異変源
恭介は今、上空十メートルほどの位置を浮遊ボードに乗って牽引されていた。
浮遊ボードとは、比較的最近、魔法少女隊が実用化したアイテムで、同じ空を飛ぶ道具でも推進力に主眼を置いた箒とは違い、姿勢の制御や安定性を重視した「空を飛ぶためのアイテム」になる。
ボードそのものには推進力はほとんどなく、強いていえば、重心を変え、ボードを傾けたりすることでその方向に移動する。
この運動は、魔法の句力によって相殺された、緩やかな落下の一種でしかない。
つまりこの浮遊ボードは、同一位置にずっと居続ける時くらいにしか、実用的な価値はなかった。
と、されている。
なぜ、その浮遊ボードに乗ったまま、腰にロープを結んで牽引されているのかというと、恭介自身は地上の様子を見て、大きな遮蔽物を見つけたら、その度にZAPガンなどでそれを排除する仕事に集中をしていたから、ということになる。
もともと、恭介はこれまであまり空を飛ぶ機会が多くはなかったし、箒に乗り、自分でそれを操作して移動しながら、地上の様子までモニターして適宜必要な作業をおこなう、などという作業も並行して実行可能なほど、器用でもなかった。
そこで、彼方が乗る箒に牽引されつつ、地上の遮蔽物処理作業を黙々とおこなう、という、今のスタイルになる。
森の外に続く道、といっても、正確には、道の残骸、であり、風化により路面は凹凸の激しい状態になっているし、それ以外に、倒木や下から持ちあがった根などによって、半ば森に浸食されているような有様だった。
道に状態は、ある程度までは許容するしかないのだが、あまりにも大きな遮蔽物などがあれば、後続の車両組のために除去しておいた方がいい。
そうしておかないと、何度も遮蔽物を始末するため、足を止める必要が出て来る。
他の、恭介以外の空中移動組は、箒に跨がって空を飛びながら、周囲を警戒していた。
これまで、プレイヤーの活動範囲は市街地を中心にして、そこからわずか数キロ圏内に限定されていた。
いや、ほとんどのプレイヤーは、市街地内部から出ることなく、生活している状態であり、市街地から離れた拠点に居住している恭介たちの方が、少数派になる。
これまで、ここまで市街地から離れた場所に来たプレイヤーは皆無であり、だから当然、なにが起こってもいいように、警戒はしておく必要があった。
「とはいえ」
恭介を牽引していた遥が、システムを介して通信で伝えて来た。
「今のところ、視界に入る限りは、ずっと森が続いている感じだね。
代わり映えしない、っていうか」
「あの市街地を作った連中は、今では完全にこの近くから引き払っているっていうことかな?」
「多分、ね。
なにか、人工物の痕跡らしきものとかも、今のところ、眼に入らない」
恭介が確認すると、彼方が答える。
「なんらかの遺跡みたいなのが他に残っていたとしても、それももう森に飲まれていると考えるのが、発想としては自然だろうね」
もしそうなら、その遺跡のありかを探し出し、本格的に調査するのは、当分は無理そうだな。
と、恭介は考える。
なんといっても、手間がかかりすぎる。
その割に、その調査によって得られるリターンが少な過ぎる。
多少、市街地を作った連中について知れたとしても、それによる実利はほとんどなかった。
だから、他のプレイヤーも、積極的に協力してくれることはないだろう。
「一度、休憩しないっすか?」
赤瀬が、通信で提案してくる。
「お客さんたちが、かなりグロッキーな状態なんで」
だろうな。
と、恭介は思った。
悪路を走行する車に長く乗り続けられるのは、三半規管が強い、ある種の適性がある者だけだ。
恭介たちが乗っていた時は、市街地と拠点の往復をするくらいだったから、比較的短時間で済んだのだが。
今回は、拠点を出てから、すでに一時間以上は経過している。
むしろ、今までよく保ったと、そう判断するべきだろう。
「いやあ、寒い寒い」
休憩場所に集合してから、遥がいった。
「上空、プラス、高速移動で、どんどん体温を持っていかれるね。
アドバイス通り、暴風対策きっちりしておいて、正解だったわ」
空中移動に関しては、一日の長がある魔法少女隊のアドバイスが参考になった。
それでなくてもここ最近、冷え込みが強くなっているのだ。
野外活動をする際には、使い捨てカイロを服の中に入れるのがデフォルトになっている。
「最近、なんか、いよいよ冬って感じになってますよねえ」
今度は魔法少女隊の青山が、口を開く。
「この世界にも、どうやら季節はあるようで」
「マーケットがあるから、冬ごもりの支度をせずに済んでいるよな」
オフロードバイクから降りた八尾が、そういった。
「食糧まで自力調達しなければならない仕様だったら、ほとんどのプレイヤーは今頃詰んでいる。
動物を狩るにしても数に限りがあるだろうし、それに、栄養が偏りすぎる。
一冬越せるだけの、人数分のカロリーを、短時間で調達することは、事実上、無理だろう」
「マーケットがあるから、ダンジョン攻略にかまけていられるって側面はあるな」
恭介も、その言葉に頷いた。
「ポイントさえあれば、飢えることはない。
その分、他のことを考える余裕が出来る」
この強制転移事件の、奇妙で、かつ、微妙に合理的な点だった。
恭介などが、
「この件を仕組んだ何者かは、明らかにおれたちを誘導しようとしている」
と考える、一因となっている。
少なくとも、無作為な自然現象だとは、考えられなかった。
「現地民の人、いや、種族的には、ヒトではないかも知れないけど。
とにかくここの、地元の人たちとコンタクトはしてみたかったなあ」
彼方がいった。
「好奇心だけではなくて、知識や技術の交換は、出来ると思うんだよね。
地元の人なら、農耕のノウハウなんかも、豊富に持っている可能性が高いわけだし」
「知的な生命体が存在したとしても」
恭介は、その希望に水を差すようなことを、あえて口にする。
「会話が出来ないかも知れないぞ。
それどころか、本格的に敵対する可能性も、大きい」
「言語に関しては、そりゃ、最初のうちは苦労するだろうけど」
彼方は、そう続ける。
「なにより、こっちには豊富な、ほぼ無尽蔵ともいえる物資があるから。
根気よく交渉すれば、交易と交流は可能だと思うね。
こちらのプレイヤーも、底あげがうまくいって、弱い人が少なくなっているところだし」
彼方は、実力行使による交戦の可能性を認めた上で、さらにその先の展開を予想しているらしい。
それまで交流がなかった集団が接触した時、交戦は、ほぼ避けられない。
というよりも、実働戦力に乏しい集団は、それだけで足元を見られるし、最悪、隷従を強要される。
今のプレイヤーたちならば、よほど強い集団が相手でなければ、おくれを取ることはないだろう。
「まあ、それも、相手が居ればってことだなあ」
八尾が、そうまとめた。
「今のところ、影も形も、気配すら、感じないが」
そういい終えた時、唐突に、森がざわめいた。
拠点とは反対側の、つまり、恭介たちが向かっている方向の森から、おびただしい数の鳥が一斉に飛び立ち、一瞬、その方向の空が黒くなる。
音などの異変は、誰も感じなかった。
空に飛び立った鳥たちは、そのまま四方に飛び去っていき、空はすぐに元通りになったのだが。
「あそこでなにが、起こっている?」
恭介は、疑問を口にした。
「ハルねー。
なにか、感じた?」
「ここからだと、なにも感じなかったね」
遥が即答する。
「鳥が飛び立ったのは、何キロか先みたいだし。
わたしの察知も、流石にそこまでは届かないよ。
なんなら、ひとっ飛びして、様子を見てこようか?」
「いや、いくんなら、全員で、だろう」
恭介はいった。
「なにが起きているのかわからない以上、少人数に分けるのは得策ではないと思う。
急いで対処する必要も、なさそうだし」
「あるいは、すでに手遅れになっているか、だよね」
彼方は、そういって頷いた。
「森に住む動物たちが、遠い場所まで移動したくなるなにかが。
どうやら、起こっているようだけど」
十分な休憩を取ってから、一行はさらに先に進んだ。
「うーん。
この近く、だとは思うんだけどなあ」
空を飛び続ける遥から、通信が入った。
「ただ、上空から見た限りでは、なんにも見つからないね。
いつもの森のまま、っていうか」
「どうする?」
彼方が、同じく通信を介して確認してくる。
「森の中を歩いて、なにかないか捜してみる?」
「いや、そこまで……」
する必要はないだろう。
そう続けようとした恭介の言葉は、唐突に割り込んできた緑川の通信によって遮られる。
「大きな魔力源、見つけた」
緑川が、平坦な口調で、そう告げる。
「かなり遠く、でも、ここからでも、そうとわかるほど、大きな魔力。
こんな現象、前例がない。
様子を見にいくことを、強く推奨する」
「だ、そうだ」
恭介はいった。
「その近くまで道なりにいって、近くまで出たら、そこから森に入ろう」




