寅のダンジョン攻略
「次は、罠のダンジョンにいこうか」
謹慎が解けた途端、恭介はそういい出した。
「丑、だったっけ?
競合するパーティが少なそうだし、攻略に時間がかかりそうだし」
「時間は、かかるでしょうね」
遥はいった。
「なんでも、二百メートル進むごとに、なんらかの罠があるとか」
「落とし穴的なのが、多いって聞いている」
彼方も意見を口にする。
「浮遊魔法を使えば、大半はクリア出来そうな気もするけどね」
トライデントの三人も、この時点で魔法少女隊から浮遊魔法の使い方を教えて貰い、ある程度は使えるようになっていた。
「でも、競合が少ないって点は、どうだろう?
あのダンジョン、結構人気あるって聞いているけど」
「そうなのか?」
恭介が訊ねる。
「罠だらけのダンジョンって、ひたすら面倒臭そうな気がするけど」
「いや、だからさ」
彼方が説明した。
「クリアを目指すのではなく、あくまでその罠自体が目的で。
アトラクション感覚、っていうか」
「なるほど」
恭介は頷いた。
「なら、順番待ちはするわけか」
「別のダンジョンにしない?」
遥が提案する。
「寅、酉、午のどれか、とか」
「他のパーティが攻略したダンジョンか」
恭介は意見を述べる。
「別にそっちが先でもいいけど。
まあ、ダンジョンの情報は豊富にあるしなあ」
寅のダンジョンは、魔法少女隊が最初に攻略した、虫系のモンスターばかりが出没するダンジョン。
酉のダンジョンはユニークジョブズが、午のダンジョンは酔狂連が、それぞれ初日に攻略している。
一度攻略されたダンジョンは、他のパーティもあとに続きやすいらしく、その後にもいくるかのパーティが攻略を完了させていた。
この三つのダンジョンは、この時点で、
「パーティが最初に攻略完了しやすい、初心者向けダンジョン」
と呼ばれていた。
「その手のダンジョンに、おれたちが割り込むのもなあ」
恭介は、正直、あまり乗り気ではなかった。
「他の人たちの、邪魔にならないかな?」
「どのダンジョンも、毎日順番待ちになっているわけでさ」
遥はいった。
「割り込む、ってことは、ないと思うけど。
別に、特別扱いされているわけでもないし」
「それに、中に入るポーティによって、モンスターの強さが変動する、みたいな噂もあるしね」
彼方は、そういい添える。
「他のパーティにとって難易度が低く感じたダンジョンでも、ぼくらが入って同じように感じるかどうかは、わからない」
「それもそうか」
恭介は納得した。
「順番はともかく、いつかは攻略するわけだしな。
どれを先にしても、大して変わらないか」
というわけで、トライデントはまず、寅、酉、午の三ダンジョンの攻略を目標に設定する。
その日のうちに三人は、市街地の中央広場に移動し、そこで三ダンジョンの様子を確認。
一番、待機列の短かった寅のダンジョンへと向かう。
「虫のダンジョン、か」
「魔法で蹴散らして進めば、問題はないはず」
「恭介の、奇禍を引き寄せる呪いが発動したりしなければ、ね」
「ちょっと。
縁起でもないこといわないでよ」
順番待ちをしながら、三人はそんな会話をして過ごす。
待機列は短く、待ち始めてから一時間もかからずに三人の番になる。
「一パーティ当たりの滞在時間、短すぎない?」
遥が疑問の声をあげる。
「中に入ってみれば、なにが待っているのかわかるよ」
恭介はそう答えた。
「否が応でも」
三人は扉にてのひらを押しつけ、ダンジョンの中に入る。
「なるほど」
恭介は周囲の光景を確認して頷く。
「確かに、虫だらけだな」
初日に、風紀委員がこのダンジョンに入って、即座に出て来たのだった。
幸いなことに、この三人は風紀委員の新城ほど、虫に嫌悪感を抱いている者はいなかった。
「とはいえ、あまり愉快な光景というわけでもないんだけどね」
遥がいった。
「キョウちゃん。
一度、全部焼き払っちゃって」
「出来るけど」
恭介は、そう応じる。
「酸素とか、大丈夫かな?」
自分の魔法が原因で一酸化炭素中毒、とか、間抜けにもほどがある。
「大丈夫なはず」
彼方がいった。
「ダンジョンは広大だし、ちょっとやそっとじゃ、どうにもならないよ。
これまでも、酸欠で放り出されたプレイヤーとか、居ないはずだし」
「それじゃあ、目につくところ、片っ端から焼きながら進むか」
恭介はそういって、倉庫から杖を取り出す。
進捗状況は円滑だった。
円滑すぎた、というべきか。
これまでと比較すると、だが。
「これ、みんな早くに出て来たの」
遥がいった。
「このダンジョン、どこでも切りあげられるからだね。
多分、だけど」
「モンスターは、こちらに襲いかかってくるけど、初歩的な魔法をおぼえていれば、楽々対処可能だしねえ」
彼方が、そう応える。
「自分のペースで進めるし、さして苦戦をするところもない、っていうか」
「あとは、地形だな」
恭介が、そういう。
「ほら、出て来た。
以前にも見た、階層差だ」
この三人は、この寅のダンジョンに、一度挑んですぐに出て来ている。
高さ数十メートルという高低差がダンジョン内部にあり、以前の三人はなんの準備もしていなかったので、すぐに引き返していた。
だが、今回は、浮遊魔法をおぼえているので、この手の高低差によってゆくてを遮られるということもなかった。
まず、下の階層を恭介が火魔法で一掃し、その上で、三人が浮遊魔法を使って漂うようにして、下に降りる。
「あっけない」
遥が、そういう。
「前に引き返したのは、なんだったのか」
「浮遊魔法がもっとポピュラーになれば」
彼方がいった。
「ますます難易度がさがりそうだよね、このダンジョン」
「この調子で、先に進むぞ」
恭介は杖を掲げながら、そう続けた。
「出来れば今日中に、攻略完了したい」
そんな調子で、特に困難に直面するということもなく、三人はダンジョンを進んでいく。
何度か階層をくだり、四時間ほどをかけて深層へと進み、見覚えのある大きな扉がある場所まで出た。
「この扉は、どのダンジョンも共通なんだな」
恭介がいった。
「魔法少女隊の四人は、ここのマスターはオオムカデとかいっていたっけ?
準備が出来たら、両側から開けて。
おれは、まず大きな魔法をぶち込む」
「了解」
「はいはーい」
彼方と遥はほぼ同時に返答し、両開き扉の、左右に取りついた。
何度か同じようなことをしてきているので、三人とも動作が手慣れている。
「いつでも開けていいよ」
恭介が杖を掲げながらいった。
「そんじゃあ」
「いっせーの、せ。
と」
これまでの行程と同じく、寅のダンジョンマスター戦も、特に苦労はしなかった。
強いていえば、生命力が強く、なかなか倒れないあたりが苦労といえば苦労だったが。
それは、とにかく時間さえかければ解決する。
それよりも、恭介が立て続けに大がかりな火魔法を連発していたおかげで、反撃らしい反撃が来る様子もなく、他の二人が暇を持て余していた。
仕方がないから、遥と彼方も杖を持って、ダンジョンマスターに適当な魔法を連発する。
二人とも、恭介ほど極端に大きな効果は望めないものの、一通りの攻撃魔法は使えた。
「この追加攻撃、意味あるのかなあ?」
「さあね」
遥の疑問に、彼方が答える。
「多少の時短には、なっているんじゃないかなあ」
三人がかりの魔法攻撃を開始して一時間以上経過してから、ようやく寅のダンジョンマスターは力尽きる。
『寅のダンジョンが攻略されました』
毎度おなじみのアナウンスが、今回も三人の脳裏に響いた。
「出るか」
「そうだねー」
「戦利品の確認なんかは、拠点に戻ってからにしよう」
これまでで一番、「何事もなかった」攻略ではないのか。
今回はとにかく、本当に楽に攻略が完了した。
という、感触がある。
「なんにせよ」
恭介が、そんなことをいった。
「今回は、呪いが発動しなかったようで、よかった」
これで、トライデントが攻略したダンジョンは八つめ。
未攻略のダンジョンは、残すところ四つとなる。




