身近な問題
ダッパイ師は、世界間の通行をより安全、確実なものにする役割を担っているが、異世界の二勢力を代表して来ているわけではない。
本格的な交渉は、これからはじまる。
と、いうことなのだろう。
しばらく、なにか口実を設けて、生徒会からは距離を置こう。
恭介は心の中で、そう誓った。
いつもそう思ってはいるのだが、これまでこの手の願望が成就したためしがないのだが。
「外交っていっても、この時点で別に、異世界の人たちと衝突しそうな利害ってないからなあ」
彼方が、のんびりとした口調で指摘をした。
「あんまり大勢の人がどっと押し寄せてくると、こっちの負担が大きくなるばかりだけど。
あらかじめ人数制限をしていれば、たいして問題は起こらないと思うけど」
「どうかなあ」
恭介は、首を傾げた。
「文化や価値観が違う人たちと接するわけだから、利害以外の部分で細かい衝突は頻発しそうな気もするけど」
「それは、その度に意見を交換して落とし所を見つけるしかないよ」
彼方は、そういった。
「面倒だし大変ではあるけど、手を抜いてはいけない部分だと思う。
うっかり見過ごしていると、あとで傷口が大きくなるばかりだし」
前向きではあるが、ある意味では現実的なスタンスではあるかな。
と、恭介も思う。
コミュニケーションにかかるコストの大きさを前提にしつつ、衝突の解決に手を抜かない方が、かえって効率的になる。
と、そういう意見だった。
「言葉は魔法でなんとかなるかも知れない」
彼方は、そうもつけ加える。
「でも、それ以上にお互いが常識と思っているものが違うと、そうした齟齬を見つけたり対処したりする手間は、想像以上にかかると思う。
それで、そういう手間は、外交以前に、もっと身近な、草の根的な部分で発生する。
市街地のプレイヤーは、そういう認識を持っているのかなあ?」
「この時点では、そこまで考えている人、ほとんど居ないだろ」
恭介は、即座に指摘をする。
「ほとんどの人が他人事だと思っているはずだし。
放っておいても、向こうの人たちが当然のように市街地を歩き回るようになれば、嫌でも認識するようになると思うよ」
「これからこっちに来る人たちって、なにが目的なんかな」
遥が、そんなことをいい出した。
「物質的なもんなら、たいていはマーケットで手に入るはずだし」
「経験とか、ノウハウ的な、実用的な情報目当て、だろうね」
彼方が答える。
「セッデス勢は、特に。
彼らは、おそらく、チュートリアルの段階を早く卒業して、次のフェーズに移りたがっているようだし。
フラナ勢に関しては、よくわからない。
ことによると、具体的ななにかを求めて、というより、こちらに学ぶべきなにかがあるのかどうか、それを探りに来る感じかも知れない。
とにかく、向こうの人たちにしてみれば、こっちは完全に未知の世界なわけだから、完全に無視するわけにもいかないんでしょ」
「知的好奇心ってのは、これでなかなか馬鹿に出来ないしなあ」
恭介は指摘をした。
「なにか、具体的なメリットがあるから。
そんな理由で来るのは、かなりわかりやすいけど。
でも、次第に、こちらになにがあるのかわからないから来る。
そういう人たちの方が、増えてくるのかも知れない。
ちょうどこの、アトォのように」
恭介はそういって、すぐそこに居た「実例」をじっと見る。
「え?
あれ?」
アトォはすぐ、自分に集中する視線に気づき、落ち着きなく周囲を見渡した。
「ええと、その。
ご迷惑をかけて、すいません」
そして、すぐにそういって頭をさげる。
「自覚があるようなら、まだマシかねえ」
ダッパイ師はそういって、これみよがしにため息をついた。
「別に迷惑ってほどでもないけどね」
遥は、そうフォローする。
「アトォちゃんは、自分のことは自分でやろうとしているし、食事や宿泊費もポイントで払っているし」
「そうなの?」
恭介が、その場で確認する。
「そうだよ」
遥は、即答した。
「キョウちゃんは、そういうことにあまり関心ないから知らないだろうけど」
確かに、初耳だった。
「ただ、これからは、こういうどさぐさ紛れのパターンは通用しなくなるんだろうなあ」
彼方がいった。
「こっちで農業指導をしてくれそうな人、捜そうと思っていたんだけど。
人数制限があるんなら、生徒会と交渉する必要が出て来そう」
「そういう、具体的な目的がある長期滞在の場合は、また別枠になるんじゃないかなあ」
恭介がいった。
「ただ、今の時点では、生徒会でもそこまで細かく詰めていない気もするけど」
「そこまで詳しく考えていないでしょ、おそらく」
遥も、そう意見を述べる。
「生徒会、そこまで想像力豊かでもないから。
彼方が本気で人を雇うつもりなら、今のうちから生徒会に、こういうパターンはどうするんですか?
的に、お伺いを立てておいた方がスムースにいくかも」
「そうだね。
そうしよう」
彼方は、その言葉に素直に頷いた。
「生徒会の人たち、基本的には真面目で勤勉だけど、前例のない事態への対応力は、そんなにないからね。
そういう意見を提出しておくことで、そういうパターンもあり得るって知らせておくのは、いいかも知れない」
外交がどうこういう以前の問題だよなあ。
と、恭介は思う。
動いている人数が人数であるし、生徒会の処理能力は極めて限定されている。
なんでもかんでも生徒会に投げて、その判断に従う。
というのも、「現実的な対処法」ではないのだ。
どんどん面倒なことになっていくな。
と、恭介は思う。
これで、実際に異世界の人たちがこっちに来るようになると、もっと想定外の問題が持ちあがるのだろう。
いや、きっとそうなる。
「おれたちは、どうにかなる。
ってか、どうにかするけど」
恭介がいった。
「他のプレイヤーは、どうなんかな?」
「今から心配してもはじまらないでしょ」
遥は、そう流す。
「なるようになるし、なるようにしかならないよ。
心配するだけ無駄、っていうか」
ある意味、それが現実的なスタンスなのかも知れない。
「想像していたよりも、面白い子たちだね」
しばらく、そんなやり取りを傍観していたダッパイ師が、しみじみとした口調でいった。
「少し前までこの世界の正体やらについて話していたのに、すぐにもっと身近な話題に移っている」
「抽象的な問題ばかり考えていても、生活できませんからね」
恭介は、そう答えておく。
「今後、市街地がどう変わっていくのかって展望は、割とこっちの生活にも大きく影響してくるんで。
それなりに、真剣に考えますよ」
不変、というのが一番面倒臭くないのだが、現実にはそうもいかない。
だとすれば、これから起こる変化を予測し、いちはやく対応するのが、一番リスクが少ない態度ではある、のだ。
生徒会や市街地のプレイヤーはもとより、その他に異世界人までもが普通にそこいらを歩き回るようになってくると、やはり、今までとはいろいろ違った面が出て来るだろう。
そうした変化のすべてを予測することは不可能だとは思うが、それでも、今の時点で予測可能な部分には、今のうちから対処をしておきたい。
「セイトカイも忙しくなるだろうが」
ダッパイ師は、そう指摘をした。
「特にセッデス勢は、このトライデントを名指しで接触してくるはずだと思うんだけどね。
なんでも、セッデスの頭領に決闘挑んで勝ったのが居るそうだし」




