未のダンジョン
四人は今、未のダンジョンに入っている。
四人で背中合わせになって、周囲から襲ってくるモンスターを迎撃し続けていた。
この未のダンジョンも、他のダンジョンにはない、いくつかのユニークな性質を持っている。
ひとつは、通路という概念を排し、フロア丸ごと吹き抜け構造になっていること。
それに、地面からちょうど成人の身長ほどもある草が密集していて、極めて見通しが悪いこと。
さらにいうと、このダンジョンのモンスターは総じて好戦的で、プレイヤーの存在を嗅ぎつけるとあっという間に集まってくること。
「キリがないねえ」
ZAPガンを連射しながら、遥がいった。
「経験値稼ぎには、ちょうどいいけどさあ」
一度レベルをリセットした遥はレベリングをやり直し、今では再びレベル八十を超えようとしている。
そこまでレベルがあがると、レベルをひとつあげるだけでもかなり苦労するのだが、そうした時期にこのダンジョンの性質はちょうどよかった。
「動き回らなくてもポイントの元が向こうから来てくれるのは、助かりますねえ」
アトォも、ZAPガンを連射しながら、そう答える。
「ただ、息をつく暇もないのが、難点ですが」
このダンジョンに出没するモンスターは、大別して二種類。
高速で空を飛ぶ猛禽類と、同じく高速で地表を移動するオオカミっぽいもの。
どちらにせよ、接近を許すと割合、倒すのに苦労するのだが、この四人の場合、かなり遠距離で見つけ次第始末するため、完全に「単調な作業ゲー」になってしまっている。
迎撃しつつあちこちに移動し、次のフロアに出る階段を見つける。
という手もあるのだが、この時のトライデントは攻略よりもレベリングを優先していたので、故意に足を止めてモンスターの迎撃に注力していた。
モンスターの発生が一段落するまで、しばらくこの場に留まって、遠距離から迎撃をし続ける。
と、そういう方針だ。
四人とも、連射が容易なZAPガンを使用していた。
この場に居る誰もが、雑に狙いをつけてもほぼ確実に命中する、という腕を持っていたから、でもある。
恭介などは、ときおり、ZAPガンを広角モードにして、射線上の草もろとも、多数のモンスターを始末している。
オオカミっぽいのは群れで行動することが多く、大勢でこっちに向かってくるので、その一体一体に狙いをつけるのも、それなりの手間になるからだった。
彼方など、ZAPガンを両手に持って、左右同時に別の獲物を始末し続けていた。
かなり器用な真似だったが、なにかと器用なあいつなら平然とやるだろうなあ。
などと、恭介も思う。
アトォも、ときおりスリングで安全ピンを抜いた手榴弾を遠くまで放り、多数のモンスターを一度に始末していた。
なにしろ、絶え間なくモンスターがこっちに来るので、手を止めている暇がない。
「ガトリングガンとか設置したら、多少は楽が出来るんかなあ?」
手を止めずに、遥がそんなことをいう。
「空と地面、両方から来るからなあ」
恭介が答えた。
「頻繁に攻撃方向を変える必要があるし、手持ちのこれが一番、楽じゃないかなあ」
機関銃みたいな武器が一番有効なのは、敵が来る方向が固定されている場合だろう。
と、恭介は考える。
今回の場合、その「敵が来る方向」が、固定されていない。
結局、自分で制御する飛び道具で細かく狙いをつけて撃つ、というのが、一番確実なのだった。
「集中力は使うけど」
彼方がいった。
「その分、短時間でポイントが稼げるから。
それで満足するしかないよ」
歩き回らなくていい分、体力的には楽なのだが、精神的にはそうでもない。
この未のダンジョンは、どうやらそういう性質のダンジョンであるらしい。
一言でいうと、
「気が休まる暇がない」
「我慢くらべ、だったなあ」
遥は、そうこぼした。
未のダンジョンに入って一時間半ほどそんな状態が続き、それからようやくモンスターの出現が一段落したあとのことだ。
モンスターが出てこなくなったので、四人は倉庫から飲み物を出して小休止している。
「他のパーティはこれ、どう対応しているんだろう?」
「迫撃砲で対応してた、ってパーティの記述は、wikiで見かけた」
恭介が答える。
「全方位には対応しきれなくて、結局途中から手持ちのサブマシンガンに切り替えたって書いてた」
「発想としては、さっきのガトリングガンと同じようなもんだね」
恭介はいった。
「全方位三百六十度、それも、地上と上空を同時に警戒して対応する必要があるから、小回りが利く武器のがなにかと都合がいいんだよね、ここ」
「最低限の破壊力と、小回りですか」
アトォが、自分のZAPガンを撫でながら、しみじみとした口調でいう。
「弓ですと、こんなに長時間連射し続けるのは難しいですし。
この変な魔法銃があって、よかったです」
アトォはこれまで、遠距離攻撃の際にはもっぱら弓を使っていたが、結局、利便性には勝てなかったようだ。
「魔法少女隊の四人にとっては、楽勝だったらしいね。
このダンジョン」
「相性的に、そうだろうねえ。
あのパーティは全員、魔法の専門職だし」
遥と彼方は、そんなやり取りをする。
どんなパーティ、プレイヤーにも得手不得手は存在する。
そうでなくては、膨大なジョブが設定されている意味がない。
もともと魔法職は、広域殲滅戦を得意とするジョブだ。
遮蔽物がほとんどないこのダンジョンは、かえって相性がいいのだろう。
「キョウちゃん、大きな魔法でばーんと、このあたり一面を吹き飛ばせない?」
遥は、恭介に確認する。
「流石に、一発で全滅させることは無理だと思う」
恭介は、真面目な表情で答えた。
「ただ、それに近いことは、出来るといえば出来るよ。
ただそれだと、ハルねーとアトォちゃんの経験値稼ぎにはならないでしょ」
当面の目的としてダンジョンの攻略は二の次であり、遥とアトォのレベルアップを目指す。
そういう戦略を重視すると、恭介がいう通りに、この戦い方になるのだった。
「ZAPガンじゃなくて、魔法攻撃に切り替えようかな」
遥が、そんなことをいった。
「ご自由に」
恭介は、そう答える。
「どんな方法でも、好きにしたらいいよ。
結局、本人がやりたいようにやるのが一番なんだから」
ただ、遥の場合、あまり魔法の適性がないようで、同じ魔法を使っても恭介はおろか彼方よりもずっと小さい威力になる。
遥が魔法を使って広域殲滅、というのは、ちょっと現実的ではないのではないか。
とも思った。
実際に口に出すことは、なかったが。
「そうか」
アトォは、そういって両手を合わせる。
「そういえば、スキルにも魔法があったんですよね。
今度はわたしも、それを試してみます」
アトォの場合、もともと魔法の適性があるようだし、それなりの威力が出そうな気がした。
案外、しばらくこのダンジョンに出入りを繰り返していれば、短い期間で遥のレベルを追い越してしまうのかも知れない。
小休止したあと、四人は、
「モンスターがリポップしてくる前に」
と、次のフロアに続く階段を探しはじめる。
モンスターとは違い、その手の物体は察知スキルで探せないので、自分の足で探すしかない。
多少、先の攻撃により地面が露出している場所も出来ているとはいえ、基本的には一面、背が高い草が密集している場所にある。
「気をつけて歩かないと、階段に気づかないまま、転ぶとかしそうだなあ」
彼方が、注意を促した。
「そんなくだらない理由で負傷とかしないように、気をつけて」
とにかく、地上一メートル半を超えるくらいに草が茂っているため、視界が悪いダンジョンなのだ。
恭介などは、杖代わりというか、地面を探るため、大太刀を取り出して草をかき分け、地面を探りながら歩いている。
「実用上、問題はないけど」
遥は、そう指摘した。
「ちょっと冒涜的な武器の使い方だね、それ」




