彼らの経緯
「わははは」
連勝した楪は、調子に乗っていた。
「ガンナーのジョブに不可能はない!」
「調子に乗っているな」
「調子に乗っているね」
恭介と彼方は、そんな風に囁き合う。
「これまでシステムの恩恵を受けていない相手に、なにやってんだか」
「そういう意味では、フェアではないかな」
「あの」
アトォ・フラナが、遠慮がちに質問する。
「じょぶ、とか、しすてむ、というのは、なにを意味する言葉なのでしょうか?」
「どうする、恭介」
彼方が、恭介に確認する。
「教えても、いいんじゃないか」
恭介は即答する。
「同じプレイヤー同士だし、いずれは説明することになるはずだし」
恭介にいわせれば、
「その辺の情報を公開するのは、時間の問題」
でしかない。
というより、別の世界から来た彼らが、これまで、その程度の情報さえ知らされていなかったことに、憤りさえ感じていた。
「それじゃあ、説明しちゃうね」
彼方はそういって軽く頷き、
「重要な内容になりますし、いい機会ですから、シュミセ・セッデスさんも聞いておいてください」
と、シュミセ・セッデスにも、注意を喚起する。
「うむ」
シュミセ・セッデスは、尊大な様子で頷いた。
「説明するがいい」
彼方は、時にすすテム画面を開いて実演を交えつつ、様々な情報を説明する。
レベルやジョブ、スキルについて。
二種類のポイントについて。
倉庫や、マーケットの使い方など。
それらは、ゲームなどの文化に触れている現代人に取ってはなんということもない、少し聞けば概要が想像つく程度の情報であった。
が、彼ら別世界の人間に取ってはなかなか理解しにくい内容らしく、一度説明したな用を何度も訊き返され、確認された。
結局、自分のステータス画面内の情報、つまり、自分のレベルや保有ポイントなどを見て、時にマーケットでそのポイントを使用してみて、どうにか納得してくれた。
「なんということだ!」
人通りの説明を聞き終えたシュミセ・セッデスは、頭を抱えた。
「このような便利な仕組みがあるのなら、なぜもっと早くから教えてくれないのだ!
これでは、祖先の苦労は大半、徒労ではないか!」
「祖先の苦労、ねえ」
恭介は、一応、確認してみた。
「ということは、皆様は、もう何世代もこのような状況下に置かれているわけですか?」
「そうだな」
シュミセ・セッデスは、重々しく頷く。
「セッデスの郎党に伝わる記録が正確であるのならば、今年でちょうど八十年になる」
「……八十年、ですか」
予想外の返答を聞き、恭介がぼんやりとその単語を鸚鵡返しにする。
「元の世界でいえば、ええと。
ちょうど、太平洋戦争が終わったあたりか」
決して、短くはない時間だ。
五世代か、六世代か。
平均寿命が短い社会の人間なら、もっと世代を重ねているかも知れない。
「われら、フラナ・トオ・ファンの一党が見知らぬ地に飛ばされてから」
アトォ・フラナは平静な声で伝えた。
「今年で、百年になりますね。
伝承が、正確ならば、ですが」
「今度は、百年、かあ」
恭介は、顔を上に向けて考え込む。
「その辺の突っ込んだ内容は、会長が着いてから聞こうと思ったんだけどな」
「先に聞いて、整理した内容を生徒会に伝えても同じでしょう」
倉庫からノートとペンを取り出しながら、彼方がいった。
「ここいらでお互い、身元情報をオープンにしておこうよ」
フラナたちの一族は、自分たちを「フラナ・トオ・ファンの一党」であると自認している。
その一党のうち、百五十名ほどが唐突に、見知らぬ土地にまとめて連れ去られた。
方法は、不明。
人には不可能な所業であることから、正体がわからぬ神霊の仕業である、と、そう解釈されている。
フラナ・トオ・ファンの一党は、放牧と農耕によって生計を立てていた。
連れ去られた先では、買い慣れた家畜こそ連れてはいなかったものの、現地に飼育しやすい動物が何種類かいたので、それを捕まえて飼育することになった。
それなりに肥沃な土地でもあり、穀物や果実などを栽培すれば、それなりに収穫はある。
つまり、すぐに困ったことはなかったのだが、一つだけ、大きな不都合があった。
大きな丘のてっぺんから、毎日決まった頃合いに、大量の動物が発生するのだ。
畑を作るようになると、その周囲を頑丈に囲い、そうした獣が中には入れぬように工夫するした。
そして、その獣が出る刻限近くになると、出現地点周囲に集まり、一党総出でそこから出現する獣を一体でも多く始末することが習慣となった。
そうしないと、そこから出て来た獣が周辺に居着き、畑などに被害を及ぼすからである。
自身らの意図と離れて強制的に連れてこられた形であったが、一党はどうにかその地の環境に慣れ、適応し、そこでの生活を送るようになった。
一党には、神託を受ける血脈を伝える家系があった。
「そこから出て来る獣をすべて始末出来たら、なんらかの恩恵があるだろう」
その家系に属する者が、そういう内容の神託を受け、これまで伝えている。
「その次に、セッデスの郎党が、その地に出た」
シュミセ・セッデスが、そう続ける。
「八十年前のことだ。
ある帝国の武門であるセッデスの郎党は、遠征の途中、見知らぬ場所へと放り出される」
「それが、二十年前にフラナ・トオ・ファンの一党が放り出され、その時には開拓村を築いていた土地であった、と」
恭介が、その先を引き取った。
「なかなか、複雑な経緯で」
「わが郎党は、軍であったからな」
シュミセ・セッデスがいった。
「戦うことしか知らぬ、不調法者が大半であったわけだ。
だから、日々わいてくる動物と戦いを引き受け、代わりに、先住の者たちから食料などを分けてもらって暮らしていくことになった。
ただ、そうした生活も長く続くうちに、いろいろと不都合が生じてなあ」
「不都合、ですか?」
彼方が、首を傾げる。
「それは、具体的になんなのですか?」
「少し想像を逞しくすれば、すぐに察しがつくと思うのだが」
シュミセ・セッデスは、続けた。
「セッデスの郎党は、遠征中の兵団だった。
当然、女がおらん」
「ああ」
恭介は、頷いた。
「そういうことですか」
「つまりは、結果として、フラナ・トオ・ファンの一党に溶け込む」
彼方がそう、確認した。
「というよりも、呑み込まれるしかなかった、というわけでか?」
「歯に衣着せぬものいいをするやつだな」
シュミセ・セッデスは顔をしかめた。
「だが、まあ。
そういうことだ。
放っておいても、先住していた女とそういう仲になるやつが続出して、われら郎党としての輪郭は次第におぼろげなものとなった。
いや、これまで八十年、よく体裁を保てたと、そういうべきかな」
「馬鹿馬鹿しい」
遥が、そう切り捨てる。
「何十年も前の身分に拘っても、なんの意味もないのに。
それよりもフラナ・トオ・ファンの一党と協力して、一丸となって獣を退治していた方が合理的じゃない」
「おおむね、その通りではあるのだがな、小娘」
シュミセ・セッデスは、苦笑いを浮かべる。
「彼らのために戦い事こそわれらの使命。
何代も、そんな盲信を続けていれば、なかなかその妄執からは逃れられないものよ」
「それで、今回の決闘と相成った、と」
恭介が、そう続ける。
「フラナ・トオ・ファンの一党は、われらにも戦わせろと要求して、セッデスの郎党は、頑として首を縦に振ろうとしない。
それでは……」
「ひとつ、フラナ・トオ・ファンの一党に伝わる、裁判を試してみよう」
アトォ・フラナはいった。
「そいうことに、なりまして」
「どちらがより巧妙に戦えるものか、はっきりさせればよい。
と、そういうことになってな」
シュミセ・セッデスはいった。
「それで、今回のような結果になったわけだ」
面倒臭い人たちだな。
と、恭介は思う。
だが、たいがい、面子とか祖先とか、大人の事情というはおおむね、こうしてくだらなくも面倒臭いものなのだろう。




