見舞客
インターフォンが鳴ったので出てみると、酔狂連の八尾と岸見だった。
「見舞いに来たぞ」
というので、とりあえず中に招き入れる。
「安静にしておけ、とは、いわれてはいるけど」
お茶を入れながら、恭介がいった。
「外傷は、回復術で治っているからなあ。
実質、謹慎処分なんだよ」
わざわざ見舞いにまで来られると、仰々しく感じてしまう。
「その辺の事情は、一通り、聞いている」
八尾は、そう答えた。
「まあ、たまには、しっかり休んでおけ。
なんだかんだでお前は、他のプレイヤーが束になっても敵わないほどの実績をあげているんだから。
多少休んで、他のプレイヤーが活躍する余地を与えても罰は当たらないさ」
「今日、伺ったのは、ですね」
テーブルの上に果物の盛り合わせを置きながら、岸見がいった。
「謹慎の元になった、亥のダンジョン攻略。
攻略したということは、亥のダンジョンマスターと交戦した、ということですよね?」
「そうみたいです」
恭介は、頷く。
「とはいっても、その時は狂戦士のジョブになっていたんで、記憶はないんですけど」
「それについても、うかがっております」
岸見は、いった。
「その時に身につけた装備品など、まだ残っていますでしょうか?」
「ああ、はいはい」
恭介は倉庫の中から、当時身につけていた装備品を取り出す。
「捨てたおぼえもないから、まだ残っているはず。
あった。
ええと、汚れているから、床の上に置きますね」
恭介は取り出した装備品を、床の上に並べた。
手甲、胸あてあたりはよかったが、フェイスプレートが粉砕され、一部が大きく凹んだヘルメットが出て来ると、岸見と八尾は息を飲んだ。
「お前さん、よく生きていたなあ」
八尾は、呆れたような口調で、そういう。
「このメットがこの損傷ってことは、相当な力を食らっているはずだぞ」
「なんとか意識はあったんで、自分で回復術をかけたら、どうにか、ここに帰ってこれる程度には回復した」
恭介は、淡々と事実を伝える。
「ただ、脳とかにどれくらいダメージが残っているのかは、知りようがないのがなあ。
この世界には、MRIもないし、それを操作する医療技師とかもいないわけだし」
「いや、本当によく生きて帰って来られましたよ」
岸見が、そう告げる。
「このヘルメット、うちの最新型なんですが。
このサイズでは、今の時点で可能な限り強度を高めた製品で。
よほどの衝撃がなければ、これほど壊れることはないんですが。
これでも危ないとなると、素材と設計思想から練り直す必要がありますね」
「うーん」
恭介は、意見を述べた。
「おれだから、危なかった。
という側面もあるんじゃないかな。
同じ敵に対しても、ハルねーならまず攻撃を受けることがないし、彼方だと、攻撃を受けてもたいしたダメージにはならないし。
おれ、防御力とか体力、それに、俊敏さは、そんなに育ってないからなあ」
「あのなあ」
八尾が、こめかみの辺りを指先でこすりながらいった。
「そもそもその二人だったら、ダンジョンマスターのところにまでたどり着けないだろう。
あの亥のダンジョンは、かなり特殊な性質を持っているそうだから」
「あそこまで辿り着けたのは、馬酔木くんの幸運値があったことと、それに自動で敵を求めて動いてくれる、狂戦士というジョブがあったこと、でしょうね」
岸見も、そうつけ加える。
「この二つの要素がなかったら、ダンジョンマスターのところまで行き着けないんじゃないでしょうか?
今後も、あのダンジョンを攻略するプレイヤーが出て来るものか。
かなり、疑わしいと思います」
「そうですか」
恭介は素っ気なく答えて、来客二人の前にお茶を入れた湯飲みをおいた。
「なんか。
あなたはこれだけ異常ですと、そう力説されても、素直に頷きたくはない心理が働きますね」
「ああ、これはどうも」
岸見は、素直に謝罪する。
「すいません。
つい、力がこもってしまって」
「当人の自己認識はともかく、だ」
八尾が、そう続ける。
「お前さんは、異常といういい方が悪いのなら、極めて例外的な存在になるわけだからな。
その点は、自覚しておいた方がいい」
「あれだけ、引かれたり呆れられたりするとねえ」
恭介は、苦笑いを浮かべながら、そういう。
「自覚しようがしまいが、否が応でも思い知らされる、というか」
あれだけその手の反応を見せつけられて、自分が異常な存在であると、自覚が出来ないわけがない。
「その異常さは、おれたち全プレイヤーの希望でもある」
八尾は、そう明言した。
「現に、お前さんは、これまでもお前さんにしか出来ないことを成し遂げてきたんだ。
そいつは、誇ってもいい。
周囲からどんな奇異な視線を送られたとしても、実績が消えることはない。
ましてや、こんな異常な状況下だ」
「それで、どうしますか?」
岸見がいった。
「次の防具は。
今までと同じ製品でしたら、今すぐご用意できますけど。
これ以上の性能を求めるとなると、しばらく開発期間を頂きませんと、正直、厳しいです」
「いや、別に、今のと同じ性能のでいいでしょ」
恭介は、軽い口調でそういい放つ。
「駄目だったら、聖女様に頼んで生き返らせて貰うだけで」
「いや、だからな」
八尾が、いった。
「たとえ自分の命でも、だ。
軽々しく扱うなよ。
聞いているこっちが、反応に困る」
結局、二人は前とまったく同じ製品を一揃い、置いていった。
料金を支払おうとしたら、
「見舞いだ」
といって、断られる。
「トライデントがもたらす素材は、貴重だからな」
八尾は、そんな風にいっていた。
「この程度の協力は、させて貰おう」
「それで、別件になるんですけど」
岸見が、そう続ける。
「亥のダンジョンで、なにか珍しいアイテムとか素材、見つけませんでしたか?」
「そういうのは、なかったはず」
恭介はシステム画面を開いて、倉庫の中身を確認する。
「半分くらいは狂戦士だったんで、よくおぼえていないってのもあるけど。
別に特殊なアイテムや素材なんかは……うん。
ないね」
「そうですか」
特に落胆した様子もなく、岸見は頷く。
「そういうことも、ありますよね」
「ジョブチェンジの宝玉と、それに、レベルリセットの宝玉が一戸ずつ増えているなあ。
これは、あとで欲しい人がいないか確認して、いないようだったらオークションにでも出そう」
恭介は、そう続けたが、岸見も八尾も、この言葉には反応しない。
そうしたアイテムは、自分たちの専門分野の外にあるからだ。
「あ」
恭介が、小さく声をあげる。
「どうかしました?」
「ステータス画面に、変な表記が増えている」
「なんて書いてある?」
「■■の呪い、だって」
「呪いかあ」
八尾は、軽くため息をついた。
「デバフ状態、ってことなのかな?
なにか、説明とかはないのか?」
「■■を倒した事績により、以後しばらく、奇禍に遇いやすくなるであろう。
だって」
「奇禍に遇いやすく、ですか」
岸見は、そういって首を傾げる。
「それって、今までと、あまり変わりないように思えます」
「違いない」
八尾は、岸見の言葉に頷いた。
「お前さんほど、奇禍とやらに遭遇しているプレイヤーは、他にはいないだろうよ。
まあ、どうしても気になるというのなら、その手の専門家にでも相談してみるんだな」
「その手の専門家?」
「いただろう」
恭介が訊き返すと、八尾は、そう続けた。
「バフとか、デバフの専門家。
付与術士が。
あいつに訊ねてなにもわからなかったら、他のプレイヤーにあたってもなにもわからないと思うけどな」




