VS結城姉弟(一)
異世界人呼び込み作戦については、それ以上真剣に検討されることはなかった。
なにせ実績もなにもなく、アトォの軽い予想のみに基づいて決めているのだ。
実際にやってみないとどうなるのかわからない。
というのが、本当のところだろう。
ぶっつけ本番、あとは出たとこ任せ。
ということだった。
「では、早速」
「結城姉弟との決闘、片付けてしまいますか」
小名木川会長と恭介は、そういって頷き合う。
「ちょっと、着替える場所だけ貸してください」
「着替えている間に、あの二人を呼んでおく」
恭介たち三人も、一応、本格的な戦闘用装備というのを用意している。
実用性重視で、見栄えがよろしくないのであまり着用したくはないというのが本音だった。
が、ダンジョンに入る時とか本格的な決闘など、必要な時にはしかっり着用している。
見てくれよりも安全性が優先する、と考えているからだった。
なにしろそのほとんどはダンジョンマスター戦に勝利した時の戦利品であり、防御その他の性能は折り紙つき、なのである。
「向こうの姉さんの方も、ドロップ品の装備一式持ってたな」
「ジョブ専用の装備な。
これまでに相応の経験を積んできたというのなら、弟さんの方もそんな装備を調えていても不思議じゃない」
彼方と恭介は、着替えながらそんなやり取りをする。
「今回の決闘、どうなると思う?」
「正直、相手の情報があまりないから、なんとも予測出来ない」
彼方に問われ、恭介は正直に答えた。
「ただ、相手の方は、これまでの決闘などを通じてこちらの手の内をかなり知っているからなあ。
それなりの対策は採っていると思う」
「だよねー」
彼方も、頷いた。
「実力はともかく、彼我の情報格差は確実にあるわけで。
今回は結構、危ないかも知れない」
「別に、負けてもいいんじゃないか」
恭介はいった。
「こっちとしても、負けても失うものはないしなあ。
これは勝敗がどうこういうより、向こう二人の性能試験みたいなもんだろう」
「とはいっても、手を抜くつもりはないんでしょ?」
「手を抜く理由も特にないからな」
彼方に問われて、恭介は即座に頷く。
「誰であれ、強いプレイヤーが増えるのなら歓迎するべきだと思うけど。
こちらが手を抜いても、誰のメリットにもならないし」
「全力でいって、いいんでしょ?」
着替えを済ませ、遥と合流すると、すぐにそういって来た。
「もちろん」
恭介は、即答した。
「出し惜しみしていたら、かえって相手に失礼だろ。
今までの決闘と同じく、全力でいこう」
決闘システムは、負傷など、参加者の物理的なデメリットをほぼ解消する仕様となっている。
心理的な影響は別として、決闘中に起こったことすべてが、リアルに影響することはない。
「それじゃあ、恭介は初っぱなにぼくの背後から例の弓連発して」
彼方が提案してくる。
「それで沈むのなら、それまでなわけだし」
「山なりの軌道で連射、か」
恭介は頷いた。
「無難な方法だな」
それでどうにかなる相手なのか。
現状では、相手の情報が少ないのでなんともいえなかった。
聖女と勇者のコンビ、か。
語感からすると、とても強そうなのだが。
実際のところは。
「実際にやり合ってみないとわからないな」
恭介が、誰にともなく呟く。
「わたしは?」
「いつもの通りで」
遥の問いに、彼方が答えている。
「いつもの戦法が通用する相手なのか、どうか。
それをまず確認させて貰おう」
「姿を隠して不意打ち、でいいのね」
遥は頷く。
「それが通用しなかったら、その時に対応を考えよう」
恭介も、そういう。
「なにが起こるのか事前に予測出来ないのは、いつものことだしね」
彼方も、そういい添える。
「出たとこ任せは、いつもの通りっていうか」
装備の上にコートを羽織った姿で中央広場にいくと、すでに結城姉弟が来て待っていた。
「ああ」
恭介が呟く。
「なんかあっちは、正統派ファンタジーっぽい雰囲気の装備だな」
ジョブ聖女である結城姉は、あちこちに宝石などの装飾をあしらった法衣っぽい専用装備に、長くて先端に輪状の飾りがついた杖を手にしている。
これまでにも見かけたおぼえがある、聖女専用装備だった。
もう一人の結城弟は、中世風の甲冑に剣、兜など、いかにもゲームの中に出て来そうな雰囲気の装いになっている。
これも、おそらくは勇者というジョブ専用の装備なのだろう。
入手先は、どこかのダンジョンかな。
などと、恭介は推測する。
「数日、顔を合わせておりませんでしたね」
結城姉、紬が、三人に向かって深々と頭をさげた。
「本日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます」
「いえ、別に。
他の用事もあったので」
恭介が三人を代表して、一礼する。
「ついでいってはなんですが、そんなに大層なものだとも思っていません。
準備がお済みでしたら、さっさとはじめてしまいましょう」
「そうですね」
紬も、その言葉に頷く。
「この先は、言葉は不要なのかも知れません。
それでは、失礼して」
紬は、自分のシステム画面を呼び出して、パーティ「トライデント」に決闘を申し込む。
自分のシステム画面でそれを確認した恭介も、即座にその申し出を受諾した。
遥は、いつの間にか姿を消している。
彼方は、素早く後ずさって結城姉弟から距離を取る。
恭介も、彼方の前に移動してそのまま駆けた。
敵二人の前に来るのは、防御力に定評のある彼方の方が適切なのだ。
決闘空間に移送されるのと同時に忙しく動くトライデント側とは対照的に、結城姉弟はその場から動かなかった。
ただ、弟のただしは剣を抜き、高く掲げる。
そして。
「スパーク!」
と、叫んだ。
視界一面が、まばゆく白い光に包まれる。
「献身」
ほぼ同時に、彼方が小さく呟く。
周囲を覆っていた白い光、そのほとんどが、彼方が前に掲げた盾に吸い込まれていく。
「はじめて使うスキルだけど、どうにか間に合ったな」
彼方が、そう呟いた。
献身。
敵の攻撃を自分自身に誘導、集中させる、ジョブ領主の固有スキル、だった。
彼方の自供通り、これまで、使う機会がなかったスキルなのだが。
「魔法か?」
「多分。
雷属性の範囲攻撃、だと思う」
彼方の背後に隠れた恭介と彼方は、早口にそんなやり取りをする。
「お前がいなければ、初撃で全滅していたな」
そんなやり取りをしながらも、恭介は魔力弓を引いて空に向け、何度も放っている。
しかし。
「凄いね」
彼方が、目の前の光景を解説した。
「あれは、聖女様の力かな。
無属性魔法攻撃が、相手に届く、その直前に消失している」
「この攻撃、少数の例外を除けばかなり無敵っぽいのにな」
恭介も、そういった。
「魔法を弾いているところを見ると、結界士のバリヤーとも違うのか。
なら、物理で」
いいながら、恭介は弓につがえるものを実物の矢に変えて、連射している。
放たれた矢は無属性魔法の時と同じような、山なりの軌道を描いて高所から結城姉弟に迫ったが、先ほどと同じように、二人の頭上で弾かれた。
「守りは万全、ってわけだ」
恭介は、呟く。
「これは、三人がアドリブで動く方がいいな。
おれは、一度姿を消す」
「わかった」
彼方は短く答える。
「ぼくは、敵の注意を引きつけて……って、もう来ているし!」
ジョブ勇者、結城ただしが、抜き身の剣を振りかざしながら単身で突っ込んで来る。
おそらく、事前にどう動くのか、決めていたのだろう。
迷いもなにもない、直線的な動きだった。




