出現
先行したがる魔法少女隊をとりあえず諫めて、全員で様子を見ることにした。
まず全員で魔力源近くまで移動。
そこで車両から降りて、地上組と空中組の二人で魔力源へと向かう。
そういう段取りとなった。
魔力源は森の中、ということで、どうあがいても先につくのは空を飛ぶ魔法少女隊になるわけだが、その他の人員とあまり距離を置かない方が、とっさの時に対応しやすい。
そういう、判断だった。
魔力源から近い路上で、まず箒に乗る魔法少女隊の四人が旋回行動に移行する。
箒は、浮遊ボードとは違い、空中で静止するのは難しいらしい。
赤瀬が運転するランドクルーザーと八尾が乗るオフロードバイクは、その旋回行動の中心地付近で足を止め、乗員をすべて降ろしてから、車両をそれぞれの倉庫に格納する。
「わたしもいかなけりゃ、だめですかぁ?」
樋口和穂が情けない声を出す。
「なんだったら、一人でここに残っていてもいいぞ」
八尾はそういって、倉庫からいくつかの装備品を適当に取り出し、路上に積みあげる。
「戦力としてはあてにしてないから、安心しろ。
念のため、サイズの合うアーマーを選んで身につけておけ」
八尾自身も、手慣れた挙動で装備品を身につけていく。
「念のため、生徒会の方にもこの件を伝えておくな」
八尾がいった。
「このまま何事もなければ、それでいいんだが」
それと前後して空を飛んでいた連中も、一度地上に降りて合流した。
簡単な打ち合わせをするためと、それに装備品を変えるためだ。
これまでは、戦闘になる可能性は低いと考え、長く飛行することに適した、防風と防寒に重点を置いた服装をしていたのだが、それを戦闘重視の装備に変える。
とはいえ、空中戦を想定した魔法少女隊の装備はさほど物々しくもなく、見た目でいうとほの少ししか変わっていない。
ただ、本人たちにいわせると、対魔法抵抗力などが大きく異なるそうだ。
「物理攻撃に関しては、空中だと、命中すればそれで終わりなところがあるので」
重装甲にしても無駄だ、という。
この辺は、物理攻撃に特化した対空攻撃方法を持った何者かが出てこないことを、祈るしかない。
「敵対的ななにかが出る来る可能性、あるんでしょうか?」
左内が、心配そうな口調で訊いてきた。
「わからないな」
恭介は、正直に答えた。
「出て来るかも知れないし、来ないかも知れない。
まったく判断がつかないんで、備えておくに越したことはない」
我ながら、慎重というか無難というか。
とにかく、なにかあってから後悔するよりは、事前に可能な限りの準備をした上で、それが不要だったと安堵する方がいい。
恭介は、そう考えている。
「そうですか」
左内は、頷いた。
「それでは、森の中での行動に秀でた召喚獣を、適当に出しておきます」
トライデントの三人も、倉庫の中から装備品を出して身につけはじめた。
野外で服まで着替えるつもりはないので、そのままの服装の上からアーマーやヘルメットを身につけ、武器も出す。
「全員、準備はいいですか?」
吉良がいった。
「それでは、一回、バフをかけます」
全員の体に、数秒、エフェクト光がまとわりつく。
その光はすぐに消えたが、吉良によると、一時間弱、効果は持続するらしい。
「防御力とか力とか、魔法攻撃力とか。
諸々、多様な効果があると思ってください」
人間だけではなく、装備品に影響するバフもあるとのことで、出来るだけ武装した姿にかけるようにしている。
と、そのように説明された。
「では、いきますか」
彼方がそういうと、魔法少女隊の四人が再び箒に跨がって、空中に舞う。
この四人は魔力源まで先に移動して、その周囲を先ほどのように旋回して、魔力源の場所を他の者に示す役割を分担して貰う。
いわば、先行偵察隊なわけだが、他の連中と比べると、この四人の方が魔よほど、力関連の察知能力に秀でている。
四人の中でも特に、緑川が、魔力には敏感なようだ。
同じ魔術師というジョブについていても、細かい能力に個人差があるというのが興味深かったが、今はそちらの考察をしている余裕がない。
地上では、左内が召喚した連中がまず先行し、そのあとにトライデントの三人が続く。
戦闘職ではない八尾と樋口、最後尾に、ユニークジョブズの二人。
さらにその周辺にも、左内の召喚獣が数十体、護衛として少し距離を置いて、一行を囲んでいた。
左内が今回召喚しているのは、種族も大きさも姿もまちまちな数十体であるが、現在左内が召喚可能な総数は千体を超えるし、今以上に増やすことも可能だ、という。
「他のプレイヤー全員と戦争可能な戦力なのではないか?」
などと恭介は思うのだが、左内自身は闘争全般への意欲が薄く、日々好きな料理でも作っていれば満足、という平和な人格である。
それで、大いに助かっている部分もある。
仮に召喚士のジョブが他の、もっと野心的であったり凶暴なプレイヤーの誰かに割り振られていたとしたら、どうあがいても悲劇になる未来しか予測出来ない。
適材適所、という言葉の意味とは少し離れるが、召喚士がこの左内でよかった。
恭介としては、心の底からそう思う。
「えー。
魔力源付近の上空を、現在、旋回中ですが」
先行した赤瀬から、連絡が入った。
「割と、凄いことになっていますね。
ええと、なんか大きな穴が、ぽっかり空いてます」
「穴?」
恭介が、訊き返した。
「それは、物理的な穴、ってこと?」
「見た感じでは、そうなりますね。
ええと、そこだけ、森が丸く切り取られて、こう、黒くなっています」
「それ、地盤沈下か、陥没しているとかではなく?」
今度は恭介が、確認した。
「そういうには、ちょっと見えませんね」
赤瀬が答える。
「そういうのだと、崩れた斜面とかは、上からも確認出来るでしょ?
もっとこう、不自然な。
なんていうか、突然、そこにあったすべてがなくなっている、って感じです」
「ちょっと、想像出来ないな」
恭介がいった。
「上空でその穴の周辺を旋回して、しばらく旋回しておいてくれ。
おれたちも、すぐに着くから」
それから約五分後。
「これか」
恭介が、眼下に広がる虚空を見おろして、いった。
「確かに、これは異常だな」
虚空。
そこには、なにもなかった。
森も地面も見えず、それどころか、その他のなにも見えない。
「こんなことになるんなら、青葉を連れてくればよかったな」
八尾が、そんなことを口にする。
「残念だが、おれたちだけではなにもわからん」
「これ、穴、なんですよね?」
樋口が、疑問を口にした。
「ここにあった、木とか土とかはどうなんったんでしょうか?」
「さあ」
彼方が答える。
「まったくわからないね。
根拠ない推測するなら、この穴に飲まれた、ってところだろうけど」
「これに落ちると、どうなるのかな?」
吉良はそういって、足元からひとすくいの土くれを手指で掬いあげて、その穴の中に放り込んだ。
吉良の手を離れた土くれは、そのまま落下して穴の中に飲まれ、すぐに見えなくなる。
「どこかに落ちた音さえしないな」
八尾がいった。
「どうする?
ロープでも、垂らしてみるか?」
「全員、そこから離れる!」
緑川が、以外に切迫した声をあげた。
「そこから発してる魔力が、変動している!
すぐにそこから離れて!」
トライデントの三人は、すぐに反応して、来た方向に踵を返して動く。
八尾は樋口の腕を掴み、左内は吉良の体を抱えあげてそのあとに続く。
森の中を進む恭介たちの背後で、つまり、穴があった方で、なんともいえない、巨大な力が顫動する気配があった。
これが。
と、恭介は思う。
魔力って、やつなのか?
だとすれば、恭介が自身の知覚で魔力を探知した、最初の事例になる。
なんとも形容しがたい力の顫動は、それから数分間、続いた。
「どうなっているのか、上から見えるか?」
「ええと」
恭介が、上空の四人に訊ねると、代表して赤瀬が答えた。
「さっきまで穴があった場所に、なにかが出現しようと、しているみたいです。
ただ、その姿はブレていて、しっかりと見ることが出来ません」
「ブレている、ね」
恭介は頷いて、傍らの彼方に確認する。
「どういうことか、予想つく?」
「さあね」
彼方は、首を横に振った。
「あて推量だけなら、いくらでも出来るけど。
それよりも、もう少し様子を見て、あそこがどうなるのか。
実際に確認する方が、早いと思うよ」
「なんか、魔力の感じが」
緑川が、上空からそう伝えて来た。
「チュートリアルの時の、中央広場の感じに似ている」
「あの時の、中央広場って」
恭介はそういって、他の面子と顔を見合わせる。
「あの時みたいに、あそこからなにかが出て来るっていうのか?」
「似ている、というだけ」
緑川の返答は、にべもなかった。
「確証は、なにもない」
仕方がないな。
と、恭介も思う。
緑川にとっても、他の誰にとっても。
まったく、はじめての経験だ。
「えー。
なにが出て来たのか、判明しました」
赤瀬がいった。
「武装した、ファンタジー、ってか、中世っぽい武装をした集団、ですね。
結構人数が多くて、何人かはこっちを指さして騒いでいます。
服装と体格からして、どうやら二種類の集団が混在している模様。
この場合、どうすればいいんでしょうか?」




