渉が途切れる予兆とかが出ていない以上、しばらくは今のような状態が続くと。
そう、見なすべきかな、と。
さらにいうと、すでに何名か向こうでプレイヤーが活躍しているということは、運営側はプレイヤーを出身世界で差別せず、どちらの世界で活動しようがあくまで一プレイヤーとしてしか扱っていない。
と、そういう風に想定するべきだと思う。
セッデス勢が準備を進めているように、これから向こうのプレイヤーがこちらに来てなんらかの技術を学んだり、もっと直接的にダンジョンに入ってポイントを稼いだりするのも、これからは普通のことになっていくんじゃないかな。
あまり難しくは考えず、ぼくたちが自分たちにとって、どう動けば一番都合がよく、儲かるのかって考えたらいいと思うよ」
「それで、二番目か三番目、かあ」
遥がいった。
「彼方としては、まったく向こうにいかないって選択肢はない。
って、そういう意見なんだね?」
「うん、そう」
彼方はいった。
「向こうでしか得られない経験とかアイテム、あるいは、魔法やスキルなんかも、あるかも知れないし。
だとすれば、早めに向こうにいって、慣れておいた方がいい。
さらにいうと、向こうで活動するための足場なんかも、整備出来るといい」
「現状維持では、駄目か?」
恭介が、彼方に確認する。
「大人しくこちらの世界に籠もっている、ってのは?」
「妙なところで慎重だねえ、恭介は」
彼方は、そう応じた。
「こちらの世界で、こちらのゲームだけを進めていても、得られる物は今までと同じか、徐々に取り分が少なくなっていく。
ええと、他のプレイヤーやパーティも、徐々に力をつけているからね。
ぼくらだけが現状維持に拘ると、それだけで置いてけぼりにされる可能性が出てきちゃう。
それより、今のアドバンテージをさらに拡大する方向に動いた方が、なにかと得なんじゃないかな。
あと、前々からいっているけど、拠点内の開拓事業も、これから本格的に進めたいんだよね。
そのためには、農業その他の経験と知識、技術などをすでに持っている人たちに移住して貰うのが、一番手っ取り早い。
そちらを進めるためにも、ぼくとしては早めに向こうの世界にいって、コネを作っておきたいかな。
向こうでいくらか華々しい活動実績を作っておいた方が、求人活動なんかも円滑にいくと思うんだよね」
「割と、現実的な損得勘定も考えてるんだな」
恭介は、そういって頷いた。
「おれは、そこまで詳しく考えていなかったよ」
「それじゃあ、さ」
遥がいった。
「キョウちゃんは、この件にだけ、なんでそこまで消極的なの?
あちらの世界にいくことに、かなり抵抗があるみたいだけど」
「それ、さっきから考えているんだけどね」
恭介は、答えた。
「多分、だけど。
あちらの世界にいくこと自体、というより、このまま、運営側の思惑通りに動いていていいのかなあ、って疑問が、おれの中で大きくなっているんだと思う」
「ぼくら百五十名を拉致してきたような何者かが信用出来ないってのは、今さらじゃないかな」
彼方はいった。
「それでも現状だと、その思惑に乗って動くしかない。
この状況を作った何者かを信頼することはないけど、それで今の行動を変えてもこちらの損にしかならないと思う」
「そうなんだよなあ」
恭介はため息をついた。
「忌ま忌ましいんだが、その通りなんだよ。
だが、このままなにも策を打たず、状況に流されるままでいくと、きっとどこかで後悔することになる。
そんな予感も、するんだよなあ」
「そういう感覚も、わからないわけではないけど」
遥がいった。
「いざという時、そういう流れから逃げるためにも、今は力を蓄えておくべきじゃない?」
「今回は、乗っておくかあ」
恭介は、そういって折れた。
「向こうのプレイヤーを助けたい、って気持ちがないわけでもないけど。
でも、そのことが本当に正しいことなのか、いまいち確信が持てないんだよなあ」
「とりあえず、今回は、向こうのプレイヤーのためではなく、ぼくたち自身のため、っていうことで、納得して貰えないかな?」
彼方がいった。
「達成率八割を超えているっていうんなら、恭介がいうとおり、ぼくたちがどう動こうとも、いずれは、そんなに時間をおかずに、向こうのチュートリアルは終わるんだと思う。
その次になにが起こるのかを含めて、現場で当事者として立ち会うことは、それなりに大きいと思う」
「こっちのダンジョン攻略も、大詰めではるんよね」
遥が、そう指摘をする。
「もう何日かはかかると思うけど、わたしらかどこかのパーティが、全ダンジョン攻略しちゃうでしょ?」
「でも、卯のダンジョンがあるからなあ」
恭介が指摘をした。
「あの水のダンジョン、攻略は、あまり進んでいないようだし。
あれの攻略法がわからないと、全ダンジョン制覇はまだまだって気もする」
「逆にいうと、他のダンジョンはいつ制覇されてもおかしくはないんだよね」
彼方がいった。
「卯のダンジョン以外は、一度は誰かに攻略されているわけだし」
「あの」
アトォが、遠慮がちに発言する。
「結局、向こうの世界へ、皆さんはいくのでしょうか?」
「ああ、いくよ」
恭介は、きっぱりとした口調で答えた。
「具体的な日程とかは、これから詳細を詰めるけど。
アトォには、向こうで案内とかを頼むか知れない」




