フィッティング
「ちょっといいかなー」
しばらくして、遥からシステム経由で連絡が来る。
「どうしたの?」
恭介が訊くと、
「んー。
ちょっと、一口には説明できないかなー」
遥は、詳細を説明することを避けた。
「樋口ちゃんがそっちにいくと思うから、案内して貰ってこっちに来て」
「どういうこっちゃ?」
「さぁ」
恭介と彼方は、顔を見合わせる。
「あの」
扉を開いて、樋口が飛び出して来る。
「お二人とも、是非来てください。
こちらへ」
なにやら慌てた様子で、恭介と彼方を廊下の奥に誘う。
「なにが起きているの?」
恭介が訊ねる。
「ハルねーも、説明してくれなかったんだけど」
「どうも、うちの者たちが総出で、そちらのお客様を質問攻めにしているようで」
樋口が、早口に説明してくれる。
「周りの制止も聞かない状態で、お客様も困っておいでです」
「総出で、って」
彼方が確認する。
「普段表に出てこない人たちも含めて、ってこと?」
「というか、そっちが主犯らしいです」
樋口はいった。
「あの浅黄姉妹が。
が、が!」
なにやら思うところがあるらしく、最後の方はやけに感情が籠もった口調だった。
「なんかよくわからないが、冷静にね」
恭介は、静かな口調でいう。
「いきなりここに連れてきたのは、失敗だったかなあ。
アトォちゃん、こっちの人たちにしてみれば、好奇心を刺激する要素の塊なわけだし」
「それはわかりますが、だからといって取り乱してお客様を質問攻めにするのは言語道断です!」
樋口は、荒い口調でそういう。
「こちらでもきつく諫めておきますので、どうかご寛恕のほどを」
ああ。
普段から、大変な思いをしているのだなあ。
と、恭介は納得した。
普段引きこもっているから目立たないが、浅黄姉妹の社会性は破綻しているという噂は、元の世界に居た自分から漏れ聞こえていた。
成績だけはいいがほとんど登校してこない生徒が居る、という程度の内容で、どこまで事実を反映しているのか怪しかったので、話半分に聞いていたのだが。
恭介たちが入ると、全員が、一度、こちらに顔を向ける。
「あー。
ようやく来てくれた」
遥が、のんびりとした口調でいう。
「なにがどうなっているの?」
恭介が疑問を口にした。
「いや、聞いてくださいよ、おにーさん!」
浅黄紅葉が、大きな声を出す。
「この子、新情報の宝庫!
このまま何日か、こっちに貸してくれない?」
「本人に訊け」
恭介はいった。
「で、この騒ぎはなに?」
「異世界から来た少女がこの場に居るのであるから、確認したいことを順次確認していくのは当然ではないか」
三和が、緊迫感のない口調でいう。
「だが、しかし。
いわれてみれば、少し、時間を取り過ぎたのかもなあ」
「あんたも一緒になって質問攻めにしたのかよ」
恭介は呟いた。
「で、肝心のアトォちゃんは……大丈夫そうだな」
「特に不都合はありません」
アトォは、いつも通りの態度で答える。
「ただ、肝心の装備品などの選択は、滞っています」
「なるほど」
彼方は頷く。
「採寸は終わっているの?」
「それは、終わっている」
遥が説明する。
「アトォちゃんの希望を訊きながら、具体的な装備を選ぼうとしたところで、こちらの浅黄姉妹がやって来て、それ以上進まない状態」
「好奇心が抑えきれないのは、理解した」
彼方が、静かな声を出した。
「しかしこの場は、本来の目的を果たすことを優先して貰えないかな。
さもないと、この男が見境なく例の弓をぶっ放すぞ」
いいながら、彼方は恭介の方を指さす。
ざざ、っと、アトォを囲んで居た酔狂連の輪が広がった。
だしにされた形の恭介は、
「その扱いはないだろ」
と思ったが、口に出してはなにもいわなかった。
「質疑応答の時間は、あとで作ればいいんじゃない」
遥が、そういう。
「今日のところは、装備選びを優先して貰ってさ」
その場に居た全員が、大きく頷く。
そんなに怖いか、おれ。
と、恭介は思う。
当事者のアトォと付き添いの遥、それに、受注する側の岸見を除いた全員が、邪魔にならないよう、別室に移動した。
「主に興味を引かれたのは、彼女の世界における魔法が、われわれが使うスキルとしての魔法とは、どうやら別系統の原理によって動いているらしい、ことだね」
浅黄紅葉が、簡単に説明する。
「原理的には、あまり変わらないのだが。
あちらの魔法もこちらと同じく、魔石を消費して行使される。
ただ、彼女によると、御先祖様があの世界に移動する以前から、魔法は存在したそうだ」
「その伝承が正しいとするならば、同じ原理で動く魔法が複数の世界に跨がって存在し、別の系統に発達したことになる」
浅黄青葉がつけ加える。
「ただでさえ、魔法については、わからないことばかりなのに。
ますます、謎が深まった」
「もう一方の、セッデスとかいう連中についても、魔法がどのように扱われているのか確認する必要がある」
三和がいった。
「出来るだけ、早い方がいい」
「そういうことですか」
彼方が、どこか脱力した声を出す。
「興味を持つのは結構ですが、彼女一人に聞き込みをおこなっても有意な情報はあまり得られないと思います。
それに、あと何日か待てば、放っておいても両勢力の人間が、こっちに来ますよ」
「それは、確かなことなのか?」
三和が、確認する。
「こちらとしては、あちらの世界における魔法の専門家と至急、情報を交換したいのだが」
「そういう手配は、生徒会と相談してどうにかしてください」
彼方がいった。
「とにかく、あの子はたまたま、自分の意志でこっちに居残っただけです。
なにかの専門家であるとも思えませんから、深い情報は聞き出せないと思います」
「でも、あの子、世界を渡る儀式をやれる巫女さんだったよね」
浅黄紅葉が指摘した。
「専門知識は、それなりに持っているんじゃないかなあ」
「先ほどの決闘で使っていた魔法も、興味深い」
浅黄青葉がいった。
「こちらの召喚術士のものとは、明らかに種別が異なる魔法に見えた」
「あれ、召喚魔法なのかなあ」
彼方も、首を傾げた。
「なにかの霊だとは、いってたような気がするけど」
「その辺の確認も含めて、だなあ」
浅黄紅葉が、再び前のめりになる。
「弓」
彼方がぽつりと呟くと、浅黄紅葉は身を引いて気をつけの姿勢をした。
「はーい、フィッティング、終わりましたよー」
そんなことをいいながら、別室に居た岸見が他の者を連れてこの部屋に入ってくる。
「オーダーメイドじゃなかったのか?」
「オーダーメイドですよぉ」
岸見は、恭介の疑問に答える。
「素材は在庫にあったので、あとは、うまくフィットするように成形しただけで。
これでも生産系スキルはいくつか持っていますので、その程度の仕事はその場で出来ます」
そんなもんか。
と、恭介は思う。
以前に聞いた時は、錬金術師の三和と鍛冶師の八尾が素材作りを担当したとかいっていたが。
そうか。
その素材をさらに加工するのは、岸見の担当なのか。
「といっても、着色はまだこれからなんですけどねえ」
「ソフトシェルになるのか」
「この子に、重量のあるハードシェルはないだろう」
彼方と恭介は、装備を身につけたアトォの姿を見て、そんな会話をする。
アトォは、ウエットスーツのような、厚みと弾性のある伸縮する生地で首から下を覆い、要所にプロテクターを貼り付けたような格好になっている。
ウエットスーツ状の部分にも対刃対衝撃などの耐性が付与されており、そこ部分だけでも保護具として相応の性能があるはずだった。
「はい、男子ども」
遥がいった。
「もっと別の意見があるでしょ。
似合うよー、とか、可愛いねー、とか」
「似合うんじゃないか」
「うん。
可愛いと思うよ」
恭介と彼方は、反射的にそういっている。
「心がこもっていないなー」
遥は、その反応に不満そうだった。
「これ、変ではありませんか?」
アトォは、腕で自分の胸あたりを隠すような仕草をしながらいった。
「ここまで体の線が出る服を着たのは、はじめてなので」
「大丈夫。
ねーちゃんの戦闘服なんてもっと恥ずかしい……」
いっている途中で遥に肘鉄を食らい、彼方は最後までいい終われなかった。
「変ではないと、思うよ」
代わりに、恭介がいった。
「体の線が出ているっていっても、あちこち緩衝材がついているんで、そんなに生々しくはないし。
その程度の格好、今のプレイヤーなら誰でも着ているし。
なんか、特撮ヒーローっぽくて、格好いいくらいだ」
「そう、ですか」
アトォは、おずおずと頷いた。
「あと、特撮ヒーローって、なんですか?」
「それは、無駄知識になるな」
恭介は、真面目に答える。
「あんまり重要度が高い情報ではないから、あとで、時間がある時にでもゆっくりと教えるよ」




