師匠との対話
「はあ、そうですか」
恭介としては、そう返答するしかない。
「セイトカイとかいう、あの連中も頑張ってはいる。
けどね、あの連中がやっていることは、極言すれば、他の人間がやってもあまり結果は変わらない。
極端に意欲や能力が乏しくなければ、誰がやっても同じような結果が出るはずだ」
ダッパイ師は、一気にそうまくしたてる。
「だけどね。
あんたらトライデントがやったことは、他の人間ではまずなせない。
おそらくは、やろうと思いつくことさえ、出来ない。
そしてそのほとんどは、三人のうちあんたが発端なんだ」
「そうかなあ?」
恭介は首を傾げる。
「彼方とわちゃわちゃやっているうちに方針が決まることが多いんで、おれ個人のせいって感覚はないんですけど」
というより、この人、どこまでこちらの内情を精査しているのか。
市街地で、かなりの聞き込みをしていなければ、ここまで込み入った情報は取得出来ないはずだ。
生徒会ならば、多少はトライデントの内情を把握しているはずだが、他の大多数のプレイヤーは決闘のログくらいでしか恭介たちの活動に触れていないはずで。
「おれがどうこういうより、そこまで詳細に調べあげたことに、感心してます」
恭介は素直に感想を述べる。
「この子は」
ダッパイ師は、なぜか顔を引き攣らせた。
「鋭いようでいて、どこかズレているねえ」
「恭介がズレているのは、今にはじまったことではないですが」
ようやくそばに到着した彼方が、そういった。
「あ、どうも。
アトォのお師匠様ですね。
ぼくは、トライデントの宙野彼方といいます」
「ああ、カナタね」
ダッパイはいった。
「キョウスケの突拍子もない思いつきを、実現可能な形にもっていくやつだ」
「そうなのかな?」
「いや、そういう側面はあるだろ」
首を傾げた彼方に、恭介が指摘する。
「なにか計画を立てて実行するとか、そういうのは彼方のが得意だし。
この拠点を作ったのも、だいたい彼方だし」
「そういわれてみれば、そうか」
そこまで説明されてはじめて、彼方は頷いた。
「なんか、計画立ててそれを実行可能なタスクに分解して一個一個実行していく地味な工程は、案外好きなんだよね」
「自覚が出来たようで、よかった」
「仲いいね、あんたら」
ダッパイ師は、どこか毒気が抜けたような表情で呟いた。
「こっちで、うちの弟子が世話になっているって聞いているんだが」
「アトォなら拠点の外に出ていますので」
彼方が説明した。
「こちらに戻るまでは、少し時間がかかると思います。
それまで、うちの中で待ちませんか?」
「ほう。
本当に、甲羅を屋根にしているとは」
ダッパイ師は、恭介たちの家を見て、感想を漏らした。
「特徴的な外観をしているね。
見間違いのしようがない」
「サイズと機能的に、ちょうどよかったもので」
彼方は、軽く説明して流した。
「どうぞお入りください」
「邪魔するよ」
ダッパイ師は遠慮することなく中に入る。
「玄関で靴を脱ぐ方式か」
「その方が、家が汚れませんので」
「市街地でもそういう場所はあったからな」
「そうですか」
そんなやり取りをしながら、ダッパイ師をダイニングに案内する。
もともと大人数が飲食することを前提に設計したので、この家のダイニングはかなり大きい。
恭介と彼方は分担してケトルでお湯を沸かし、茶器を用意する。
すぐに、おそらくここでしか出せない、特性のお茶を準備出来た。
「妙なお茶だ」
カップに一度顔を近づけて香りを堪能し、一口口をつけてから、ダッパイ師はそう感想を漏らす。
「上品だが、それ以上にこの世のものではない風味がする。
気がする」
「わかりますか」
恭介はいった。
「おそらくはこの世のものではない、ダンジョンマスターのドラゴンから頂いた茶葉になります」
恭介たちも特別な時にしか喫することのない、茶葉になる。
「ドラゴンか。
あの、最強のダンジョンマスターだといわれている」
ダッパイ師は、目を閉じてそういった。
「そういや、あんたたちはあのダンジョンも攻略済みだったね。
市街地でいろんなプレイヤーと話してみたけど、あんたらほどの実績をあげているところはないんだよね」
「たまたまですよ」
恭介はいった。
「この間も、辰のダンジョンが攻略されたそうだし。
おれたちなんて、すぐ他のパーティに抜かれますよ」
「これ、謙遜ではなく、本気で思っていますからね」
「わかっている。
そういう子だよね、これは」
彼方とダッパイ師が、そんなやり取りをしている。
「なんというか、ここの子たちは、優秀なんだが性格に難があるようだね。
アトォをこのまま預けておいていいのか、悩むところだよ」
「引き取ってくださるのでしたら、それはそれで歓迎しますが」
恭介は、素直にそういう。
「こっちとしても、異世界のゲストをいつまでも預かり続けているっていうのも、心理的な負担が大きいので」
「これも、本心からの声だね」
「そうです」
ダッパイ師と彼方は、恭介の言葉をそんな風に評した。
「負担に感じているってことは、それだけ責任感があるってことった。
そう思うことにしよう」
ダッパイ師は、そう結論した。
「あの子にとっても、いい経験にはなるだろう」
どうやら、ダッパイ師がアトォを連れて帰る、という目はないらしい。
もうしばらく、アトォはこちらで預かるしかないらしい。
「心配しなくても、あの子ももう少しすると忙しくなって、あんたらと同行する時間は短くなると思うよ」
続けて、ダッパイ師はそう指摘もする。
「あと何日かすると、向こうの世界から人がやってくる。
案内役が明らかに足りていないから、あの子も間違いなく駆り出されるだろう」
「どうも、お師匠様」
しばらくして戻って来たアトォは、借りてきた猫のように大人しかった。
「数日ぶりです」
「息災なようでなによりだよ、愚弟子」
ダッパイ師は、目を細めてそういう。
「こちらでは、よくしてもらっているようでなによりだ。
お前も、快適な生活をしているんだろうねえ」
「いえいえ」
アトォは顔を伏せたまま、そういった。
「あ、いや。
快適ではない、といいたいわけではなく。
こちらの皆さんには、非常によくしてもらっています。
学ぶことが多い日々です」
「そうかしこまらなくてもいいさ、アトォ。
今日は別に、お前を連れ戻しに来たわけではない」
ダッパイ師は、そう続ける。
「むしろ、このまま連れ戻さない方が、お前にとっても苦労が多い、ではなかった、勉強になるだろうしね」
「はぁ」
アトォは、怪訝な表情になる。
「勉強、ですか?」
「セイトカイに聞かれたから、これから、あちらからこちらに渡ってくる連中の案内役として、お前を推挙しておいた」
ダッパイ師は、そう続けた。
「くれぐれも、フラナの巫女として恥ずかしい振る舞いをせず、今後も精進するように」
「はぁ!」
アトォが、声を大きくする。
「わたしが!
どうして!」
「他に適役が居ないだろ」
「師匠は?」
「わたしはちょっと、別にやることがある」
ダッパイ師は、そう続けた。
「こちらは、いろいろと不自然なことが多過ぎる。
お役目も一段落したことだし、あちこちを見て調べてようと思っている」
「不自然、ですか?」
恭介が訊き返した。
「それは、この世界について、ですか?」
「平たくいうと、そういうことだね」
ダッパイ師は、頷いた。
「お前さんなら、もう思い当たることがあるんじゃないか?」
「水」
恭介が即答する。
「雨が降らないし、河川も見当たらないんですよね、ここ。
その癖、森では植物が生い茂っている。
地下水脈でもあるのかな、とも思ったんですけど、あんまり深い水脈だと、森には影響ない気もしますし」




