魔法少女隊お宅訪問
「次は魔法少女隊のところな」
合宿所の食堂を出たところで、恭介が宣言する。
「今日は拠点に居るっていっていたし」
「魔法少女隊」
アトォが、ぽつりといった。
「随分直截な命名ですね」
「それ、本人たちの前でいうなよ。
命名者一名以外は、割と気にしているようだから」
魔法少女隊も、連日市街地に通ってダンジョン攻略をしているわけではなく、隔日か二、三日開けて市街地に通っている。
拠点内でもそれなりに用事があるし、それに、魔法の研究なども割と真面目にしているようだった。
分析や仮説、実証などを主におこなっている酔狂連とは違い、
「とりあえず思いついたことを片っ端から試してみよう」
な、総当たり的なアプローチであったが、代表的なところだと浮遊魔法から派生する術式など、それなりに実用的な魔法を作りあげている実績がある。
同性同士であるわけだし、本格的に引き合わせて、あわよくばこのままアトォの身柄を魔法少女隊で引き受けてくれないかな。
という、淡い期待が恭介にはあった。
「というわけで、連れてきたんだが」
「あー、はい。
昨日の居残りちゃんですね」
魔法少女隊の家を訪れると、早速赤瀬が出て来る。
「お待ちしておりました。
どうぞ、中にお入りください」
このパーティも、昨日の騒ぎでは護衛扱いで同行していたから、アトォの身元とここに残った顛末は知っていた。
ただ、なにかと慌ただしかったので、正式に名乗り合ったりなどする余裕はなかったはずだ。
赤瀬に案内されるままに、一階の広めの部屋に通される。
なんの奇も衒っていない、普通のリビングといったおもむきの部屋だった。
「割と普通だな」
「そりゃ、普通ですよ」
恭介の呟きに、赤瀬が敏感に反応する。
「住空間で遊んでなんの得があるというんですか?」
「そうだけど、なにかに凝った真似をしでかしているんじゃないか、と勝手に思っていた」
「確かにこの家は自分らで作りましたけどね。
そういうところで趣味に走ってもしょうがないでしょ」
赤瀬は、そう力説する。
「少なくとも共用部は、普通でいいんですよ。
趣味を爆発させるのは、自室だけで十分です」
TPOを弁えて、趣味を爆発させているらしい。
「なんなら、全員の個室をご案内しますけど?」
「いや、いい。
別に、興味あるわけでもなんで」
「そういう反応も、微妙に傷つくんですけど」
赤瀬はそういって、大きな声を出す。
「全員集合!
師匠たちと居残りちゃんが来たよー!」
その声に反応して、二階から残りの三人がぞろぞろとその部屋に降りてくる。
赤瀬も含めて、全員、いかにも部屋着然とした、ラフな格好をしていた。
「本物だ」
「ちっさい」
「可愛い」
おのおの勝手に、聞きようによっては失礼な内容も含めて感想を口にする。
アトォは、別に気にした風でもなかったが。
普通に名乗り合ったあとは、自然と魔法談義になる。
この四人は、アトォの世界に対する興味、アトォたちがどのような生活を営んでいたのかには、あまり感心がないように見えた。
というより、
「異世界の生活」
がうまく想像出来ないので、会話のとっかかりにはならないだけか。
とりあえず、魔法はアトォとこの四人の共通の話題であることは確かだった。
「つまり、素質のある人が何年か修行をして、はじめて使えるようになると」
赤瀬が、アトォから聞き出した内容を要約する。
「それが、普通ですね」
アトォは頷く。
「わたしの場合は巫女の修行に出されましたけど、他にも職能によって系統の異なる魔法が何種類か存在します。
ただ、そちらの詳しい内情などは、わたしにもわかりません。
基本的に、部外者には秘匿される性質のものなので」
「なるほど」
青山がその説明に頷いた。
「構成員全員が通学する学校とかがなければ、そういう具合になるんだ」
多分、知識の伝授について、その感想だろう。
全員に共通する知的な基盤がない社会、というのも、割合に不便そうだな。
などと、恭介も心の中で同意する。
「そちらの魔法全部を、包括的に体系化しようとした人とかいなかったの?」
「いなかったとは断言出来ませんが、これまでそうした業績は伝わっていません」
アトォは答える。
「多分、そういうことを試みた人は無数に居たんだとは思います。
ただ、いろいろな不安要素が多くて、途中で挫折したのではないかと」
「その不安要素とは?」
緑川が、疑問を口にする。
「具体的に」
「それぞれ、勝手に魔法を作ったり命名したりしているもので」
アトォがいった。
「同じ機能を持つ魔法を、別の、勝手な名をつけて行使しているパターンが多かったそうです。
そういうのを調べあげ、整理していくと、とんでもない手間になったと」
「実際に調べた人が、いっていた、と」
仙崎が、そう続ける。
「ひょっとして、調べた人の一人って、アトォちゃんの知り合いの人?」
「ええ」
アトォが頷く。
「わたしの師匠が若い頃に、そうした調査を試みたことがあるそうです。
ただ、たいていの術者は自分と同門以外の者には口が堅いですし、ようやく口を割って聞き出した情報を既知のものであることが多かったりで、煩雑で疲れる割には得るところが少ない作業だった。
と、よくそのようにこぼしていました」
「標準化、って概念がないんだね」
彼方が、そう感想をこぼした。
「共通する部分だけでも規格化して、教科書でも作って、素質のある人全員に学ばせた方が合理的なんだけど」
「よくもわるくも、徒弟制度が自明視されている場所では、そういうわけにもいかないんだろうな」
恭介も、そうつけ加える。
「まあ、よその世界の事情に、こっちの価値観を押しつけるのも、よくないとは思うけど」
多分、自分が教える師匠の立場になれば、そうした知識を伝授することでなんらかの見返りを受けることになるわけで。
そうした受益構造を壊すような真似は、普通なら歓迎されないだろう。
「社会全体の制度とか価値観がどうにかならない限り、そうした変換は難しいと思うよ」
恭介は、そう結論する。
「そうですね」
アトォは、頷く。
「師匠も、似たようなことをいっていました。
世の中全体がひっくり返りでもしない限り、魔法知識の体系化は無理だ、と。
キョウスケ様は、師匠と話が合うかも知れません」
「その師匠って人が、どんな人かはわからないけど」
恭介はいった。
「まったく面識のない人と、そういうことをいわれてもな。
どう反応していいのか、わからない」
それから、いよいよ本格的な魔法談義に移った。
こうなると、門外漢の恭介たちはほとんど介入出来ない。
「こちらでスキルと呼ばれている中に含まれる、魔法というものですが」
アトォは、魔法少女隊の四人に説明した。
「ひどく機能を絞って、制限したものになりますね。
わかりやすい、という意味では、それなりにメリットはあるかと思いますが」
「やっぱり」
仙崎は頷いた。
「魔力の使い方をちゃんと学べば、もっと多種多様な効果が得られるわけだ。
だから、浮遊魔法なんかも開発出来た」
「ただ、空に浮かぶだけの魔法とか、その発想に驚かされます」
アトォは、素直にそう述べる。
「そんな真似をして、なんの役に立つのですか?」
どうやら、アトォにとって魔法とは、現実的な実用品であるらしかった。
その辺の認識にも、多少の齟齬があるな。
と、恭介などは思う。
「移動とか偵察とか、割と使えるんだけどね」
赤瀬がいった。
「でも、アトォちゃんも、さっきの決闘で空飛んでいなかった?」
「あれは、風霊の力を借りて、ようやく浮いていた程度ですね」
アトォは、そう答える。
「今のわたしですと、その程度しか出来ません。
あまり、実用的ではないといいましょうか」
自由自在に空を飛ぶ、というほどには、自由度がない。
と、おそらくは、そういうことなのだろう。




