本物と模倣品
さらにいえば。
そうした模倣品を作るのが容易な何者かは、異世界転移などという迂遠な方法を選択するだろうか?
恭介たち、この世界に放り込まれたプレイヤー全員が、生身の本人ではなく、全員コピー体である可能性すらある。
世界間を突破して生体を移動させるのと、その生体と、まったく同じ物質で構成された複製体を作り上げるのとでは、どちらの方がより簡単なのだろうか?
コスト、というか、エネルギー収支的に考えると、後者の方が安くあがるような気がする。
アトォやダッパイ師の世界からこちらへ、プレイヤーの意志で世界を渡った例は、別だ。
なにより、運営者ではなく、プレイヤー自身が決断し、行動した結果だからだ。
自分たちは本物ではなく、本物に限りなく近い複製品である、としたら。
そうだと仮定すると、ヘルプなどを通じて再三、「元の世界に帰還する方法」を問い合わせても、まるで回答がないのも頷けるのである。
「帰る必要がない」
あるいは、
「帰還しても無駄である」
と、そう仮定すれば、回答する手間すら惜しいはずだ。
これも、少し前から恭介が自分の中だけに仕舞ってある、仮説だった。
「師匠は、すぐに気づいたんですか?」
アトォが、ダッパイ師に訊ねている。
「市街地がまるごと、こことは別の世界に起源を持つ複製品だったことに」
「逆に、なんだってあんたはすぐに気づかなかったんだい?
まったく、愚かな弟子だねえ」
「いやだって。
あんな大きなものが丸ごと、複製されたものだとは思わないじゃないですか、普通」
「物質を構成する、あるいは、物資にまとわりつく魔力の質が、外のものと微妙に違っていただろ」
ここで、ダッパイ師は再び恭介に顔を向けた。
「そういや、あんたらの世界に魔法はないんだってね?
だとすりゃ、どうしてあんたはあの廃墟が偽物だと思いついたんだい?」
「ちぐはぐだと、思ったんですよ」
恭介の口から、自然に回答が出てきた。
「この周辺には、河川がない。
にもかかわらず、あの廃墟には、下水道に相当する施設の痕跡があったっていう。
その下水は、どこに流し込んでいたんでしょうかね?」
一番確実な根拠は、ここになる。
辻褄が合わないのだ。
恭介の世界では、大きな集落や都市が成立する条件として、ある程度以上の規模を持つ河川、つまり、水源があげられていた。
魔法が前提として存在する世界ならば、その前提そのものは無視していいのかも知れない。
だが、使用済みの水の廃棄場所は、水魔法の存在では説明がつかなかった。
それに、酔狂連の八尾から聞いた、
「この世界の表層に、魔法とか魔力が存在するレイヤーがあって、だから、魔法の力はエネルギー保存の法則にあまり従っていないように見える」
的な発言も、引っかかっていた。
レイヤー。
恭介ら、プレイヤーたちが単一の異世界だと認識しているここは、実は、複数の世界から摘出された要素が混合する、パッチワーク的な場所なのではないか?
こちらは、「プレイヤー=複製品仮説」のように口にするも憚る要因がなかったので、恭介はそのまま順序よくダッパイ師に開陳した。
恭介の説明を一通り聞いたあと。
「なるほどねえ」
ダッパイ師は、深々と頷く。
「魔法や魔力の有無によらず、プレイヤーの中に理知的な判断力を持った者が居たのは幸いだったな。
あんたなら、いい魔法使いにもなれるよ。
なんだったら、今からでもわたしに弟子入りしてみるかい?」
「駄目でーす」
それまで黙って成り行きを見守っていた遥が、隣に座っていた恭介の肩を自分の腕で引き寄せる。
「キョウちゃんは、こっち側なの。
そっちには、渡しませーん」
「ま、しがらみってのは、あるだろうしねえ」
そうした反応を見て、ダッパイ師は苦笑いを浮かべている。
おそらく、本気で勧誘する気でも、なかったのだろう。
それからは、他愛のない雑談になった。
「しかし、あんたらトライデントは、なんだかんだいって注目はされているわな」
ダッパイ師は、そんなことをいう。
「どこへいっても、少し水を向けると、それまで聞いたことがない、初耳の情報が入ってくる」
「そりゃあ、ねえ」
彼方が、苦笑いを浮かべた。
「いろいろと、目立ってはいますから。
当然というか、仕方がないというか。
こちらの動向は、注目されているでしょうね」
「さらにいうと、最近では前よりも市街地にいっているから」
遥かが、そう続ける。
「まだ攻略していないダンジョンも残っているし、レベルアップの都合もあるし」
そういう遥のレベルは、今現在、六十八まであがっていた。
レベルをリセットしてからまだ数日しか経っていないのだが、安全重視であまり深い階層までいっていないので、最近ではレベルが上がる速度は停滞気味だった。
「その割に、あまり話しかけられることはないけど」
恭介がいった。
「いや、ハルねーやアトォちゃんは、割と話しかけられてるか」
思い返してみると、この二人ほどではないにせよ、彼方もそれなりに声をかけられている気がする。
ひょっとして、おれ、敬遠されている?
などと、恭介は思う。
いや、決闘のログとか見れば、怖がられても当然なのではあるが。
「気にすることはないよ」
恭介の顔色を読んだ彼方が、そうフォローする。
「恭介の場合は、さ。
怖がられているというより、畏怖されているのが多いと思う。
勇者に匹敵するトッププレイヤーで、なおかつ、生徒会の相談役もやっているわけで。
なんというか、他のプレイヤーから見ると、あまり身近な存在に思えないっていうか」
「なんでもやれ過ぎる、っていうのはあるかなあ」
遥も、彼方の意見に賛同する。
「市街地のプレイヤーさんたち、最近、この冬をどう越えようって心配をしているレベルなわけで。
この時点で住環境の心配をしている人たちと、こうして快適な生活をしているわたしらとでは、目線の位置が違っているのも当然、っていうか」
寒さは、日に日に増している。
本格的な冬がこれから来るのは、間違いのないことのようだ。
これまで、住環境を軽視して、プレハブ住まいを続けていたプレイヤーたちは、かなり慌てているようだ。
そして、そうしたプレイヤーたちは、決して少なくはなかった。
割合、短期的な判断でしか動かないプレイヤーは、多かったようだ。
真っ先に家を作りはじめた恭介たちとは、確かに話が合いそうにもない。
「家といえば」
ダッパイ師がいった。
「セイトカイは、わたしらの世界から来る者向けに、多人数が寝起きできるような大きな建物を作る算段のようだね。
市街地の外縁部に、わたしらフラナとセッデス、二つの建物を。
オナキカワが先日、スイキョウレンの連中に発注していたようだよ」
ダッパイ師は、立場上、生徒会との接触が多い。
その手の情報も、自然に耳に入ってくるのだろう。
「施行を酔狂連に任せるのか」
恭介はいった。
「適任といえば、適任かな」
酔狂連は、この拠点内にある、自分たちの敷地に、すでに大小、多くの建物を建てた実績がある。
素材の開発から工法などのノウハウを一番蓄積しているのは、あの連中だろう。
それに、あそこのマネージャーは、人形遣いととしての才能があるらしい。
建築だけではなく、工場内で稼働している人形の制御も、だいたいあの人が担当しているそうだ。
酔狂連に任せれば、案外、かなり短期間でその寮も完成するのではないか?
「具体的な場所とかは、もう決まっているんですか?」
「それは、これからのようだな」
ダッパイ師はいった。
「両勢力の代表者が、これから前後してやってくる予定だ。
その代表者たちとの交渉する事項の一つとして、そうした寮の用地選定も、含まれているらしい」




