不都合な予測
横島会計は、ホワイトボードに書き込みをしている。
小橋書記は、ノートパソコンを開いてひたすらキーを叩いている。
常陸庶務は、複数のビデオカメラを三脚にセットして、この光景を記録している。
生徒会の人たち、仕事しているなあ。
恭介は、そんなことを考えている。
「そりゃ、使えるものはなんでも使うっしょ」
楪の発言は、続いていた。
「能力的に不利なのは仕方がない。
それ自体は変えられないけど、それ以外の部分でなら、フォロー出来る。
レベルとか、スキルとか、装備とか。
それに、人間関係なんかも、必要とあれば利用する。
それって、悪いことなん?」
「いや、それこそが正解だと思うよ」
彼方が、頷いてみせる。
「あくまで、この場では、ってことだけど。
まあ、他のプレイヤーを騙したり陥れたりすると、あとで必然的に報復とかしっぺ返しを食らうから。
その辺だけは、気をつけて欲しいかな」
「そんなん、当然だし」
楪は、そう応じた。
「うちら、これでもうまくやっている方だと思う」
そうなんだろうな。
と、恭介も、思った。
この楪をはじめとするSソードマンの女子三人は、その辺の社会的な配慮に関しては、恭介などよりもよほど手慣れているし達者、なのだろう。
いかにも社交的な、陽キャという感じがする。
「Sソードマンの、特に女性の方、三人の課題は、ですね」
彼方が、律儀にも本題を続けようとしている。
「決定打に欠ける。
っていうのが、一番大きいかなあ、と。
三人とも、おそらくはなんらかの上位職であると推測しているんですけど。
それにしては、その強みを活かしきっていない」
「あー!
それそれ!」
楪が、大きな声を出した。
「一番、訊きたかったところ!
わたしら、上位職になったんだけど、なんでそんなに強くないの?」
「どう思う?」
ここで彼方に、水を向けられた。
「恭介」
「推測でいいのなら」
恭介はいった。
「多分、だけど。
上位職の固有ジョブとか、いろいろ試して性能をきちんと把握してないでしょ?」
「ああ、わかるかー」
悪びれる様子もなく、楪はそういって頭を掻く。
「うちら、何日か前に宝玉を手に入れて、転職したばかりなんよね。
性能の確認とか、まだこれから、っていうか」
「まあ、使いこなす前の段階、っていうことですね」
彼方は、ばっさりとそう結論した。
「珍しいジョブとかスキルは、個人情報に属する内容になると思うので、この場では口外しないでください。
あとで、匿名でwikiなどに書き込む程度なら、問題はないと思いますが。
こういう公開の場でやりとりするには、ちょっと微妙な内容過ぎるんで」
「はーい」
楪は、素直に頷く。
「あとで改めて、相談しまーす」
相談に来るのは、既定路線なのか。
恭介は、心の中で突っ込んだ。
それが当然と思えるあたりが、陽キャなのだろうな。
よくも悪くも、自己中心的。
それが、悪いことだとはまったく思っていない。
「ねえ、キョウちゃん」
小声で、遥が恭介に訊ねる。
「あの子、どう思う?」
「邪気はないけど、自己中心的」
恭介は、小声で即答する。
「悪い人ではないと思うけど、こちらから積極的に関わりたくもないかな」
「そう」
遥は、小さく頷く。
「キョウちゃんから見ると、そういうことになるのか」
その他、細々とした質疑応答を経て、今回の決闘における反省会は終了した。
「さて、それでは」
恭介たちが立ち去る前に、小名木川会長がすかさず声をかけてくる。
「現状と今後について、現時点での、お前さんたちの意見を聞いておきたい」
「それ、やらなけりゃ駄目ですか?」
恭介が、実に嫌そうな表情になった。
「そんなに変わった意見、いえそうにないんですけど。
会長だってさっき、ダンジョン攻略が終わるのも時間の問題だ、みたいにいっていたじゃないですか」
「その意見は、今も変わっていないんだが」
小名木川会長は、そう続ける。
「問題は、どうなれば終わるのか。
それに、終わった後に、なにがはじまるのか、だろう?
お前さんなら、なにか予想はしているんじゃないのか?」
「やだなあ」
恭介はいった。
「予想というか、妄想というか。
とにかく、なんの根拠もない妄言ならば、どうにか口に出来ますが。
正直、今の時点でそんなことをいっても、あまり意味があるとも思いません」
「それで、構わない」
小名木川会長は、即答した。
「こっちは、指標になりそうなものがまったくなくって、途方に暮れているんだ。
多少、不確実なもんでも、まるでないよりはマシだ」
「はぁ」
恭介は、露骨に大きなため息をついて見せる。
「それでは、これから披露する内容には、たいした根拠はないっていう前提を、くれぐれも忘れないでください。
最初に、ええと。
ダンジョン攻略が、いつ終わるか、でしたよね。
判断材料がほとんどないんで、どうなれば終わると断言することは出来ません。
これは、以前とまるで同じ。
ただ、攻略が終了するタイミングについて、いくつかのパターンを想像することは出来ます」
「続けろ」
「終了条件、その一。
同一のパーティが、すべてのダンジョン攻略を終えた時点。
終了条件、その二。
複数の、たとえば、五とか十とか、切りのいい数のパーティが、すべてのダンジョン攻略を終えた時点。
終了条件、その三。
すべてのプレイヤーが、すべてのダンジョン攻略を、体験した時点」
「おい!」
小名木川会長は、最後の条件を聞いた途端、大きな声をあげる。
「それが、達成不可能だとは思わないが。
それでも、その条件を達成するには、まだまだ途方もない時間がかかるんじゃないのか?」
「かかるでしょうね」
恭介は、あっさりと頷く。
「そもそも、このダンジョンは。
いったい、なんのために設置、公開されていると、会長は思いますか?」
「それは、その」
小名木川会長は、口ごもる。
「正直にいうと、まったく予想がつかないな」
「あくまで、おれの予想になりますが」
恭介は、そう前置きしてから、続ける。
「ダンジョンは、プレイヤーをレベルアップして、強くするための方便でしかないと思います。
だから、終了条件について、予想してもあまり意味がない。
プレイヤーがある程度強くなったら。
それは、平均値なのか、それとも、何十人がレベルいくつに達したとか、具体的な指針があるのか、こちらの立場としてはなにもわかりませんが。
この状況を作ったやつらの意図するところまで、プレイヤーたちが育てば。
ダンジョンが終わろうが、存続しようが、次のフェーズがはじまると思っています」
「次のフェーズ、とは、なんだ?」
小名木川会長は、重ねて質問をした。
「わかりませんね。
判断材料が、まったくありませんから」
恭介は、あっさり首を横に振る。
「ただ、やつらのやり口をこれまで見てきて、そういうことになるんじゃないかと、予測しているだけです。
生徒会をはじめから組織して、全プレイヤーが生き残るように仕向ける。
同じように、ユニークジョブ聖女という安全装置を設定する。
チュートリアル期間を設けて、この世界のシステムに馴染ませる。
そういう段階を経たあとに、あのダンジョンが出て来たわけです。
やつらは、全プレイヤーを生かしたまま、強い存在として育てたいのではないか?
というのが、おれの予測になります」
「強いプレイヤーを大勢育てて、そのあとはどうなる?」
「さあね」
恭介は、あっさりと首を横に振った。
「さっきいった、次のフェーズが、実際に何になるのか。
今のおれには、まったく予想がつきません。
あるいは、次のフェーズだけではまだ学習内容が揃わなくて、本当の本番は、まだいくつかのフェーズを経たあとに来るのかも知れませんが。
とにかく、やつらにはなにかの目的があって、おれたち全員を強い存在に鍛えようとしているのではないか。
というのが、おれの考える予測です。
もちろん、こんな予測、外れていた方がいい。
いつか、誰が全ダンジョンを制覇して、その賞品として、全プレイヤーを元の世界に帰すことを望み、あっさりとおれたちは元の世界に戻れるのかも知れない。
むしろ、未来図としては、その方がずっといいでしょう。
めでたしめでたし、だ。
ただ、おれ自身は、そこまで都合のいい未来を、信じることは出来ないというだけです」
周囲が、しん、と、静まりかえっている。
あーあ。
と、恭介は、思った。
こうなるから、この予測は口にしたくなかったのだ。




