異世界システム考
「麻痺、かあ」
夕食の席で、遥がいった。
「そういうデバフ系のスキルって、これまであまり使う機会がなかったな。
弱体化させている余裕があるんなら、その前に直接倒しちゃった方が手っ取り早いし」
「多分、だけど、他にも使っている人、いないと思うよ」
彼方が、指摘をした。
「生きて動いて、なんなら、こっちを攻撃して来る相手に、その手のスキルを使うのは面倒だし、難易度も高いし」
「実用的ではない、ってことだよな」
恭介が、まとめる。
「敵対している相手に、直接使うには」
「まさか、自分たちに向かって使うスキルだったとは」
遥が、呆れたような口調でいった。
「一応、付与術に分類されているスキルセットの中に、麻痺ってスキルも入っているけど。
これまでは、ほとんど使用されていなかったんじゃないかな」
ポイントで売られているスキルは、ジョブの制限なく使えるという原則がある。
付与術に分類されている、麻痺というスキルも、プレイヤーであれば誰でも使用可能なスキルだった。
「ってか、アトォちゃんのところでは、システム画面の存在すら知られていなかったってことだったよね」
遥が、あることに気づいて疑問を口にする。
「スキルが欲しい時って、どうして入手していたの?」
「祈っていました」
アトォは、きっぱりとした口調でいった。
「このような力をお授けください、的に」
「それで、システムがそれに近い能力のスキルをつけてくれるのか」
彼方がいった。
「システム画面を開かなくても、プレイヤーの意志には応じてくれる、ってことかな?」
「それよりも、どんなスキルがあるのか、それくらい事前に把握していないと、祈ることさえ出来ないんじゃないか?」
恭介が、別の疑問を口にする。
「スキルって概念は、アトォちゃんのところでは、どう理解されているの?」
「基本的な前提として」
アトォは、考えつつ、返答してくれる。
「システム画面の開き方などは知られていませんでしたが、システム的な力が働いているのは、周知の事実でした。
というか、うちの方では文字の読み書きが出来る人間がそんなに居ませんので、システム画面を開けられたとしても、それだけではうまく活用出来なかったと思います」
「あ!」
彼方は、小さく声をあげる。
「そうか、識字率の問題もあるのか。
生活環境とか文化が違えば、そりゃ、違ってくるよな。
視覚的な情報を処理する習慣がない文化なら、システム画面が開けても無用の長物だ」
「では、漠然と知られていたシステムを、実際にはどう使っていたんだ?」
再び、恭介が疑問を口にした。
「具体的に使用する場面が、うまく想像出来ないんだけど」
「音声を介して、制御していました」
アトォは、答える。
「たとえば、欲しいスキルがある場合、自分はしかじかのことをしたい、それに適する技能を授けてくれないか?
的に、虚空に向かって語りかけるわけです。
祈りを捧げる者がしかるべき資格を持つ場合は、相応の技能を授けてくれる。
なんの技能も授けてくれない場合は、祈った者にその資格がないのか、あるいはそうした願いをかなえる技能が存在しないのだ。
と、そのように判断されます。
昔、今の住処に移ってからまだ間もない頃は、資格がなくて技能を授けられないことがほとんどでした。
が、今では、資格なしではねられることはほとんどなく、つまりは、適切な技能が存在しないのだろうと判断されることが多いです」
「必要なポイントが足りなかったら、スキルは貰えないしね」
遥が頷いた。
「世代を重ねたあとは、ポイント不足でスキルを買えないパターンはほとんどなくなった。
ただ、アトォたちもすべてのスキルを確認していないから、どんなスキルが存在するのかは、実際に祈って要求してみないことには、確認出来ない、と」
「完全に、音声制御だったわけだ」
彼方は感想を述べる。
「それでも、実質的に検索に近いこともやっているわけで。
アトォたちは、自分たちなりにシステムを使いこなしていたんだな。
「流石に、マーケットとかジョブとかレベルの存在までは、予期できませんでしたが」
「アトォたちは、システムのことをどういう存在だと理解していたんだ?」
恭介がいった。
「神様とか精霊みたいなもの、的に思っていたのか。
それとも、別のなにか、か」
「別のなにか、の方だと思います」
アトォはいった。
「先ほど、祈る、と形容しましたが。
他にそれに近い言葉を思いつかなかったので、その単語を使っています。
ただ、神々や精霊たちとは気配も存在としてのあり方も随分と違うので、そうした存在とは根本的に異質ななにであると、そう解釈されていました。
しかし、われわれを助けてくれる存在であることは間違いがない、と」
「正体はよくわからないけど、害になる存在でもないから、そのまま使い続けようってこと?」
遥が、確認する。
「おおむね、そんな風に捉えられています」
アトォが、真面目な表情で頷いた。
「古老の中には、この土地特有の、かなり緻密な魔法術式なのではないか。
と説く者も居たのですが。
それも、他に考えようがないから出て来た仮説、という以上の意味はありません」
「なんだかよくわからないけど、実際にあるし使えるから、せいぜい便利に使ってやろう。
ってところかな」
恭介が、そういう。
「アトォたちの条件を考慮すると、そうなるんだろうな。
まあ、納得のいく解釈と使用法だ」
「ちょっと脱線する。
今、思いついたんだけど」
彼方がいった。
「アトォのところでは、商売とかは盛んだった?
その際、なにを使って決裁していたの?
貨幣に該当するものはあった?」
「商いは、それなりに盛んだったと思います」
アトォは、真面目な表情のまま答える。
「ただし、フラナの住居する場所全域で共通して使用可能な貨幣というは、存在していないはずです。
塩とか布、穀物などを媒介にした物々交換か、顔見知り同士なら、帳簿上の数字だけを動かして決裁をおこなうこともあるようです」
「やっぱり、そんな感じか」
彼方は、そういって頷く。
「と、なると。
マーケットの存在がおおやけになったことで、今後、フラナの商習慣とか文化が丸ごと変容しちゃう可能性が大きいかな」
「詳しく説明して貰ってもよろしいですか?」
即座に、アトォが訊き返してくる。
「うん、いいよ」
彼方は、あっさりと頷き、淀みなく説明しはじめる。
「まず、マーケットの存在が知られたことで、モノにはすべて値段がつき、それも、相応の相場が存在する、って概念が、フラナの人々に浸透していく。
次に、ポイント本位制とでも呼ぶべき商業形態が、フラナ社会での基本になる。
定価って概念と、すべてはポイントに換算可能だという概念が、フラナ社会にじっくり、浸透していくわけだ。
ここまでは、いい?」
「はい」
アトォは、頷いた。
「わたしも、そうなっていくと予想します」
「その次の段階に来るのは」
彼方は、続けた。
「おそらくは、人と、人の行為対する値付けになると思う。
これだけのポイントに換算可能な、ああ、仮に、毛皮、とでも、しておこうか。
毛皮を得るために必要な時間と労力は、そのポイント分しか、価値がない。
とか。
マーケットがする値付けに基づいて、人間の労働に価値が与えられるようになっていくと思う。
新しい、貧富の基準っていうか。
おそらく、だけど、そうした価値観というのは、アトォたちフラナの世界では、あまり馴染みがなかったと思うよ」




