酉のダンジョンと暗視ゴーグル
到着した中央広場は、なにやらざわついていた。
「師匠がなにかやっているみたいですね」
ざっと周囲を見渡して、アトォがそんなことをいう。
「どうやら、危険はないと判断して、この場に永続的な出入り口を設置するつもりのようですが」
「出入り口、って、向こうの世界との?」
彼方が確認する。
「そんなこと、出来るの?」
「師匠ならば、あるいは」
アトォが答えた。
「あれでも、複雑な術式を組み合わせて、突拍子もない効果を生み出すことにかけては右に出る者がいない術者ですから。
あまり関わり合いになりたくはないんで、早くこの場から去りましょう」
アトォとしては、年上の身内を忌避する感情が強いようだ。
恭介が感知するところ、人垣の向こう側でなにやら魔力が複雑な形で蠢いているように思えた。
精緻な動きではあるが、その効能までは恭介の素養ではまるで理解出来ない。
あそこに、魔方陣のようなものでも設置しているのだろうか?
などと、ぼんやりと推測するに留まる。
現在の混雑状況を確認してから、そのまま比較的空いていた、酉のダンジョンへと向かう。
酉のダンジョンは、ダンジョン解放初日にユニークジョブズが攻略したダンジョンで、それ以来、攻略したプレイヤーがいないダンジョンだった。
中に出没するモンスターの強さは、よくも悪くも「普通」であり、そういう意味での特色はない。
ただ、中がとにかく広く深く、どこまでいってもマスターが鎮座する最奥部に到着しないことは、特徴となっている。
最初に攻略完了したユニークジョブズの二人も、本人たちは入口付近に居続けたまま、召喚魔法で呼び出した手下にすべてを任せていたのだろう、と、推測されている。
今回の目的はあくまで、アトォのダンジョンお試しと、それに、レベルをリセットした遥のレベリングであり、攻略自体は目的としていないので、今の恭介たちとしては都合がよいダンジョンといえた。
「要は、あまり強過ぎないモンスターが出て来ればそれでいいわけだしね」
遥などは、そんな風にいう。
「ところで、アトォちゃん。
本当に、普段着のままでいいの?」
「このままで」
アトォは即答する。
「この間あつらえてくださった衣服は、ちょっとその、着用すると気恥ずかしいもので」
どうやら、その辺が本音のようだ。
「まあ、近距離戦は可能な限り避けるつもりだけど」
彼方は、強くそう勧める。
「せめて、ヘルメットくらいはかぶりなさい。
頭部を保護することは、大事」
「それくらいでしたら」
アトォは、この提案にはあっさりと頷いた。
そして、素直に自分の倉庫から、自分のヘルメットを出して装着する。
あれから、アトォもトライデントの一員として登録した。
この登録が一時的なものになるのか、永続的なものになるのか。
この時点では、誰にもわからなかった。
「今日の目的は、ハルねーとアトォのレベリングだから」
酉のダンジョンに入ると、恭介はそう念をおした。
「サーチ&デストロイの、遠距離主体の戦い方をするね。
モンスターを見つけ次第、二人のその居場所を報告して、二人が倒すように心がける、と」
普段なら、察知スキルに秀でた遥が真っ先に敵の居場所を把握するのだが、レベルがリセットされた現在の遥は、どこまでの索敵能力を持つものか、この時点ではわからない。
それに、アトォの能力についても、詳細は不明なままだった。
「あのぉ」
アトォが、少し情けない声を出した。
「周囲の情景が、よく確認出来ないのですが。
みなさん、この暗さで、ちゃんと遠くまで見通せるのですか?」
「ぼくらにとっては、少し薄暗い程度なんだけどね」
彼方は、そう答える。
「人種が違うからか、それとも、まだレベルが十分ではないからなのか。
ま、見えないのなら、仕方がない」
彼方はその場でマーケットを検索して、在る物品を購入してアトォに渡す。
「それ、つけて。
つけ方は、わかるかな?」
「カナタ様、これは?」
「暗視ゴーグルっていってね、それをつけると、暗いところでも見通しがよくなる。
赤外線式と可視光を増幅する方式の二種類があるんだけど、それは後者、少ない光量を増幅するタイプだね」
「なんだかよくわかりませんが、つけてみることにします」
アトォは若干、装着に手こずり、結局、遥が手伝って完全に装着出来た。
「ああ、なるほど」
暗視ゴーグルを装着したアトォは、周囲を見渡して感心したような声を出す。
「色味はちょっとおかしく思いますが、かなり遠くまで見えますね、これなら」
「問題が解決したんなら、よかった。
先に進もうか」
その先は、順調だった。
と、思う。
ただ、予想通り、レベルリセットした遥の索敵能力が大きく劣化していたため、最初にモンスターを発見するのはだいたい恭介であり、たまに、アトォが先に発見することもあった。
恭介は狩人や狙撃手をジョブにしていた期間が長く、そのおかげで索敵能力がそれなりに成長している。
アトォは、元の世界での経験から、なのだろう。
そして、だいたいの居場所さえ把握出来れば、相手が近寄るも早く、遥かアトォがそれぞれの得物で早々に討伐した。
遥はZAPガンで、アトォは酔狂連から調達した「比較的マシ」な弓矢を使っている。
アトォもZAPガンを使うことは出来たはずだが、この時点では使い慣れた武器を使いたがった。
アトォの射撃スキルはたいしたもので、百メートル以上離れた、素早く動き回る敵に、的確に命中させている。
不平たらたら使っている弓矢でこの性能ならば、アトォが満足するような強弓を手にしたら、どれほどの威力を持つことか。
まあ、物心ついた頃から狩りをやっている感じだというしな。
恭介は、そう思うことにする。
生活環境がまるで違う世界の住人だから、それまで培ってきた才覚に差が生じるのも、当然といえた。
ここが酉のダンジョンだから、というわけでもないだろうが、今のところ、出現するモンスターは巨大なニワトリ型だった。
外見的にいうと、巨大な、全長二メートルほどのニワトリ。
これが、両力をバタつかせながら騒がしく鳴きつつ、左右上下に大きく跳躍したりして動き回る。
百メートル以上も離れると、なかなか動きが素早いこともあって、射撃の的としてはかなり当てにくい。
その、はずだった。
が、遥とアトォは、特に意に介する様子もなく、ほとんど無駄弾を使うこともなく、次々と射殺していく。
「暇だ」
途中、彼方がぽつりと呟いた。
索敵能力では他の面子に劣り、さらにいえば、かなり距離のある状態で、遥とアトォがモンスターを駆逐しきってしまう。
接近戦の出番がない。
つまり、彼方は今回、完全にやることがなかった。
「安全にレベリング出来ていると、そう解釈することにしよう」
恭介は、とりあえずそういっておいた。




