トップパーティの実態
「本当にこの弓で、ワイバーンとか落とせたの?」
内海が、不審そうな表情でそういった。
先に恭介の射撃の腕を確認していた楪は、別段不思議にも感じていないようだったが。
それでは、と、恭介は内海からそのまま弓を受け取り、それを上に向けて弦を引き、放す。
ここから五十メートル以上離れた演習場の敷地内に、半径十メートル以上はある、かなり巨大なクレーターが出現した。
「ふぇ?」
「おい」
内海と奥村が、それぞれに声をあげる。
「え?
あの、あれ。
攻撃、なの?」
「やり過ぎだろ」
内海は狼狽し、奥村は呆れている。
「不信感を持ったままだと、なにを教えられても身が入らないだろうしね」
恭介は、弓を倉庫にしまいながら、そう説明した。
「さて。
ちょっと、土魔法であそこを整地してくる」
残された二人は、それぞれ、自分の感情を整理するのに手一杯に見えた。
しばらく、頭を冷やす時間を与えておいた方が、いいだろう。
一人、楪だけが、なんだか達観した様子でうんうんと頷いている。
その後、三人には、射撃訓練と走り込みを交互にして貰う。
どちらも基本的な訓練であり、他のことを教える前に、ある程度は出来るようになって貰いたかった。
空調つきの甲冑を着込んだ美濃は、他の三人よりも体力はあるのか、あれからずっと走り続けている。
ジョブの影響は、本人の資質なのかは判然としなかったが、持久力があるタイプが一人でも居てくれたのは、幸先がいい。
タンク役が粘り強くないと、パーティ全体が弱くなるからだ。
三人とも拳銃の腕がそこそこあがり、四人全員がそこそこにバテて来たところで、その日の訓練を切り上げる。
開始してから三時間ほどしか経過していなかったが、こんなものは長時間やればいい、というものでもない。
むしろ、やり過ぎると体の負担が大きすぎて、弊害の方が大きいくらいなのだ。
「初日だし、もう少し、軽く済ませもよかったんじゃないかなあ」
遥が、そういった。
「真っ先に走り込みやらせたねーちゃんが、それをいう?」
彼方が、反発する。
「正直、レベルアップによる体への影響がよくわかっていないから、加減がわからないって部分はあるんだけどさぁ」
「やってしまったものは、仕方がないよ」
恭介は、無責任にもそういった。
「あとは、訓練を受ける側の意志に任せよう」
そもそも、トライデントの三人は、今回の件には、あまり乗り気ではない。
楪から取引を持ちかけられたから、しぶしぶ引き受けた形である。
Sソードマンの人たちが、今日ので懲りて訓練を中断するというのなら、それはそれで構わなかった。
「あのー」
走り込みを中断させ、今日の訓練は終わりだと告げると、楪が片手をあげて質問する。
「あの合宿所に、泊めさせて貰ってもいいっすか?
市街地に戻る体力、残ってないっす」
見れば、全員が、汗だくになっていた。
いや、ゴツい甲冑を着込んでいる美濃に関しては、どういう状態かわからなかったが。
「おれたちよりも、左内くんに直接確認して」
恭介は、そう答える。
「合宿所の管理は、ユニークジョブズの担当だから」
「あと、もうひとつ」
楪は、質問を重ねる。
「六本腕か、ドラゴン。
うちらでも、そのどちらかを倒せそうですか?」
トライデントの三人は、顔を見合わせる。
「ドラゴンは、正直、わからないよ」
代表して、彼方が答えた。
「ぼくたちだって、どうにかこうにか倒せた相手。
再び挑んでも、勝てるかどうかはっきりしない相手だし。
ただ、六本腕の方は、可能性はあるかなあ。
ぼくたちがあれを倒しあぐねていたのは、結局、当時のぼくらに物理攻撃力が足りていなかったせいだし。
その点、君たちは、魔法よりも物理攻撃に重点を置いたパーティだから。
十分に仕上げれば、倒せる可能性は大きいと思う」
「なるほど」
楪は、その言葉に大きく頷く。
「よく、理解出来ました」
割と、野心的な子なのかも知れないな。
と、恭介は思う。
「ふぅ」
背中のハッチが開いて、ゴツい甲冑の中から美濃が出て来た。
「うわぁ!」
「汗が、だぼだぼ」
「うひひ」
何故か、美濃は笑って見せた。
「これ、背中の空調ファンは回っているんだけど、動き回ると結構蒸しますねえ。
しかも、したたり落ちた汗が、足元に溜まる溜まる」
「きったな」
内海が、正直な感想を口にする。
「そういう改良点を報告するのもコミで、酔狂連さんに安く譲って貰ったわけで」
そういって美濃は、また低い笑い声をたてた。
アドレナリンが回って、少しハイになっているのかも知れない。
「でも、これ、思ったよりもよさそうですね。
自分が巨大な壁になって、好きに動けるような感じなんですから」
「これ、武器とかどうするの?」
恭介が、素朴な疑問を口にする。
「このサイズだと、普通の武器とかはかえって扱いにくいでしょ?」
「剣と盾、それに、弓は、このサイズ用のを作っているとのことです」
美濃は、そう答える。
「それもセットで開発していると、酔狂連さんはいっていました。
銃器に関しては、引き金のところに指が入らないんで。
どうしても使う必要が出て来たら、肩か腰の部分に銃座を固定することになる、とか」
「その場合、リモートで操作するってこと」
「らしいっすね」
「個人仕様の戦車だな」
彼方が、呟く。
「この甲冑を使いこなせる人が入っているだけで、パーティの安定度がかなり違ってくる」
中に入る人間の能力次第だが。
酔狂連も、割合とんでもないものを作った気がする。
「全員がこれを着たパーティでも、ドラゴンさんは倒せませんか?」
楪が、訊ねて来る。
「多少は有利になるけど、これだけでは難しいかな」
遥が、答える。
「なんというか、あれは、存在の格からして、普通の人間とは違う感じだから。
それに、この甲冑があのブレスに耐えられるかどうか、わかんないし」
「なにより、これだけでは、耐久力が多少あがっただけで、別に攻撃力があがったわけではないからなあ」
恭介は、そう続ける。
「あのドラゴン、すっごく硬いよ。
並大抵の攻撃では、あの硬い鱗を通らない」
「そんなもの、どうやって倒したのよ」
内海が、疑問を口にした。
「腹の下で、ダイナマイト何本か破裂させて」
恭介は、たんたんとした口調で説明する。
「その上で、こう、これくらいの大きさの魔石を手で持って、腹の下に差し入れて。
魔石に内蔵されていた魔力を、全部一気に暴走させたんだ」
Sソードマンの四人は、しばらく無言になる。
「えっと」
少し間を置いて、美濃が口を開く。
「その大きさの魔石、だと。
その魔力を全解放させたら、とんでもないエネルギーが、暴走すると思うんですけど?」
「実際、そうなったな」
恭介は、ことなげに頷いた。
「いや、普通、死ぬでしょ!」
楪が、大きな声を出す。
「普通の人間が、間近にそんな魔力暴走に触れたら!」
「まあ、普通に死にかけてたしね」
半眼で恭介を睨みながら、遥がいった。
「酷いもんだったよぉ。
全身、真っ黒こげになって。
かろうじて息はあったんで、彼方と二人がかりで回復術をかけ続けたんだけど」
「お前ら、狂っているよ」
ぽつりと、奥村が呟く。
「正気の沙汰じゃない」
「まったくの同感だけど、狂っているのは恭介だけだから」
彼方は、そう応じた。
「ぼくらは、恭介の暴走につき合っているだけだし」
「つき合えているだけでも、十分に凄い気がする」
美濃が、いった。
「いや、これ。
トライデントが何故、他のパーティの追随を許していないのか。
すっごく、理解出来るっていうか」
「そんなもん、追随したくねえよ」
吐き捨てるように、奥村がいった。
その感覚は、かなりまともだ。
と、恭介も、思う。




