VS結城姉弟(五)
実際、舐めているわけではないんだよな。
と、恭介は思う。
体内の高熱攻撃にせよ、先ほどの風魔法による頭部への打撃にせよ、普通の人間だったら即死していてもおかしくない攻撃なのである。
恭介が手加減をしているわけではなく、相手が高レベルのプレイヤー、それも、勇者という、かなり優遇されているユニークジョブが相手だから、結果としてこの程度のダメージで済んでいるだけだ。
しかし、当の勇者様は、そう受け止めてはくれなかったらしい。
「納得出来るわけあるか!」
明らかに怒気を含んだ声で、勇者様は叫んだ。
「こえまで何度も殺せただろうに!」
「殺そうとしても死ななかっただけですよ、あなたが」
恭介は、冷静に指摘をした。
「あなたは、今の自分のタフさを過小評価しておいでです」
そういわれて、勇者様は虚を突かれた顔になった。
「内臓を焼かれても、脛骨が折れるほどの打撃を加えられてもそうして平然としている。
おれもですが、あなたもすでに普通の人間といえる範疇を超えているんですよ」
恭介は、説明を続ける。
「だから、プレイヤー同士の相互理解は必要ですし、それ以上に、今の自分がどういう存在になっているのかという自覚も必要なんです」
「自分が、どういう……存在、か」
「高レベルのプレイヤーは、普通の人間からは逸脱しているでしょう、十分に」
恭介は、続けた。
「聖女様なんかは、死者さえも生き返すと聞きます。
そんなことが出来る人間は、いませんよ」
勇者様は、忙しなく視線をさまよわせた。
反論しようにも、適切な言葉が思い浮かばない様子だった。
「とりあえず、これ以上の討論はあとにしましょう」
恭介は、そう提案する。
「言葉でのやり取りは、いつでも出来ます。
ここは決闘の場ですから、決闘にふさわしい振る舞いを心がけましょう。
というか、そちらから来ないようなら、おれの方から仕掛けますよ」
その言葉を聞くと、勇者様は表情を引き締めて、大きく頷く。
勇者様は剣を構えなおして、じりじりと間合いを詰めてきた。
それなりに、構えはさまになっている。
これまで、ダンジョンで相応に経験を積んでいるのだろうな。
と、恭介は推測する。
ただ、高レベルのプレイヤーならば、みんな、その程度の経験は積んでいるのだ。
勇者様は一気に距離を詰めて、袈裟懸けに斬りかかって来た。
恭介は、すんでのところで大太刀で受け、半身を躱す。
近い間合いからいきなり距離を詰められると、今の恭介では、反応するのがぎりぎりになる。
十分に強いし、速いんだよなあ。
と、恭介は判断する。
「なんで距離を取らない?」
油断なく剣を構えながら、勇者様がそう聞いてくる。
「遠距離攻撃こそ、そちらの本領だろう」
「どうやら、魔法の効きが、そちらにはいまいちのようですから」
恭介は、即答する。
「より確実にダメージを与える手段を、と。
そう思いまして」
「余裕だな」
「余裕がないからですよ」
そうした問答の間にも、一合、二合と剣と大太刀を合わせている。
勇者様の剣筋は、鋭い。
避けたと思っていても、頬や手足が浅く斬られている。
ああ、割と、動きに追いつけていないな。
と、恭介は思う。
斬り合い、ではあっても、鍔競り合いではない。
勇者様も恭介も、中央広場を自由に駆け、有利な位置につこうと移動し、時に斬りつける。
そういう、戦いになっていた。
なにより、時間が経過しても、勇者様は、動きから、鋭さが鈍らない。
大太刀の間合いもすでに見切っているようで、恭介の攻撃が空振りすることが、増えていた。
恭介の額が、大きく斜めに裂ける。
ヘルメットやフェイスガードごと、勇者様に斬られたのだ。
後退するのがもう数瞬、遅れれば、大きく頭を割られていたことだろう。
いよいよ、ヤバくなって来たな。
と、恭介は思う。
その時。
兜の中で、勇者様の額も、大きく裂けた。
「なにをした?」
勇者様が、問う。
「おれは、なにも」
恭介は、答えた。
「今の、ジョブの効果ですね。
一定の確率で、受けた攻撃を返すそうです」
ジョブ野戦士のパッシブスキルに、確かそんな内容があったはずだ。
「捨て身じゃないか!」
勇者様が、笑った。
「イカれたジョブだ!」
「おれも、そう思います」
恭介も、笑った。
そんな問答をしながら、勇者様は恭介の胸がある位置に剣先を突き出し、恭介は背を大きく逸らすことで、その刺突を躱している。
恭介の方も、勇者様の攻撃を躱しつつ、勇者様のくるぶしを浅く斬っている。
本当は、足首を切り飛ばすつもりだったのだが、勇者様には軽く避けられてしまった。
大太刀と勇者様の剣とでは、間合いがまるで違うのだが。
勘がいい。
というより、実戦を経験するほど、成長するタイプか。
それも、リアルタイムで。
敵に回すと、怖いなあ。
まるで、少年マンガの主人公じゃないか。
額を割られた時は、そこから流れてきた血が眼に入るのですぐに回復術を使って雑に傷を塞いだが、それ以外の負傷は放置している。
勇者様への対応で、そこまで自分の状態に構いつける余裕がない。
これまでのところは、あまり深手を負っていないので、失血で動けなくなる心配はなかった。
何度かに一度、体感で、一割程度の割合で、勇者様も自分が傷つけたのと同じ部位に、ほぼ同じ傷を負っている。
だが、勇者様も、それを放置している。
双方とも、目まぐるしく動き回っていたため長く感じたが、そうしていたのはせいぜい数分、といったところだろう。
高レベルプレイヤーが本気で動き回ると、本人の体感時間と実際の経過時間とが、乖離していく傾向がある。
はたから見ている人たちには、どう見えているのだろうか。
などと、恭介は考える。
今の二人の動きを眼で追えるプレイヤーが、この時点で果たして何人居るのか。
疲れた。
いつ、やられるのか。
そう想像しながら、冷静に相手の動きを追って、対処していく。
四肢の感覚が、中心部から鉛のように鈍くなっていくのを感じる。
熱い緊張と、冷たい判断能力が共存する、奇妙な時間。
それが、恭介の体感としては、とても長く続いている。
モンスターが相手の時は、こういう感覚はまるでないんだけどな。
人間、それも、同じプレイヤーが相手だと、ここまで勝手が違うものか。
勇者様の剣先が、すぐ目の前をかすめていく。
避けた、と、思っていたが、実際には鼻梁をかすめて斬られていた。
後退するタイミングが、遅かったか。
見ると、勇者様の鼻梁も、同じ箇所が横一直線に斬られて出血している。
野戦士の、パッシブスキルの働きだろう。
たいした深手でもないのだが、場所が場所だから、呼吸をするのに支障が出る可能性があった。
出血がそのまま気管に入るようなら、呼吸困難にもなりかねない。
恭介は慌てて回復術を使う。
接戦。
いや、こちらの方が不利だな。
と、恭介は判断する。
こちらは、明らかに疲労が募ってきているが、相手は、昇り調子だ。
だが、これでいい。
三人がかりでこの勇者様を倒していたら、決闘には勝利しただろうが、今のような勇者様にはならない。
生徒会がこれまで大事に抱えて来たから、というだけではなく、ここまで仕上がったプレイヤーは希少だと、恭介は判断している。
変に歪んで貰っては、困る。
立ち位置的に、その後始末はトライデントに回ってくるはずだからだ。
ここでの勝敗など、恭介にとっては二の次だった。
そもそもこの決闘自体が、生徒会の意向として、勇者様のお披露目をする目的で決行されたものである。
その目的からいえば、恭介らトライデント側が負けた方が、生徒会の意には適う。
もっとも、こちらもただで負けるつもりもなかったが。




