調査遠征
「最近、罠にかかる動物がまた増えて来ててさあ」
朝食の席で、遥がそんなことをいい出す。
「少し前まで、ほとんどかからなくなっていたのに。
どうも、少し離れたところから、わざわざこの近くまで移動して来る動物が増えてるみたい」
「なにかの異変、その前触れなんかなあ」
恭介がいった。
「地震とかの前に、そういう行動する動物が居るって聞いたことは、あるんだが」
「わからないけど」
彼方が、そういう。
「用心だけは、しておいた方がいいようだね。
拠点内の設備を点検して、他の人たちに伝えて注意を喚起しておこうよ」
ここ数日、罠にかかる動物はほとんど居なくなっている。
罠の存在が近隣の動物に周知され、迂闊に近寄らなくなっていたのだ。
その事情が変わったとすると、遥が指摘したように、どこか他の場所からこちらに移ってきた動物が増えた、と、そう見るのが妥当であった。
「取り越し苦労だと、いいんだがな」
恭介は、本心からそうそうコメントした。
「ちょうどいい機会だ」
酔狂連にそのことを伝えにいくと、対応に出た八尾がそんなことをいい出す。
「少し落ち着いたら、森の外を探索しようと前々から思っていたんだよな。
それ、今、やっちまわないか?」
「森の外、か」
恭介は、考える。
確かに、この森がどこまで続いているのか。
その端の外にはなにがあるのか。
疑問に思わなかったといえば、嘘になる。
八尾もいっていたように、これまで、
「落ち着かなかった」
ので、探索する機会を見失っていただけだ。
今、ダンジョン攻略もどうにか先が見えてきて、トライデントのみだけに限っていえば、ここから別に攻略を急ぐ必要もない。
むしろ、休養を多くして、他のパーティに追いついて貰いたいくらいであり。
この機会に、森の外を目指してみる。
というのは、案外、いいアイデアにも思えた。
「個人的には賛成だけど」
恭介は、口に出してはそういった。
「一度持ち帰って、他の二人からも意見を聞いて、それから決めるよ」
「確かに、いい機会かも知れないね」
彼方は、そういった。
「この世界の、ここ以外の場所がどうなっているのか。
興味がないといったら、嘘になるし」
「どこにいくにしても、三人いっしょで行動した方がいいと思う」
遥は、そんな意見を述べる。
「今までの例から考えても、出先でどんなアクシデントがあるのか、まったく予想がつかないし。
魔法少女隊の四人にも、声をかけておこう。
あの子たちも居ると、なにかあっても対応の幅が増えるし」
確かにな。
と、恭介は思う。
声さえかければ、魔法少女隊の四人も、喜んで同行しそうな気がする。
なにより、ランドクルーザーを出して貰えるのが、大きい。
「そういや、足はどうする?」
恭介は、他の二人に確認する。
「魔法少女隊のランクルだけだと、全員は乗り切らないと思うけど」
「一台、適当なの買おうか?」
遥がいった。
「無免許で、習熟運転がてら、最初に遠出かあ」
彼方が、慎重論を唱える。
「買うとすれば、運転が簡単なのね」
「こんな環境だから、オフロード車にしておいた方が無難な気がする」
恭介も、意見を述べる。
「市街地からここまでの道は舗装されているけど、ここから先は未舗装のままだからね。
かなり、道の状態が悪いと思う」
舗装される前までは、市街地から拠点までの道も、かなり状態が悪かったのだ。
「……やっぱり、車を買うのはまたの機会にして、空を飛んでいかない?」
遥はあっさりと前言を撤回した。
「魔法少女隊の子たちが、安定して飛べる一人乗りの箒も作っているっていうし。
現状だと、それ使った方が快適かなあ、って」
「それも、いいかもね」
彼方が、そういって頷く。
「いずれにせよ、酔狂連の人たちとも再度連絡を取って、足並みを揃える必要はあると思う」
魔法少女隊は、四人全員。
酔狂連からは、八尾と樋口和穂。
それに何故か、ユニークジョブズの二人、吉良明梨と左内覇気までもがついてくる、という。
「食堂とか合宿場、大丈夫なの?」
遥が、左内に確認した。
「一応、作り置きは余裕を持っておいてきていますし」
左内はそう答える。
「いつも手伝ってくださる方に頼んでいますんで、留守中くらいは大丈夫なはずです。
こんな、なにが起こるのかわからない時こそ、お手伝いしませんと」
吉良の方は、仕事をしているのかいないのか、はっきりしない、すっかり拠点内ニートと化していた。
当人曰く、
「女子寮と風呂場の掃除、寝具の洗濯くらいはしている」
とのことであったが、逆にいうと、それ以外の仕事をしている様子を誰も見たことがない。
合宿所関連の仕事は、おおかた左内が取り仕切っていた。
その左内が大丈夫だというのなら、問題はないのだろう。
「他はともかく」
彼方が吉良に視線を向けて、そういった。
「吉良さんが同行するとは、思わなかった」
「酔狂連の他の人たちが多忙なので」
吉良がいった。
「仕方がなく、というか。
多少の手伝いくらいは出来るかと」
この吉良明梨も、基本的には、酔狂連の生産拠点内に隠れて出てこない。
恭介たちが吉良の姿を実際に目にするのも数日ぶりであり、今回の調査にも出て来るとは思わなかった。
「最近、うちの方にも頻繁に人が来るようになってなあ」
八尾がいった。
「それも、風紀委員とかSソードマンの女子とか、この樋口の知り合いが、割とよく来るんだわ。
で、なにかの間違いで鉢合わせするのもばつが悪いから、それを避けるために参加するらしい」
「はあ、なるほど」
恭介は、要領の得ない返事をする。
「いや、女子寮チーム(仮)の関連で、なにかあったとは聞いているんですけどね」
顔を合わせづらくなる、何事かがあったらしい。
樋口に関しては、その程度のことしか、恭介たちは聞いていない。
「でも」
と、彼方は、疑問を口にした。
「女子寮チーム(仮)って、一時期はやたら人数が多くなかった?
関係者全員から、いつまでも隠れ続けることって、あんまり現実的ではない気がする。
いずれは誰かに見つかる、っていうか」
「わ、わかってますけどぉ」
樋口は、情けない表情をして、そういった。
「まだちょっと、気持ちの整理がついていなくて」
人それぞれ、だな。
と、恭介は思う。
もちろん、そうした個人的な事情に、自分から関わろうとするほど、恭介たちも物好きではなかった。
ランドクルーザーは、運転手の赤瀬とユニークジョブズの二人、それに樋口が乗ることになった。
魔法少女隊とトライデントは全員、箒で。
八尾は、わざわざオフロードバイクを購入して、それに乗って同行するという。
基本的に、不整地でのランドクルーザーの乗り心地を知っている者たちは、なんのかんのと理由をつけて乗らないように努めているようだ。
「調べるって、なにを調べるんです?」
出発する前に、赤瀬が質問した。
「それがわからないから」
彼方が答える。
「時間で区切って、動こうと思う。
三時間ほど、外に向かって進んで。
そこまで、何もなかったら、あるいは、なんらかの障害があって先に進めなかったら、そこで引き返そう」
調査、とはいっても、明確な目的があるわけでもない。
「なにがあるのかわからないから、とりあえず、現地に足を運んで確認してみよう」
程度の、軽い遠征になる。
初日ではあるし、まずは日帰り可能な距離に限定する予定だった。
「なにも見つからなかったら、ピクニックみたなもんですね」
「本当に、なにも見つからないといいんだけどね」
彼方はそういって、頷いた。
「ただ今日は、恭介が同行しているからなあ。
なにが起こっても不思議ではないから、そのつもりで覚悟だけは決めておいて」
この世界に来て以来、恭介がはじめての場所に足を運ぶと、必ずといっていいほど、何事かが起こっているのだ。
彼方などは、
「見方によっては、便利な体質だよね」
などと評すほど、慣れっこになっているのだが。
ともあれ、こんな感じで一回目の調査遠征ははじまった。




