外野の反応
「よくやってくれたな」
やがて、三人の元にやって来た小名木川会長は、奨励なんだか愚痴なんだかよくわからないことをしゃべりはじめる。
「というか、想定以上にやり過ぎだ。
みんな、ギャラリーのほとんどは、あまりの凄惨さにドン引きしていたぞ。
あと、レベルカンストしたプレイヤーの動きを見極められない者のが多いので、今頃みんな必死になって決闘ログをスロー再生して検証している頃と思われる。
なんというか、こう、やり過ぎだ!
もっとほどほどというか、穏当なやり方もあっただろうに」
「別に、そうしたギャラリーのために決闘を受けたわけではないですからねえ」
恭介は、そうした文句を取り合わなかった。
「生徒会が温存していた勇者様という戦力のお披露目としては、十分に機能してたでしょ?
文句をいわれる筋合いは、ないです」
「結城弟の強さをアピールするには、確かに十分な内容だった。
それは、認める」
小名木川会長は、そういって頷く。
「ただ、なあ。
お前さんの方なんだ、問題は。
これまでだって、破壊の射手だのなんだの、ろくでもない呼び方をされて来たわけだが。
お前さんの評価は、おおむね、攻撃力極大の後方支援要員、ってところだったわけだ。
だが、今回ので、前線でも十分に戦えるってことが周知されてしまった。
下手すると、今の段階での前線戦力でも一、二を争うくらいの実力者だと、そういわれはじめている。
今の結城弟と近距離戦争であれくらい互角に戦えるプレイヤーは、こっちで把握している限りでは他にいないしな。
そのことに気づいたプレイヤーたちも、かなりドン引きしている様子だ」
「そんなの、すぐに追い越されますよ」
恭介は素っ気ない口調でいった。
「レベルカンストしたプレイヤーは、この時点でほとんどいません。
そこまで達した人たちが大勢になれば、おれなんかはあっというまに埋没しますよ」
「お前さんが本気でそう思っているのは、わかるんだ」
小名木川会長は、いった。
「ただ、なあ。
仮にこれから、何十人という単位でレベルカンストした者が増えたとしても、お前さんほど戦える者は、そんなに増えないとは思うぞ。
なんというか、他のプレイヤーたちは、レベルだスキルだといった特典が増えたとしても、そいつをうまく使いこなせていない者がほとんどなんだ。
お前さんほどうまく戦える者は、こちらで把握している限り、まずいないな。
ほとんどのプレイヤーたちにとっては、自分のジョブの特性をうまく利用しきることさえ、難しいんだ。
ああと、宙野ズ。
お前らからも、この男に、こいつがいかに特殊な人材かをしっかり理解させておけよ、普段から」
「って、いわれましても」
「いや、わたしなんかが気づく程度のことなら、キョウちゃんなら事前に理解しているはずだし」
彼方と遥は、即座にそう答える。
「これだからなあ」
小名木川会長は、顔を軽くしかめる。
「お前ら、身内にあま過ぎだ」
「それで、結城さんたちは、どんな様子ですか?」
恭介が、確認した。
「特に弟さんの方は、あまり気落ちしていないといいんですが」
「気落ちというか、ちょっと静かだが、そんなに心配することはないだろう。
なんというか、静かは静かだけど、前向きな静かさだと思う」
小名木川会長は説明する。
「最初は、はじめて死んだことによるショック症状かとも思ったんだが、どうも違うようだ。
今後どうするのかを、どうやら必死で考えてるらしい。
お披露目も終わったことだし、もう生徒会の庇護下から離れてもいいですよね。
とか、訊かれたくらいだ。
あれはあれなりに、この件で思うところがあるんだろう」
「出来るだけ、自由にさせてくださいよ」
恭介は、頼んだ。
「今の勇者様を害することが出来るプレイヤーは、そうそう居ません。
そろそろ独り立ちさせてもいい頃合いです。
特に、あのお姉さんからは、早めに引き離しておいた方がいいかも」
「そうかもな」
小名木川会長は、恭介の言葉に頷く。
「結城姉も、悪いやつではないんだが、ちょっと情が深すぎるっていうか、弟に対して過保護過ぎる側面がある。
早めになんらかの口実をつけて、距離を取る機会を作っておいた方がいいかも知れない。
傍から見てて、共依存っていうか、ちょっと危うい部分も感じることがあるし。
あの二人がいつまでもいっしょに居ると、特に弟の方の自主性が育たないかも知れない」
「交友関係が広がれば、その手の心配は早々に消えますよ」
彼方がいった。
「今の勇者様に必要なのは、いろんな種類の人たちとつき合って、いろんな経験を積むことなのでは?
というか、転移してきたからこっち、勇者様を囲って他の人たちとの接触を最低限にして来たのは、はっきりいって生徒会の失策だと思います」
「ああ、いいたいことは、わかる。
実は、生徒会内部でも、同じような意見は出ている」
小名木川会長は、割合真面目な表情を作った。
「ただ、なあ。
あれの力は、どうやら絶大だし、まだまだこれから秘められた力とかが表面化する可能性すらある。
ああいう取扱注意な存在を、そのまま野放しにしておくのも、こちらの立場としては心配なんよな。
あのユニークジョブの存在を秘匿していたのは、どちらかというとあれ個人を守るというより、あれ個人から他のプレイヤーを守るため、という側面のが大きかったり」
「それこそ、杞憂でしょう」
恭介が断言する。
「勇者様がなんらかの理由で暴走し、他のプレイヤーを害するような存在になったとしたら。
その時はあの聖女様が、刺し違え覚悟で止めに入りますよ」
「あの聖女なら、確かにそうするかも知れないな」
小名木川会長は、あっさりと頷いた。
「基本的には温厚だし、慈愛に溢れた性格だが、どこか怖いところがあるしな、あの人。
もともと、このお披露目が終わったら好きに行動させる予定だったし。
今後、よほど困ったことが起こらない限りは、勇者様は好きに行動させるつもりだ」
ほぼ同じ頃。
パーティ「Sソードマン」の拠点では、件の決闘ログを鑑賞して盛りあがっていた。
「うわー。
なに、今の反応」
「流石に人間辞めているでしょ」
「いくらレベルカンスト、っていってもねえ。
リーダー。
今の動き、出来る?」
「出来るわけないだろ」
奥村清人は即答する。
「こんなの、人間技じゃあねえ。
すでに、人外の域に入っている」
先読みか、見切りか。
ユニークジョブ勇者の動きは、奥村にとって、わかりやすかった。
どうしてそこでそういう反応をするのか、少なくともその選択をする理由は、理解が出来る。
しかし、恭介の動きは、その大半が想定外だった。
なんでそこで、相手を切り伏せないで組み付いて、自分の背後に投げつけようとするのか。
そもそも、自分に向かって抜き身を手にして突進してくる相手の懐に入る、ということが実行可能な時点で、すでに想像を絶している。
表面的なパラメータに換算可能な能力以前に、判断能力の時点で、異質なのだ。
奥村清人にとって馬酔木恭介とは、そう思ってしまう存在だった。
多分、だが。
この世界に来る以前、レベルアップのなにもない状態で、馬酔木恭介と奥村清人が殴り合いでもしたら、問題なく奥村の方が圧勝する。
素の身体能力では、それくらいの差があった。
しかし、レベルアップやスキル、ジョブによる恩恵などを加えると、その逆に、奥村では逆立ちできない高みに、相手が立ってしまう。
なんというか、応用力や発想の豊かさが、あの馬酔木と自分とでは、段違いなのだ。
奥村が奥村自身で居る限り、その差は縮まることはないだろう。
今回の決闘をつぶさに検分した結果、奥村は、そう結論するしかなかった。
そんなことを考えていると。
「ん?」
システム画面に、コール信号受信のアイコンが表示された。
見慣れないIDだった。
誰だ?
と、そう訝しみつつ、奥村はその呼び出しに応じる。
「誰だ?」
まず、そう訊ねた。
「はじめまして。
結城ただしといいます」
相手は、そう名乗った。
「ランキングを見て、トライデントに続くパーティを探して、連絡をさせて貰いました。
他の、似たような実力のパーティなら、どこでもよかったんですが。
もし、よろしければ、このぼくを一時、そちらのパーティに加入させては貰えませんか?」




