VS結城姉弟(四)
恭介は倉庫からステッキを取り出す。
以前から試したかったことがあり、今回はそれを実行するのにいい機会といえた。
勇者様は離れた距離にあり、そこで顔面に付着した消化剤を拭おうと悪戦苦闘している。
別に粘性が高い物質ではなかったはずだが、恭介が念入りに顔面めがけて吹きつけたため、かなり分厚く付着している。
早めにその消化剤を排除して呼吸するための経路を確保しないと、最悪窒息するので、焦っている様子だった。
先ほど、ロープで戒められた状態の聖女様が激突したダメージも抜けきっていないのか、心持ち足元がふらついているようにも見える。
これまではどちらかというと、明確に傷つける方向性のわかりやすい攻撃ではなく、嫌がらせに近い、迂遠な攻撃方法であったが、相手が聖女様の支援を受けられない今なら、かえってここで直接的な攻撃を叩き込まないといけない。
そんな、局面ではある。
なにしろ聖女様は、現状、気を失っているので戦闘に参加不能なわけだが、なにかの拍子に息を吹き返さないとも限らない。
恭介としても、手を抜くつもりはなかった。
ステッキを構えた恭介は、明確に攻撃目標を設定した上で、火の魔法を発動する。
勇者様の体内、腹部の一点。
そこに魔力を集中させ、高温、高密度の熱源を発生させた。
別に、派手な見た目を追求するだけが、魔法の使い方ではないだろう。
と、恭介は思う。
どうやら恭介は、他の人よりは魔力とやらを操作する才能に恵まれているらしい。
その制御技術をフルに活用して、極小の部位だけに異変を起こせばどうなるのか?
これまで、恭介が試してこなかった、魔法の使い方になる。
勇者様の背が、大きくのけぞった。
内臓の多くに、痛覚はない。
しかし、自分の体内でそれほどの変事が起これば、相応の自覚症状はあるのだろう。
まだ完全に顔面の消化剤を拭いきれていない状態のまま、勇者様は顔を、正確に、恭介が居る方向に向ける。
魔力を辿ってから、それとも第六感というやつか、勇者様には恭介の居る位置が、どうやら正確に把握出来るらしい。
今、勇者様はかなり忙しいはずだ。
まず、呼吸をするため、顔面の消化剤を拭わなくてはならない。
腹部の異変をどうにかするため、おそらくは自前で回復術も行使している。
そうでなければ、その場で即死しているだけのダメージを、恭介の魔法は勇者様に与えているはずなのである。
さらにいえば、それだけのダメージを与え続けている原泉、恭介という存在を排除することが望ましい。
そうすれば、少なくとも今まで以上のダメージを受けずに済むのだ。
どれも、優先順位はつけがたいのだが、そのすべてを平行して実行しないことには、勇者様は死亡する。
そういう、状態なのである。
そして恭介はといえば、その勇者様の死亡時刻を早めるため、投入する魔力を増やしながらさらに熱源の温度を高めようと念じている。
自分の体内で高熱源が持続して存在するって、どういう気分なのだろうな。
と、恭介は思う。
おそらく、愉快な気分ではない。
勇者様は、右手で顔の消化剤を拭いながら左手で持っていた剣を掲げる。
ふと、視界の隅がブレたような気がして、恭介はそのブレに合うように、自分の手甲をかざす。
手甲となにかがぶつかって、なにかが破裂したような、甲高い音が起こった。
なるほど。
と、恭介は思う。
風系の、攻撃魔法か。
推測するに、あの勇者様の剣は、恭介のステッキのように、魔法の効果を増大させる機能も持つのだろう。
その魔法攻撃は何度も続き、恭介は意識して視界の中からわずかに歪んだ部分を探し、手甲で受けることを強いられた。
なかなか強烈な魔法攻撃であり、対魔法効果の付与された手甲で受けなかったら、そのまま恭介の四肢なり体幹部なりが切断されているはずだった。
この辺は、流石に勇者様、というところか。
しばらくそんな状態が続き、ようやく顔の消化剤を除去することに成功した勇者様は、凄い目つきで恭介を睨みつける。
自分を殺そうとした相手に向ける目つきとしては、妥当だろうな。
恭介は、そう、他人事のように考えた。
呼吸が可能な状態になると、勇者様は即座に恭介に向けて突進してくる。
恭介は倉庫から大太刀を取り出して、構えた。
勇者様のこうした行動は、想定内だったので、焦ることはない。
正面から上段に構えて恭介に向けて振り下ろされた剣を、恭介は、大太刀の刃で受け止めて、流す。
勇者様の動きは大ぶりで、先読みがしやすかった。
だから、恭介のような素人でも、そんな反応が可能だった。
この勇者様。
と、恭介は、そんな風に思う。
駆け引きとか戦いとか、そういうことをするには、ちょっと正確が素直すぎるかな。
もちろん、勇者様も一撃がいなされただけでそれ以上の攻撃を諦めるはずもなく、むなしく空振りした剣を引き戻し、再度の斬撃を試みようとする。
しかし、恭介は最初の攻撃をいなした時点で、素早く後退して勇者様から距離を取った。
剣を振りかぶって再度の斬撃を試みようとした勇者様は、突進の途中、身を翻して後退する。
勘も、いい。
と、恭介は判断する。
あと一歩進めば、恭介の大太刀の間合いだった。
つまり、あのまま進んでいれば、恭介の攻撃によって、なんらかの手傷を負っていたはずだ。
しばらく、両者はじりじりと足場を小刻みに変えながら、睨み合いを続ける。
相手の隙をうかがい、その隙に自分の攻撃を叩きつけようとしながらの、睨み合いだった。
こんな光景、古い時代劇でしか見られないよな。
と、恭介は思う。
まさか、自分で実演する日が来るとは。
結局、その睨み合いを終わらせたのは、勇者様だった。
雄叫びをあげながら、恭介との距離を詰める。
剣先をまっすぐ恭介の方に固定し、腹のあたりでしっかり握りしめていた。
刺突を狙った構え。
個人を攻撃するのなら、確実性がかなり高い方法だ。
だが。
恭介は、突進してくる勇者様に向け片手のてのひらを向ける。
そして、勇者様の頭部に、風の魔法を叩きつけた。
頭部に、カウンター気味に強い衝撃を受けて、勇者様の足が止まった。
それだけではなく、眼は焦点を失い、ふらふらと体全体が左右に揺れている。
軽い、脳震盪を起こしたのだろうな。
と、恭介は思う。
しかし、勇者様はすぐに頭を左右に振って、立ち直った。
回復が早い。
これも、勇者様の能力の一端か。
ことによると、かなり高いレベルの自己回復能力を、持っているのかも知れない。
先ほどの腹部への高熱攻撃も、今ではあまり影響がなくなっているようだし。
なにかと恵まれているジョブだよな。
と、恭介は思う。
復調した勇者様は、油断なく恭介を睨みながら剣を構え直す。
しかし、そこは。
恭介は、大太刀の柄を両手で握って、渾身の力を込めて横に振った。
勇者はすでに、大太刀の間合いに入っている。
刃先が勇者の横腹を強打した。
着用していた鎧に防がれ、直接、大太刀が勇者様の体を傷つけることはなかったが。
それでも、脇腹を強打された形であり、勇者様は明確に顔をしかめる。
顔をしかめつつ、数メートルも自分で横に移動した。
意識ははっきりしているが、まだ、明瞭な思考能力までは回復していない状態、か。
と、恭介は判断する。
勇者の剣と恭介の大太刀とでは、間合いがかなり違う。
そのことを、すっかり失念していたのだろう。
「なぜ、首を落とさなかった?」
決闘がはじまってからはじめて、勇者様が恭介に声をかけて来た。
「今、そう出来たはずだ」
口調に、いらだちが混ざっている。
「それでは、あなたが納得出来ないでしょう」
恭介はそう答えた。
「今回、勝敗はあまり重要ではない。
それよりも、参加者であるあなたが納得がいく決着が出来る方が、大事だと思う」




