接触
「……と、いうわけでして」
恭介はシステム経由で小名木川会長と連絡を取っている。
「どうやら、こっちに転移して来てからはじめての、知的生命体との接触は、避けられないようです」
『いや、その』
小名木川会長は、戸惑いを隠せないようだった。
『そんなことをいわれても、なあ。
なんの準備も心構えもしてないし、この場合、どうすればいいんだろうか?』
「いや、それを訊きたいから、連絡しているんですが」
恭介は、苦笑いを浮かべる。
「こちらとしては、どうなっても責任は取れませんが。
任せて貰えるのなら、こちらで対処します。
するしかないです」
『まあ、そうなるよなあ』
小名木川会長は、ため息をついた。
『車でそこにいくまで、二時間以上はかかっているってことだし。
今から誰かをそこに差し向けても、二時間以上はかかるってことだし。
会話が可能な相手かどうかも、まだわからないってことだろう?』
「まだ、遠目にお互いの姿を視認した程度ですので」
恭介は答えた。
「正式な交渉はあとではじめるにせよ、挨拶くらいは早々にしておいた方がいいと思いますが。
あまり対応が遅れても、相手の不信感を増す結果になりますし」
『ああ、うん』
小名木川会長は、どこか気の抜けた声を出す。
『今、正式な交渉隊を組織しはじめた。
何時間かあとにはそちらに着くから、それまでに、交渉のとっかかりを作っておいてくれ。
出来る限り穏便に、平和的な方向で頼むな』
「もちろん、そうするつもりではありますけどね」
恭介はいった。
「なにしろ相手があることですから。
どんな結果になるのかは、保証出来ませんよ」
「こっちで交渉を開始してもいいってさ」
小名木川会長との通話を切った恭介は、他の面々を見回してから、そういう。
「ええと。
まずは、トライデントの三人が姿を見せて、軽く挨拶をしてみる、ってことでいいかな?」
トライデントの三人は、全員がレベルカンストしている。
当然、有事の際に一番、命が助かりやすい。
最初の交渉役として相手に姿をさらす役目としては、妥当な人選だろう。
相手にしてみても、空を飛ぶ魔法少女隊の姿をすでに目的していて、見えない場所にその他に人員が潜んでいることは、予想しているはずだ。
「挨拶するのはいいとしても」
彼方がいった。
「そのあとは、どうするの?」
「相手の出方次第だが」
恭介はいった。
「会話が通じるようならば、まず相手の用件を確認するかな」
「まあ、わざわざ、こんなところまで来るくらいだしね」
彼方は、その言葉に頷く。
「なにかしらも目的は、あるんだろうけど。
それが確認出来たあとは?」
「場合によっては、その目的を手伝ってもいいかな。
ただ、それも、正式には生徒会の判断を待った方がいいのか」
恭介は、そう続けた。
「個人的には、もしも交渉が可能な相手だったら、あの術、魔法?
を、教えて貰いたいかな」
「ああ」
彼方も頷いた。
「妥当、ではあるね。
わざわざこんなところで出現したってことは、つまりは、彼らは世界を渡る術を持っているってことだし。
ただ、こちらが、交渉材料になりそうなものを、なにか用意出来るかな?」
他の人たちは、とりあえず、もうしばらく森の中に潜んでいて貰うことにして。
恭介たち三人は、相手の元へと向かう。
魔法少女隊は上空を旋回しながら相手を監視していて、しきりに相手の様子を伝えてくれる。
相手は、どうやら二種類の集団が居る様子。
背が高く、金属鎧を身につけた集団と、背が低く、革鎧を身につけた集団。
二種類の集団は、あまり仲良くない様子で、睨み合いは続いているが、すぐに衝突する様子はない。
空を飛ぶ魔法少女隊の様子も確認しているが、過度に騒ぐということもない。
害意がなく、すぐに攻撃して来る様子ではない、と確認した途端、魔法少女隊への興味を失ったように見える。
二種類の集団の目的は、はっきりとはしない。
ただ、しきりに周囲の、森の様子を窺って気にかけている。
ひょっとすると、
「誰か、あるいは、なにかと、待ち合わせでもしているのではないか?」
との、ことだった。
何事か、目的があってここに来たのは確かなようだが、それが実際になんであるのかは、この時点でははっきりしない。
面倒だなあ。
と、恭介は、思う。
まず、言葉は通じないだろうし。
その状態で、相手の顔色を読んで交渉、少なくとも、そのとっかかりを作る。
恭介たちが今回こなさねばならないミッションとは、つまりはそういうことになる。
こんなもん、真面目に成功すると、やる前から確信出来る方がおかしい。
「とりあえず、敵意がないってことを示すため、両手をあげて相手の前に姿を出すぞ」
「了解」
「こっちに注意を向けるため、少し音を立てながら近づいた方がいいよね?」
「そうだな。
そうしよう」
三人は故意に近くの枝などを触って音を立てながら、二種類の集団が居る場所まで近づいていく。
しばらくそうして歩くと、不意に視界が開けて、先ほどまで穴だけが空いていた場所に出た。
今では、赤茶けた土が円形に広がっているだけの広場で、その中心近くに、二種類の服装をした連中がたむろしていた。
恭介たち三人が姿を現しても、すぐに攻撃をしてくるとかはなかった。
ただし、こちらを指さしてなにやら仲間うちで騒いでいる。
好奇心、はあるのだろうが、特に意外そうでもない。
そのことに、恭介は引っかかりをおぼえた。
ひょっとして。
こいつらは、おれたちが来ることを、予想していたのか?
金属鎧の中から、ひときわ体格のよい、装飾品が多い一人が進み出て、恭介たちに向かってなにやら大きな声で語りかけた。
宣誓、というか、口上、というか。
普通の会話とかではなく、なにか、儀式めいた挙動であり、口調だった。
「悪いけど」
恭介は、日本語で返答した。
「そちらの言葉は、まったくわからないんだ。
なにか、翻訳する術とかを持っていたら、それを使って貰いたい」
最近読んだその手のラノベでも、魔法やら神様の加護やらで、異世界の言語を自動翻訳してくれるのがセオリーになっていた。
本当にこれでいいのかわからないが、当面、
「言葉が通じない」
ということさえ、相手が理解してくれればいい。
まずは、そこがスタート地点だ。
と、恭介は、考えていた。
だが。
革鎧の一団の中から、ひときわ小柄な人影が進み出て来た。
一人だけ、鎧を身につけていない。
「女の子、か」
恭介は、そう呟く。
「見たところ、他に女性の姿は見えない。
あの子だけ、なにかの役割を持った、特別な存在のようだな」
他の連中は、二種類の集団に共通して、武装している。
この子だけ、普通の衣服を身につけただけに見えた。
それも、かなりの薄着だ。
この気候だと、かなり寒いのではないか?
小柄な少女は、なにやら長々と呪文? らしきものを詠唱した。
三分くらい、だろうか。
その間、恭介たちは、両手をあげたまま、相手の出方を待っている。
この少女がなにをしているのか、まったくわからなかった。
が、どうやら、なにか儀式であることは、想像がつく。
だとすれば、それをこちらの都合で中断しかねない真似は、謹んでおいた方が無難だった。
「……んしゃたる方々よ。
失礼をいたしました」
気づくと、少女は呪文を詠唱しおえて、こちらに、恭介たちに向かって語りかけている。
「これで、言の葉の意は通じているのでしょうか?
これで通じていないとなると、こちらとしても困るのですけど」
おかしな感じだ。
少女は、相変わらず、恭介たちから見て、まったく未知の言語を口にしている。
しかし、それが耳に入ると、はっきりとその意味が理解出来るようになっていた。
「言葉は、通じている。
と、思う」
恭介は、短く答えた。
「二つほど、伝えたいことがある。
まずは、こちらには、あなた方に対する害意を持たない。
次に、あなた方を攻撃するつもりはないから、両手を降ろしてもいいかな?」
「よかった」
少女は、薄く笑った。
「古い、使い手もほとんど残っていない魔法でしたから。
なにか間違いがあって、効果がなかったらどうしようかと心配しておりました。
両腕については、お好きになさってくださいませ。
両手をあげているのは、なにかの宗教儀式ではないかと思っていました」
「いやいや」
恭介はそういって、腕を降ろす。
「こっちにしてみても、こんなところでよその人と接触するのは、これがはじめてなんだ。
どう接すればいいのか、わからなくてさ。
とりあえず、敵意がないことを示すポーズとして、両手をあげてみたんだけど。
ええと、早速、本題に入っていいかな?
あなた方は、なんの用があって、ここまで来たのですか?」




