ゴツい鎧、居合い、魔力弓
恭介が左内に確認をしてから、内海は楪に肩を貸してもらって、よたよたとした足取りで、二人して女子寮の方に歩いていった。
それと入れ替わりに、三人の人影が射撃場の方に向かって来る。
三人、ではあったが、より正確にいうのなら、二人といかつい一人、ということなるのかも知れない。
「どうしたの、その格好」
三人が近くまで来たところで、遥が問いかけた。
「消去法でいうと、中に入っているのは美濃ちゃんだよね?」
「美濃でぇーす」
そういっていかついのが、両手でピースをしてくれた。
「酔狂連で、これを勧められましたぁー」
身長二メートルを超えるゴツい全身鎧の中から、ぐぐもった声が聞こえてくる。
「鎧というより、ロボット。
いや、パワードスーツっぽい外見だな」
恭介は、それを見た感想を簡潔に述べる。
「実際、いくらかはパワーサポート機能もあるって」
彼方が、説明をしてくれる。
「バッテリーがあまり保たないから、普段は機能オフしているそうだけど」
「連中、どさぐさに紛れてこんな趣味なものを作っていたのか」
「どさぐさに紛れて、って。
趣味だとは思うけど、これはこれでニーズがあるんじゃないかな?
それに、装甲とか甲冑関係だけでも、相当数のバリエーションを用意しているそうだし。
これも、あくまでそのうちの一種類、ってことなんでしょ」
「これ、防御力は大丈夫なのか?」
「戦車には劣るけど、防弾リムジンよりはよほど壊れにくい。
だ、そうだよ」
「その比較が、よくわからない」
「実は、ぼくもそう」
「ねえ、中の人。
美濃さん」
ぐだぐだと会話を続ける男子勢には構わず、遥は、ゴツい全身鎧に語りかける。
「それ、どう見ても可愛くは見えないんだけど。
あんたは、それでもいいの?」
「えー。
これ、格好いいじゃないですかぁ」
美濃は、そう答えて全身鎧を身震いさせた。
「なにより、この中、意外に快適なんですよ?
空調が効いていて」
「そうか、そうか」
遥は、頷いた。
「それでは、その格好のまま、演習場の外周を走って来て」
「ええ?」
ゴツい全身甲冑は、驚きの声をあげる。
「あんな広い場所を、一周ですか?」
「一周ではないから」
遥はにこやかに笑って訂正した。
「体力が切れる限界まで、走り続けて。
空調が効いているその中なら、生身よりは長く走れるだろうし」
「他の二人はどうしたの?」
「今、休憩中」
彼方の問いに、恭介が答えている。
「内海さんが全身汗まみれになっていたんで、楪さんにつき添って貰ってシャワーを浴びにいってる」
「ああ。
ねーちゃん、体育会系だからなあ」
「で、そっちの男子は、目当ての装備は揃えられたの?」
遥は、外野の雑音を気にせず、今度は奥村に語りかける。
「ああ」
奥村は頷いた。
「なんとか、な。
予備の武器も含めて、結構な散財になったが」
「ポイントなんて、あとでいくらでも稼げるでしょ」
遥はいった。
「どうする?
あんたも走る?
それとも、居合いとかの練習でもする」
「居合いの練習を、したいな」
奥村はいった。
「思えば、このスキルはこれまで、ろくに使う機会もなかった」
「そう」
遥は頷く。
「で、どっちが相手をする?」
「そりゃ、彼方だろう」
恭介が即答した。
「おれとハルねーは、紙装甲だし。
攻撃を避けてたら、練習にはならないし」
「ということで、彼方、よろしく」
「はいはい」
彼方は、素直に頷いてから、自分の倉庫から巨大な盾を取り出した。
「それでは、奥村さん。
向こうで、少し練習、してみますか」
しばらく、奥村の攻撃を、盾を構えた彼方が受け止めていた。
「どんな感じ?」
「普通の攻撃より、居合いの方がかなり強い」
しばらくして、恭介が訊ねると、彼方は答える。
「体感で倍くらい、威力が違うかな」
「平然と、受け止めているんじゃねえ」
奥村が、そういう。
「これ、結構疲れるんだぞ」
確かに奥村は、かなり汗をかいているようだ。
「それ、連撃って出来るのかな?」
恭介がいった。
「あと、実戦で使う想定なら、様々な体勢から、いつでも出せるようにしておいた方がいい」
「お前」
流石に足を止めて、奥村は恭介を睨む。
「これ、疲れるって、いってるだろ」
「だから、慣れてください」
恭介は涼しい顔で答えた。
「出し惜しみしているうちに全滅したら、どうするんですか?
いつでも、どんな時でも出せるようになってはじめて、実用技になるんです」
「簡単に、いってくれるな」
絞り出すように、奥村がいった。
「お前のチート弓じゃねーんだぞ」
「チートなのは、弓ではなく恭介自身、なんだけどね」
彼方が、余計なことをいう。
「あの弓、他の人が使って、あんなに極端な威力は出ないんですよ」
そういわれた奥村は、一瞬、硬直した。
「……そう、なのか?」
「ええ、まあ」
恭介は、あっさりと頷く。
「元はといえば酔狂連が作った試作品で、作った本人もあの威力に驚いていたくらいですから」
事実は事実なので、仕方がない。
そういう風な、淡々とした口調だった。
「なんでも、魔法の効果には、かなりの個人差があるそうで」
恭介は、そう続けた。
「お疑いなら、一度、この射撃場であの弓を使ってみますか?」
「疑うわけではないが、納得がいかない」
奥村はいった。
「一度、試させて貰えるか?」
「で、今度はなにしてるの?」
帰って来てそうそう、楪が訊ねて来る。
「キョウちゃんの弓、奥村が試してみるって」
遥が、簡潔に説明した。
「あの、ちょー強力なのを?」
楪は、ドン引きしている。
「あんなのに使わせちゃって、大丈夫なんすか?」
「大丈夫、な、はずなんだけどね」
彼方がいった。
「あの弓、特注とかじゃあなくて、普通の魔力弓だから。
他の人が使っても、たいした威力にはならないはず」
「ふぇ?」
楪の顔が、驚きに歪む。
「そ、そうなんですか?」
「おそらく、武器関係だけではないと思うけど」
彼方は、説明を続けた。
「魔力を使うアイテムの威力は、どうも属人性が強いらしいんだ。
そう、説明されている」
「なに?
今度はなにやってんの?」
楪よりも少し遅れて来た内海が、楪に説明を求めた。
「うちのリーダーが」
うんぬん、と、楪がたった今聞いたばかりの情報を、かいつまんで内海に伝える。
「ところで、これまで、弓を使った経験は?」
「ない。
皆無だ」
射撃場に立った恭介と奥村は、そんな会話をしている。
「まあ、大丈夫かな?
おれも、ぶっつけ本番だったし」
短く考えた末、恭介は、そう結論する。
少なくとも、大爆発とかはしないだろう。
「まあ、見よう見まねで、引いてみてください」
何度か使ってみれば、奥村も納得するだろう。
「そうする」
奥村は軽く頷いて、恭介から渡された弓を標的に向けて引く。
「思ったよりも、軽いな」
「質量ゼロの魔力を飛ばす弓、ですから」
「そんなもんか」
そのまま、弦を放す。
弓は戻ったが、遠くの標的に変化は見られなかった。
「外れた、のかな?」
恭介は、首を傾げる。
「いや、今のは、空打ちだと思う」
奥村はいった。
「魔力というものを込めずに、そのまま指を放しただけだ。
というか、魔力を込めるというのが、よくわからん」
「ああ。
はいはい」
恭介は、そういって頷く。
「ちなみに、奥村さん。
これまで、魔法を使った経験は?」
「ほとんど、ない」
奥村は断言した。
「必要に迫られた時に、何度かあるだけだ」
「なるほど」
恭介は、頷く。
それでは、
「魔力を込める」
といわれても、わからないか。
「あー、もう!」
楪が、割り込んできた。
「リーダー!
なにやってんの!
やるなら、ちゃんとやってよ!
その弓、貸してみて!」
「あ、いや」
奥村が、助けを求めるように、顔を恭介の方に向ける。
「いいですよ」
恭介はいった。
「渡しても」
「やりぃ!」
楪は、奥村からひったくるようにして弓を奪うと、そのまま、標的に向けて弓を引く。
なかなか、様になっているな。
その姿勢を見て、恭介は、そう思った。
少し間をおいて、楪は弦を放した。
ぼん、と、小さな音を立てて、標的の遥かに手前に、土埃が起きた。
「ざっと見、飛距離は三十メートルくらい、かなあ」
遥が、目測して、そう述べる。
「魔力の不足か、弓を引く力が弱かったのか。
その両方か。
とにかく、楪ちゃんだとその弓は扱えないってことだね」
そのあと、内海も魔力弓を試してみる。
楪の土埃が起きた地点よりも、遥かに手前に土埃が起こった。




