反省会
「そういうことなら、こっちもお願いしたいかな」
いつの間にか近寄って来た坂又までもが、そんなことをいい出す。
「うちのパーティも、いい加減伸び悩んでいるところがあって。
出来れば、アドバイスなんか頂きたいと思って来たんだが」
「えー」
彼方は、珍しく、不満顔を隠さない。
「そこまで丁寧に面倒をみなければならない義理が、どこにもないっていうか」
「義理はなくても、だ」
いつの間にか、小名木川会長までもが、すぐそばに来ている。
「簡単な助言ぐらい、してもいいだろうよ。
まあ、今回は人数が人数だし、そこの食堂を使いな」
小名木川会長はそういって、すぐそこの正庁を示す。
時刻的には、朝食と昼食の合間であり、食堂の中はがらんとして人気がなかった。
厨房の方から若干の物音が響いて来るのを除けば、しんと静まりかえっている。
隅の方の売店では、桃木マネージャーがパイプ椅子に座って暇そうに店番をしていた。
どやどやと彼方たちが大勢で入ってくると、すぐに立ち上がってこちらに近寄って来る。
何事が起こったのか推察し、なにか商機があると判断して、合流するつもりだろう。
先ほどの決闘は、当然、この桃木マネージャーもチェックしていたはずなのだ。
「会長、ここいらでいいっすか?」
庶務の常陸が、どこからか持ち出して来たホワイトボードの配置を小名木川に確認する。
「そこいらでいいだろう」
小名木川会長は、鷹揚に頷いた。
見ると、他の生徒会メンバーまでもが総出で食堂の長机を動かして、全員が座れる席を作っている。
「こういう時は、要領がいいんだよな」
恭介が、口に出していった。
それから、小名木川会長に顔を向け、
「それで、今回の目的はなんですか?」
と、訊ねる。
「ダンジョン攻略も、中盤に入った。
生徒会では、そう判断している」
小名木川会長は、そう答える。
「すべてのダンジョンが攻略されるのも、時間の問題だろう。
その時間を短縮出来るのかどうかは、われわれプレイヤーが情報を共有して、どれくらい円滑かつ効率的に動けるのか、という点にかかっている」
「つまり、この時点で、共有できる情報は共有して、もっと速くダンジョン攻略を進めろと発破をかけたい、と?」
「簡単にいうと、そうこうことになるな」
小名木川会長は頷いた。
「幸いなことに、今はちょうど、主要な実力派パーティがこの場に揃っていることだし。
それに、お前ら、いくつもダンジョン攻略しながら、ちっともこちらに詳細を報告しに来ないし」
「えー」
恭介は、不平を隠そうともしない。
「ダンジョンを攻略するたびに、生徒会に報告をしなけりゃいけない義務なんてありませんよ。
それに、共有した方がいい情報は、割とまめにwikiの方に書き込んでますし」
主に、彼方が。
そういう細かい仕事は、三人の中でも、彼方に割り振られることが多かった。
「だから、文章とか文字の情報だけでは取りこぼすことが多い、って、いっているの」
小名木川会長は半眼になって、恭介の顔を見返す。
「お前らが面倒くさがるのはわかっているが、後追いでダンジョンを攻略している他の連中と、単独パーティでいくつもダンジョンを攻略している実績を持つお前らとは、持っている情報の質が違うからな。
実際、お前らしか攻略に成功していないダンジョンもいくつかあるくらいだし。
その辺の格差を埋めようと努めるのが、生徒会の役割ってもんじゃないか?」
「そうっすか」
恭介は、しぶしぶ頷く。
例によって、
「立場の違い」
というやつだ。
生徒会とトライデントの目的は、微妙に異なる。
一部重なる部分もあるし、そのための協力はするつもりだった。
が、それだって、
「喜んで」
というわけではない。
トライデントとしては、他のパーティにも育って貰った方が、なにかと都合がいいだけだ。
「どこからはじめましょうか?」
即席の会議室めいた空間が完成し、全員が席に着いたところで、彼方は小名木川会長に意見を伺う。
「まずは、今回の反省会だな」
小名木川会長は、いった。
「トライデントの、というより、宙野姉弟の圧勝だった。
そのことについて、この場に居る皆に説明して欲しい」
「だってさ」
彼方は、遥に顔を向ける。
「ねーちゃん。
順番からいうと、ねーちゃんが先に説明した方がいいと思うんだけど」
「それって、わざわざ説明することかなあ?」
遥は、椅子に座ったまま、首を傾げる。
「説明せずとも、もう理解していると思うけど。
簡単にいうとね。
わたしが対戦した風紀委員の子たちは、素直すぎて絡め手に弱かった。
細かくいうと、ステルス状態の敵との対戦経験がない。
対魔法戦用の装備をしていない。
突発的なトラブルに弱くて、すぐに動揺しちゃう。
今すぐ思いつく要因としては、そんなところなんだけど」
「先輩のおっしゃる通りです」
新城が、遥の言葉に頷く。
「特に対魔法戦用の装備ついては、した方がいいとわかっていても後回しにしていました」
「正々堂々と名乗り出て、正面からぶつかり合う。
的な戦闘だと、風紀委員は、滅茶強いと思う」
遥は、続ける。
「硬くて倒しにくいし、十分な攻撃力もあるし。
ただ、毎回そういう、素直な敵ばかりでもないから」
「えー。
風紀委員の皆様」
背後から新城に近づいていた桃木マネージャーが、ここぞとばかりに声をかける。
「最近開発に成功した、対魔法攻撃を考慮した新型甲冑など、いかがでしょうか?」
「そこ!」
すかさず、小名木川会長が注意した。
「営業活動は、あとにするように!」
「それじゃあ、次はぼくの番になるのかな」
彼方がいった。
「ええと。
坂又さんのところと、Sソードマンさん。
二つのパーティになるんだけど、どっちを先にした方がいいですか?」
「あ、うちら、あとでいいっす」
楪が片手をあげて発言する。
「なんか、長くなりそうなんで」
「ああ、はい」
彼方は頷く。
「それでは、坂又さんの方から先にいきますね。
さっきの風紀委員の方と一部、共通しているんですが。
坂又さんの人たちは、勝負という概念に引きずられ過ぎているかなあ、と」
「勝負という概念、か」
坂又は、神妙な顔をして頷く。
「なんとなくは、わかるつもりだが。
もう少し詳しく、説明してくれるか?」
「勝ち負けというのは、人間が考えた概念であり、自然界には本来存在しません」
彼方は、続けた。
「いわゆる生存競争と、競技や武道における勝敗とは、全然別物です。
これは、ダーウィンが説く適者生存を、生存競争というように歪めて理解するのにも似ていますね。
様々な要因の結果としてたまたま生き残ることと、強い者が生き残るという想定では、まったく違います。
生き残る可能性が大きいのは、強い個体というよりは、より環境に適応した種になります」
「彼方」
隣に座っていた恭介が、肘で彼方を小突く。
「内容が、抽象的になり過ぎている」
「ああ、失礼」
彼方は、小さく咳払いをした。
「なにがいいたいのかと、いうとですね。
坂又さんたちは、もう少し強さへの拘りを軽減してもよろしいのではないでしょうか?
ええと、その逆に、もっと楽をして先に進む方法を、全力で考えてみる、とか」
「ほう」
坂又は、興味深い、という表情で、いった。
「楽をして、か」
「卑怯な手を使うことも、選択肢に含めるべきだ。
と、いいかえてもいいです」
彼方は、続ける。
「別に、毒ガスで一気にダンジョン全体を浄化しろ、とまではいいませんけど。
うちのリーダーなんて、状況によってはどんな卑怯な手だって使いますよ。
ええと、孫子でいうと……」
「兵は詭道なり、だな」
恭介が、説明を補う。
「戦いなんて、存在自体がろくでもないんだから、とことん汚い手でも使えってことです。
騙し騙されるのは、前提で」
「強くなるだけでは、足りないのか」
坂又は、いった。
「おそらくは」
彼方は、頷く。
「単純に強いだけでは、突破出来ない。
そんな敵も、出て来るでしょうね。
これまでの、ダンジョンの様子を思い返してみると。
坂又さんのパーティ、苦手なダンジョンとか、ありませんか?」
「あるな」
坂又は、素直に頷く。
「パーティによる得手不得手はあって当然と、気にしてもいなかったが。
そうか、強いだけでは、駄目なのか」
「坂又さんのパーティは、必要に応じて重火器を使ったり、その意味では柔軟なパーティだとは思います」
彼方は、そう続ける。
「だけど、根本的なところで、道徳的な意味での正しさという概念に囚われている気がします。
明文化しているルールがあるわけではないので、なんでも好きな手段を選択して、結果として生き残ればいいんですよ。
その点でいくと、もうひとつのSソードマンさんは、結構なんでもありでしょ?」
今度は、彼方は楪に顔を向けて確認した。
「そりゃ、そうでしょ」
楪は、あっさりと頷く。
「うちら、女子だし。
素の身体能力では、男子には敵わない。
手段を選んでいられるほど、余裕がないっつうか」




