待ち時間
楪の天下は長くは続かなかった。
金属鎧が続々と対戦を諦め、それに続く形で革鎧の者たちが楪に挑戦してくるようになったのだ。
この革鎧の一群は、長弓をメインの武器とし、その他に短剣を装備していた。
つまり、遠距離による攻撃を得意としていた。
なにより、どうした加減か、スキルに似た効果を、使いこなしているのだ。
特に、ほぼ全員がステルス状態になれる、という特徴があった。
「ちょ!」
すっと姿を消す相手を前にして、最初の対戦から、楪は狼狽する。
「なにこれ!
遥パイセン並みに察知に引っかからないんですけど!」
どことも知れない場所から唐突に攻撃される恐怖は、経験した者にしか理解出来ない。
「元から、熟練のハンターだった。
そういうことだな」
そうした決闘の様子を眺めて、恭介が感想を述べる。
「農耕と放牧を半々ぐらい営んで暮らしていた。
とかいってたけど。
実際は、放牧がメインで、たまたま農業に適した土地があった場合のみ、畑を作っている感じでなんでしょう」
アトォに顔を向けて、そう確認する。
「もともとは、そうだったらしいですね」
アトォは、あっさり認めた。
「今の地がたまたま肥沃な場所であったため、農耕に従事する人数が増えている、という面はあります」
「ひょっとして、人を乗せて走るような獣の扱いにも長けていたりします?」
恭介が、重ねてアトォに質問をする。
「よくご存じで」
これも、アトォはあっさりと認める。
「連れ去られた先でも、幸いなことに、元から飼育をしていた馬に似た動物を発見できたので、普段からそれに乗って移動をしております」
なんということはない。
「フラナ・トオ・ファンの一党」とは、恭介たちが知る言葉で説明するのなら、遊牧民のような暮らしをしていたのだ。
移動した先の土地の正確に応じて、ライフスタイルも器用に変えているが、血族ごと長く移動する生活を普通にしする民族ならば、狩りなどはむしろ必須の技術になるだろう。
恭介の世界では、実質的な世界征服に王手をっけた集団は、おおよそ二種類に分類される。
遊牧民を首長とする多民族国家と、制海権を手にした海洋帝国だ。
「フラナ・トオ・ファンの一党」は、いろいろな意味で手強いのだろうな。
と、恭介は漠然と予測する。
そうした性格の集団であれば、強くて当たり前、なのだ。
結局、楪は革鎧と何度か対戦し、一度も勝てないまま、決闘を続けること自体を諦めた。
銃器の効果により金属鎧には圧勝したが、その逆に、革鎧の集団には圧倒される一方で終わった。
と、そういう結果になる。
順当、ではあるかなあ。
恭介は、そう結論した。
特定のスキルや武器に頼り過ぎた戦い方ばかりしていると、それまでの方法論が通用しない相手を前にした時、覿面に脆くなる。
楪に足りないのは、様々な場面に対応可能な、戦術の多様性。
と、いうことになる。
今さら、恭介などが指摘をするまでもなく、本人が痛感していると思うのだが。
「どうなってるんだ?」
森の中から、三人の人影が現れた。
奥村をはじめとする、楪以外のSソードマンの面々だった。
「見てわからない?」
彼方が、奥村に答える。
「この様子を見て、なにがわかるってんだ」
奥村は、即答した。
確かに、かなり騒がしいことになっていた。
誰かがマーケットで酒類も売っていることを見つけ、購入して酒盛りがはじまっている。
その場で食べられる軽食を左内がせっせと作り続けていることもあって、一部ではかなり盛りあがっていた。
かと思えば、別の一角、他の者から少し離れた場所では、八尾が、金属鎧の者たちに銃器の扱いを教えている。
この状態を見て、この場に居る集団の目的をその場で推測可能な人間は、確かにいないだろう。
「お互いの集団について話し合いを進めるため、生徒会の人たちを待っているところ、なんだけど」
彼方は、そう説明した。
「時間を持て余して、こんなことになっている、っていうか」
「危険はないんだな?」
奥村が、確認した。
「危険は、ありません」
恭介が答える。
「彼らは、われわれと同じ立場。
プレイヤーです」
「プレイヤー、だと」
奥村が、怪訝な表情になる。
「別の世界から来たやつら、とか、いってなかったか?」
「別の世界にも、おれたちのように拉致られていた人たちが居た。
そういう、ことですよ」
恭介は説明した。
「しかも彼らの方が、おれたちよりも遥かに先輩だ」
「内海ちゃーん」
楪は、仲間に抱きついて泣き言をいっている。
「あっちのおじちゃんたち、滅茶強い。
決闘で、一勝も出来なかったよー」
「あんた、初対面の人たちと決闘なんてやってたの?」
抱きつかれた内海は、呆れていた。
「他にご迷惑、かけたりしてないでしょうね?」
「そういや」
恭介は、疑問を口にする。
「なんで、楪だけが先に着いているの?」
Sソードマンは、普段は行動をともにしている、はずだった。
他の面子を差し置いて、楪だけが先に、この場に到着しているのは不自然に感じる。
「この中で、こいつだけが空を飛べるんだよ」
奥村が、そう教えてくれる。
「他の二人も、浮遊魔法までいけるんだが。
楪は、その上、箒も使える」
奥村自身は、どうやら魔法の適性がほとんどないらしい。
と、以前に、聞いていた。
「箒に乗れるんなら、移動速度は違ってくるわな」
恭介は、そういって頷く。
生徒会の人たちは。
いや、今の時点で誰もこの場に着いていないということは、つまりは、そういうことなのだろう。
適性がなくて空を飛べないか、もしくは、その手の魔法をまだおぼえていないか、だ。
今頃、あのガタガタ道を車かバイクに乗って移動している最中、の、はずだ。
「そうだ!
その箒だ!」
突然、シュミセ・セッデスが大きな声をあげる。
「あの、空を飛ぶ技だ!
あれは、誰にでも習得可能な技なのか?」
「誰にでも、というのはいささか語弊がありますね」
彼方が答えた。
「というのは、魔法の行使や威力は、どうやら個々人の資質によることが大きいようで。
術理を学んでも、使えない人が出て来る可能性は、あります。
だけどまあ、十人が学べばそのうち八人か九人は、使えるようになります」
その割合は、これまでの経験則から導き出されている。
「そういうものか」
シュミセ・セッデスは、頷いた。
「では、その技を、出来れば教えて貰いたいのだが」
「それでは、適任者を呼びますね」
恭介は頷いて、先ほどから給仕役として働いていた魔法少女隊を呼び集める。
「おーい。
魔法少女隊の四人、ちょっと来てくれ!」
「あー!」
Sソードマンの美濃が、大きな声をあげた。
「ひぐっちゃんだ!
こんなところに、ひぐっちゃんが居る!」
「え、なに?」
「ほんとだ。
かずっちじゃねーの!」
Sソードマンの女子組が、にわかに騒ぎはじめた。
「こんなところでなにしてんの?
しばらく顔見てなかったから、心配してたんだけど」
こちらはこちらで、騒がしいことになった。
「それで」
それからしばらくして到着した小名木川生徒会長は、半眼で恭介の顔を睨む。
「なんで、こんなことになってんだ?」
「ああ、それは」
恭介は、涼しい顔をして説明をはじめる。
「生徒会の人たちを待つ間、いろいろと興味深い事実が判明しまして。
順番に、説明していきますね」




