アトォの戦法
「レベルが低いといえ、相手は異世界の人だ」
坂又は集まってきたパーティの人員に、そう発破をかける。
「どんな手を使ってくるかわからないから、絶対に油断はするな!」
「おう!」
坂又どすこいズの一同は、そう声を揃えた。
なんだかんだいって、坂又は求心力のあるリーダーなのだ。
ということを、彼方は、これまでのつき合いから学んでいる。
無理に従わせているわけではないが、パーティメンバーは、自然と、坂又のいうとおりに動いている。
「作戦は?」
「ない。
強いていえば、臨機応変」
坂又は、力強い口調で、そう応じる。
「相手の出方に合わせろ。
それで、そちらの準備はいいかな?
今、決闘の申し込みを送ったが」
「確認した」
大型犬型の地霊に乗ったままで、アトォはなにもない空中を指先でたどる、動作をする。
「承諾した。
これで……」
最後までいい切る前に、坂又どすこいズとアトォの姿が消えた。
彼らの決闘が、はじまったのだ。
「あのう」
背後から、声をかけられた。
振り返ると、面識のないプレイヤーが立っている。
「マッドマシンガンズの、宇田佐吉といいます。
先ほどは、真っ先に射殺された者でして」
「ああ、はい」
彼方は、曖昧に頷いた。
「一応、そちらのお姉さんとは同じクラスなんですが。
マッドマシンガンズは、ミリオタが集まったパーティで……」
「すいませんが、今は決闘の方に集中したいので」
彼方はそういって、宇田の発言を遮った。
「急ぎの用件でなければ、またの機会にして貰えませんか」
「あ、はい」
宇田と名乗った男子は、一度背筋を伸ばして、そう返答する。
「これまた、失礼。
どうも、相手の都合を考えず、空気を読まないで声をかけると、あちこちでいわれておるんですわ、おれ」
どうでもいいから、彼方としては、早く別の場所に移動して貰いたかった。
今は、初対面の宇田に構っている場合じゃない。
彼方が決闘空間に注意を戻すと、坂又たちはフィールドの中央近くで円陣を組み、その周囲を大型犬に乗ったアトォがぐるぐると周回している。
両者とも、ZAPガンで撃ち合っているが、今のところ、双方とも、目立ったダメージはない。
アトォは機動力を活かして不規則に行き先を変えて動き回っていたし、坂又たちは大きな盾を外側に向けて、守りをかためている。
坂又たちの装備は、対魔法攻撃も考慮された最新型のようだった。
うまく、装備のない場所を狙わないと、ZAPガンでも抜けないだろう。
「騎兵対重装歩兵。
典型的な構図ですな」
横から、宇田が話しかけてきた。
「この場合、機動力に勝る騎兵側が、圧倒的に有利です」
「根拠は?」
彼方は問いかける。
「歴史が証明しています」
宇田は、いった。
「中国史の資料が、比較的一般的ですかな。
少数の遊牧民が歩兵の軍団をいいように翻弄する場面は、いくつかの文献に残されております」
「翻弄する、というほど、優位にたっているかなあ」
彼方はいった。
「坂又さんたちは、確かに攻めあぐねているように見えるけど」
「ああ、情勢が、ちょっと変わってきましたな」
宇田は、そう指摘をした。
「坂又どすこいズは、攻勢に転じたようです。
散開して、各自でアトォ嬢を……ああ、やばい!」
坂又どすこいズのうち、一人が、ZAPガンを構える途中で後ろ向きに転倒した。
「なるほど」
その出来事を目撃していた彼方が、呟く。
「投石、だ。
ZAPガンは、むしろ敵の注意を逸らすため、か」
見ると、アトォは、片手に帯状の物体を手にしていた。
布か、革か。
材質までは、ここからは識別出来なかったが、二つに折ったあれに石を載せ、ぶん回した上で、投げたのだろう。
「スリング、ですかあ」
宇田がいった。
「最古の飛び道具、ですなあ」
どうやら、命中した場所は、頭部であったらしい。
坂又どすこいズの倒れたメンバーは、なかなか起きあがらなかった。
心配になったのか、隣に居た他のメンバーが、倒れたままのメンバーを起こそうと身をかがめると、その側頭部にまた石が命中し、二人目の犠牲者になる。
「これで、二人減りましたな」
宇田がいった。
「それにしても、アトォ嬢、手慣れていらっしゃる」
「物心ついた時から、ずっと同じようなことをやっているんだろうね」
彼方は、そう認めるしかなかった。
「ぼくたちとは、熟練度が違う」
物理的に、頭部に衝撃を受ければ、脳しんとうは起こる。
レベルがあがっても、防御力があがっても、その事実は変わらなかった。
別に、レベルがあがっても、人体の構造までも変わるわけではない。
「撃ち合いでは不利だ!」
坂又が、叫んだ。
「各人、近接用の装備に切り替え!
投石には、各自で対処しろ!」
「いい判断だ」
宇田が、そう評した。
「レベルアップすれば、動体視力もあがる。
投石程度なら、自分でたたき落とせる可能性が高い」
「でも、アトォが姿を隠せば、どうかな」
彼方はいった。
「革鎧の人たち、ステルスモードが使えていたし。
アトォが使えても、不思議ではないんだけど」
「ええ!」
宇田が、大きな声をあげて驚く。
「ああ、本当だ!
アトォ嬢の姿が、乗っていた犬ごと消えている!
いや、これは!
どこから投じられるのかわからない状態だと、投石を落とすのは、難しいですぞ!」
いちいちテンションが高いな、この人。
と、彼方は思った。
宇田が予想した通り、どこから飛んでくるのかわからない石を警戒するのは難しく、すぐにまた二人が頭部に投石を受けて、意識不明になる。
あっけないな。
と、彼方は思った。
レベルに囚われすぎ。
だと、アトォはいっていた。
確かに、そうかもしれない。
人一人、生物を一体始末するのには、そんなに大きな力は、本来、必要ではない。
適切な箇所に適切なタイミングで、適切な力を加えれば事足りるのだ。
そして、アトォの一族は、生来の狩人だった。
ほぼ例外なく、幼少時から生物を殺傷して生活している。
生命のはかなさを、その経験から熟知していた。
「そっちから来るぞ、大将!」
坂又どすこいズの残り二人、そのうちの、坂又ではない方が、坂又に注意を促し、自分は、片膝をついて銃身の長い銃を構える。
「あれは、軍用のショットガンですな」
宇田が、呟く。
坂又は、ショットガンを構えた男の前方に進み出て、なにか長い物体を倉庫から、取り出す。
槍、ではなく、鉄パイプか、あれは。
「多分、ショットガンを構えたのが察知持ち」
彼方は、手短に予想した内容を口にする。
「そちらが銃口を向けた先に、アトォが居るんだと思う」
もっと早く、こうしていればよかったのに。
彼方としては、そう思わないでもなかったが。
いや、人数が多すぎると、こういう大雑把な指示は、かえって混乱の元になるのか。
と、すぐに思い直した。
残りが二名になったからこそ出来た、体勢なのだろう。
実際、ショットガンの男は、右に左にと、忙しなく銃口を向ける方向を変えている。
多人数だと、これだけ細かく敵の居場所が変わる状況へは、うまく対処出来ないはずだ。
下手すれば、左右で味方同士がぶつかり合う結果になる。
「見えませんが、アトォ嬢、細かく動いていますな」
宇田が、いった。
「動きを止めると、返り討ちにあうからね」
彼方は、そうコメントする。
ショットガンの男が、不意に立ちあがり、銃口を高く持ちあげる。
「あの射角は」
宇田が、狼狽えた声を出す。
「アトォ嬢、空まで飛べるのですか?」
「知らない」
彼方は素直に答えた。
「ただ、異世界から来た子だからね。
あ」
彼方が小さく呟いたのは、ショットガンの男が、実際に発砲したからだ。
「空中で、銃弾が止まっている」
「結界術の、バリヤーだね」
彼方はいった。
「ぼくらにも使えるんだから、彼らだって使えるさ」
坂又が、手にしていた鉄パイプを投じた。
散弾が空中で静止している空間を抜けて、鉄パイプはそのまま空高く飛んでいく。
鉄パイプとすれ違いざまに、足を下に向けたアトォが落下して来た。
「捨て身かよ」
彼方が呟く。
空中からのドロップキックを、坂又はあえて自分の胸で受け、大きく後ずさりながら、アトォの体を腕で叩き落とす。
アトォは、落下する直前に体の向きを変え、地面に両手をついて大きく跳ねあがり、さらに、横に跳ぶ。
アトォの手にはいつの間にか短剣が握られて、坂又の手首から、血が流れていた。
あの出血量だと、かなりの深手だな。
彼方は、状況を、そう読み取る。
坂又たちは、割と重装備だったはずだが、装甲のつなぎ目を狙って刺した感じか。
あの分だと、握力が効かないかも知れないし、長引くと失血で動けなくなる。
坂又の動きは、半ば封じられた形だ。
アトォはそこで動きを止めず、短剣を持ったまま、前方に転がった。
坂又ともう一人の間に体を潜り込ませ、そこで左右に短剣を振り回し、また姿を消す。
「無念」
坂又がいった。
「今度は、膝裏を斬られた。
これ以上は、戦力になりそうにない」
「こっちも、親指を切り落とされました!」
もう一人が、叫んだ。
「左右、両方ともです!」
少なくとも、銃は使えない。
それ以外の動きも、かなり制限されるはずだ。
「これ以上やっても、じわじわと削られるだけだな」
坂又は、首を振りながらいった。
「終わり、こっちの負け、降参だ!」
アトォと坂又どすこいズとの決闘は、こうして決着した。




