アトォと生徒会
「とりあえず、全部聞きたくはないかな」
「それはなしの方向で」
「だったら」
恭介はほんの少しだけ考え、口を開く。
「比較的害がない、無難な内容から聞きたいです」
「本日、銭湯がオープンする」
小名木川会長は、そういった。
「ようやく準備が整ってな」
「そいつはめでたい」
恭介は反射的に答えていた。
まさか本当に、無害な情報がもたらされるとは思っていなかった。
「それに合わせて、ってわけでもないんだが」
小名木川会長は、そう続ける。
「結城姉弟と決闘して欲しい。
いい感じに仕上がったと思うし、今の時点であの二人がどこまでいけるものか、確認しておきたい。
そちらの都合にもよるが、出来るだけ早い方がいいな」
「では、今日はどうですか?」
恭介はいった。
「例の居残り娘、ちょうど、そちらの方を見学しに連れていくところだったもんで」
「ついでかよ」
小名木川会長は、どうやら苦笑いをしているようだった。
「まあ、こちらとしてもそうして貰えると助かる」
その後、具体的な時刻などを軽く打ち合わせてから、
「すぐにこっちに来るんなら、他の用件はその時でいいな」
などといわれて通信を切られた。
まだなんかあるのかな。
と、恭介は思う。
出来るだけ、穏当な内容であることが望ましいのだが。
「銭湯が完成したって」
恭介は、他の面子にその場で説明する。
「あと、結城姉弟の準備が整ったから、決闘もして貰いたいって仰せだ」
「以前からいってたことだし、決闘するのは構わないんだけどね」
マウンテンバイクに跨がって市街地に向かう途中、彼方が、そんな風にこぼす。
「ただ、また見世物になるされるかってのが、ちょっと不本意っていうか」
「今さらだなあ」
恭介は、そう受けた。
「ヘルメットとか装備を身につけていれば、中の人自体はそんなに意識されないと思うけど。
それに、見物する方も、そろそろまたあいつらか、的にスルーしてくれるんじゃないか」
「なんか、わたしら三人相手にどこまでやれるか、っていうのが、パーティ戦における強さの指標にされている気がする」
遥は、そんな風にいう。
「それは別にいいんだけど、頻繁にそんな用件で呼び出されるのはあまり好きじゃないかな」
「今回の相手はかなり仕上がっているそうだから」
恭介がいった。
「ことによると、その役割も今回で終わりかも知れない。
おれたちが負ければ、自動的にその役目も結城さんたちに移る」
「それ、恭介の希望的観測だよね」
彼方が指摘をした。
「仕上がった、っていうくらいだから、二人とのレベルカンストになっていても不思議ではないくらいだけど。
ただ、たった二人だからなあ。
侮るわけではないけど、手数の面で向こうのが不利でしょ。
普通に考えたら」
「おねーさんの方はなんとなく、どんな風に行動するのか予測出来るんだけど」
遥が意見を述べた。
「弟さんの方は、ちょっとわかんないね。
戦闘中に、どういう行動をするのか」
「ジョブ勇者だからなあ」
恭介がいった。
「他のジョブよりは優遇されているっていうか、妙に万能そうってイメージがある」
「JRPGにおける勇者って、なんか鉄砲玉ってイメージない?」
遥が、そんなことをいい出した。
「序盤にはした金だけ渡されて魔王を倒してこい、って、まんま、ヤクザ映画のヒットマンじゃん」
「そういうゲームばかりでもないんだけどね」
彼方がいった。
「むしろ、今ではそうした昔のゲームのイメージを拡大再生産したラノベとかのフィクションのが、勇者のイメージ元になっているんじゃないかなあ。
なんでか、ここ何年か、目茶苦茶増えているし」
「あのう」
大型犬型地霊に乗ってかたわらを併走していたアトォが、おずおずと口を挟む。
「皆様の会話、半分も理解が出来ないのですが。
翻訳魔法、正常に機能していますか?」
「大丈夫だと思う。
あまり理解出来なくて当然、というか」
彼方が、丁寧に説明する。
「今、話している内容は文化的な背景なんかが理解出来ていないと、意味不明になると思うし。
言葉だけを律儀に翻訳しても、内容まですべては理解出来ないんじゃないかな」
「そういうものなのですか?」
「そういうもんだと思うよ」
腑に落ちない様子のアトォに、彼方がいった。
「あまり意味はないけど、興味があるようだったらあとで機会を作ってゆっくりと解説するよ」
そうした日本のポップカルチャーについて、アトォが学習したとしても、あまり意味はないように思うのだが。
恭介は、そうした意見をわざわざ口にすることはなかった。
四人で中央広場に乗りつけ、マウンテンバイクを倉庫内に格納して、そのまま政庁の中に入る。
食堂で働いていた者がすぐに恭介たちの姿に気づき、階上へ、と身振りで案内してくれる。
なんだかんだで、トライデントの存在はほとんどのプレイヤーに認知されており、さらにいえば今日はアトォまで連れている。
見間違いや人違いなど、されるわけもない。
最上階にある生徒会執務室の扉をノックすると、すぐに、
「入っていい」
という小名木川会長の声が返って来る。
「本当に、すぐに来たな」
四人を応接セットまで案内したあと、小名木川会長はそういった。
「こっちに出る準備を終えて、拠点を出る寸前だったんですよ。
連絡を取ったのが」
恭介は、そう答えた。
「こちらのアトォを、ここに連れてくるのが、こちらの第一の目的になります。
そのあと、市街地の他の場所なんかを案内する予定だったんですが」
「その予定は、そのまま続けてくれて構わない」
小名木川会長は、そう続ける。
「これまでの例から考えても、決闘自体はそんなに時間はかからないだろうし。
それからゆっくり、あちこち見て回ればいいさ。
見物する甲斐のある場所は、そんなにないとは思うけど」
「では、まずは、このアトォと生徒会で、話し合いが必要なことはちゃっちゃと済ませてください」
彼方がいった。
「アトォに乞われない限り、こちらも助言とかはしませんので。
アトォも、それでいいね?」
「はい」
アトォは、頷いた。
「それで構いません」
アトォの現在の立場は、
「独断でこちらに残った異世界人」
というものだった。
あくまで個人の意志によってこの場に居るのだから、自分の立場を明確にしておく必要がある。
こちらの世界における権威、というか、実質的な行政機関的な役割に近い生徒会に対して、自身の立場を明確にしておいた方が、今後、動きやすい。
生徒会の方も、アトォの立場や意志にはかなり理解がある。
「要するに、家出娘みたいなもんだろ」
とは、一連の説明を聞いたあとで、小名木川会長がこぼした所感になる。
「アトォ氏がここに残ったことで、向こうの世界の人たちと摩擦が起こる可能性は?」
「皆無とはいいませんが、まずその心配はないかと思われます」
小名木川会長に問われて、アトォは即答する。
「フラナの一党は、特定の中心が存在してその意向に沿って動く集団ではありません。
各人の行動は、基本的に行動した本人に帰属します。
わたしの行動も、特に問題視されることはないはずです。
他のフラナたちに、意味のない馬鹿な行動をした娘として認識されるくらいが関の山ではないでしょうか」
「アトォ氏の保護者などが、こちらにクレームをつけてくる可能性はないのか?」
「保護者、という概念がよくわからないのですが、わたしの行動の責は常にわたし自身に帰せられます。
わたしの師匠に当たる人物がかんしゃくを起こす可能性は大きいですが、それは、わたしの言動のせいというよりも、どうして自分自身がそれを思いつきやらなかったのか、という自責の念が強いはずで、つまりは、自業自得です」
「アトォ氏は、未成年ではないのか?」
「未成年という言葉の意味するところがわかりません。
確かに年少者であることは認めますが、それでわたしの行動について、他の誰かが責任を負うことはあり得ません。
少なくとも、フラナでは、そういうことになっています」




