対上位職戦
なんらかの上位職、なんだろうな。
と、彼方は推測する。
Sソードマンは、二回、ダンジョンの攻略に成功している。
当然、人数の二倍分の「転職の宝珠」を入手しているはずだ。
そのすべてを自分たちで使ったとも思えないが、そのうちのいくつかを使用していたとしても別に不思議ではない。
ダンジョン攻略の成功例が増えているので、オークションに出されている宝珠は、だぶつき気味だった。
今でも高価なのは相変わらずであるが、徐々に値はさがりつつある。
入手したい者は、自分でダンジョンを攻略すればいい。
それくらいのレベルに達していない者が使っても、宝の持ち腐れだ。
という風潮さえ、出て来ている。
これは、「ジョブ」というものへの過剰な思い込みが剥がれて来た証でもあった。
どんなジョブであれ、レベルさえあがれば、意外にやりようはある。
そうした認識が、一般的になってきているのだ。
一言でいえば、
「無理に上位職にならずとも、なんとかなるのではないか?」
という風潮が、プレイヤー間で共有されつつある。
これは、多くのパーティがダンジョン攻略に成功しはじめていることと、無関係ではない。
ダンジョン攻略に成功したプレイヤーたちのほとんどは、上位職ではなく、基本職のままだったからだ。
そうした風潮が支配的になる中、あえて上位職を欲しがるのは、明確な目的がある場合が多い。
「特定のスキルを、どうしても使いたい」
というのが、一般的な動機になる。
さて、どんな上位職なのかな。
そんなことを思いながら、彼方は盾をひとつ、倉庫に収納し、代わりに長柄のメイスを取り出す。
そして、彼我の距離二十メートルほどにまで接近していた奥村に、こちらから肉薄した。
奥村の、驚愕した顔が、間近に迫る。
恭介から教授された「足運び」を使っただけなのだが、奥村は、彼方がこのスキルを使えるとは微塵も予想していなかったようだ。
相変わらず。
と、彼方は思う。
想像力が、ない。
「スキル教授」のシステムがあることと、彼方たち三人の関係さえ知っていれば、この程度のことは事前に察せられそうなものだが。
どうやら奥村は、そこまで物事を深く考える気質ではないようだ。
瞬時に奥村の胸元にまで迫った彼方は、左手に持った盾を奥村に叩きつけようとした。
が、すぐに奥村が、滑るような動きで距離を取って、その攻撃は空振りに終わる。
反射神経は、いい。
その辺は、奥村がもともとスポーツをやりこんでいたからか。
勘所というか、この手の駆け引きは、奥村の方が長じているように感じる。
彼方は、柄の長いメイスを振るう。
彼方の死角から迫って来ていた、誰かを牽制するためだ。
察知で存在を知ったその何者かは、彼方の攻撃を感知して、すっと進路を変えて避ける。
動きが、速い。
ステルスモードになれることといい、おそらくは、斥候とか忍者に近いジョブなのだろう。
あと、二人は。
やはり、ステルスモードで、少し距離を追いて、彼方の動きを伺っている。
四人中、三人が、ステルスモード、か。
おそらく。
と、彼方は思う。
この三人も、彼方たちトライデントのように、スキルの教授を行っているのだろう。
四人パーティ中の三人が、揃って同傾向のジョブになるとは、考えにくい。
奥村だけがステルスモードになっていないのは、他のパーティメンバーとそこまで親しくはないのか。
それとも、彼方のポジションと同じく、タンク役として敵の注意を集めるため、あえてスキルを使っていないのか。
おそらくは、前者だろうな。
と、彼方は心の中で結論する。
性別の壁は大きいし、それに、奥村だけ、他の三人とは隔意があるように見受けられた。
奥村は、おそらく、他のパーティメンバーと、あまり懇意にはしていない。
その奥村が、手にした剣を振りかぶって、彼方に迫る。
フェイントもなにもない、愚直な突進だった。
そして、そのことに、彼方は引っかかりをおぼえる。
盾で受け止めることも出来たが、少し体を斜めにして、奥村の正面から自分の体をずらす。
「お」
案の定、だった。
彼方は、盾で奥村の斬撃を受けた。
が、奥村の斬撃はそこでは止まらず、見えない衝撃のようなものが、盾をすり抜けてどこまでも伸びていく。
盾を持つ左手首にその斬撃があたり、乾いた音を立てた。
彼方が知らないスキルか、それとも、その剣の効果か。
どちらにせよ、この奥村も、それなりに奥の手は持っているらしい。
メイスを振るって反撃を試みたが、その攻撃が当たる前に奥村は彼方から距離を取っている。
「新装備の手甲をしていなかったら、手首ごと切断されてたな」
小さく、彼方が呟く。
油断していたつもりはないのだが、装備の性能に救われた形だ。
呟きながら、彼方は上体を大きく倒して、お辞儀をするような体勢になった。
「え?」
ぶん、と、なにかが宙を切る音と、それに、女性の声が聞こえる。
その声に向かって、彼方は盾をぶつけた。
小さな悲鳴とともに、見えない何者かが、遠くに吹き飛ばされていく感覚。
まあ。
長大なメイスをぶるんと振るい、自分を中心とした円を描きながら、彼方は思う。
ここは、同時攻撃を試みる場面だよね。
今度は、なにかがメイスに当たる感触はしなかった。
代わりに、なにかがこちらに飛んでくる気配がする。
盾か手甲で受けることも、一瞬、考えたが。
彼方の想定外の攻撃であることも考慮して、ここでは、単純に、避ける。
なににも当たらなかったので、その攻撃の正体はわからなかったが、おそらくは、なんらかの魔法。
そんな、気がした。
「硬っ!」
ほぼ同時に、なにかが、左のすね当てに当たった。
「岩かなにか、思いっきり殴ったような感触だし!」
その気配は、すぐに遠ざかっていく。
実際、渾身の力で殴ったんだろうな。
と、彼方は思う。
ただ、今の彼方は、
「高レベルのプレイヤーが渾身の力で殴った」
程度では、傷ひとつつかない防御力を持っている。
ましてや、酔狂連から新式の防具を優先的に回して貰っているのだ。
この程度では、なにも変わらなかった。
さて、どうするかな。
彼方は、考える。
これまでで、このパーティの内実は、だいたい理解出来た気がする。
彼方が予想だにしない奥の手を、他に持っている可能性は、少ない。
彼方が相手の立場であったら、最初に、手持ちの中で一番効果がある攻撃をお見舞いしているからだ。
Sソードマンの防御力は、あまり大きいとは思えない。
もう一度、全員が近づいて来たタイミングで大きめの魔法を使えば、ほとんど片がつくような気がする。
奥村は、何度もこちらに迫って来ている。
ただ、その攻撃は愚直で、単調ですらある。
攻撃力はともかく、こちらに攻撃が届くタイミングが読みやすい。
盾で受けるにせよ、避けるにせよ、どちらにしてもやりやすい。
頼みの攻撃力も、彼方の前では、あまり意味がなかった。
仮に、奥村の攻撃が直撃したとしても、今の彼方では、ほとんどダメージを受けないだろう。
一人一人、個別にいきますか。
彼方はそう結論し、メイスを倉庫に収納した。
そして、奥村に迫る。
と、見せかけて、そのすぐ横をすり抜け、さらに移動して、その背後に居た誰かを、盾で叩き伏せる。
「うぇっ!」
という声ととともに、一人目が地面にバウンドして、そのまま動かなくなった。
彼方は、そのまま駆け続ける。
ステルスモードのまま五十メートルくらい離れた場所に居た、別の誰かの背後に移動し、背中から肩を叩く。
「ひぃっ!」
その誰かは、小さな悲鳴をあげてその場から離れようとしたが、彼方はその脇腹を手甲で横殴りにした。
二人目は、軽々と三十メートルほど吹き飛ばされ、その途中でステルスモードが解けて、姿を現す。
姿をさらしたまま、地面に転がって、動かなくなった。
彼方は、倉庫に盾もしまい、三人目が居る方角に、ゆっくりと進む。
この子が、一番の手練れだよなあ。
と、彼方は思う。
このパーティの、実質的な司令塔は、この子だろう。
さて、どう出るか。
別に急いだわけではなかったが、彼方がしばらく歩き続けると、三人目は自主的にステルスモードを解いて姿を現した。
「はい、こーさーん」
三人目、楪夜は、両手をあげて、そういう。
「文字通り、お手あげ。
もう、打つ手、ないわ」
「どうする?」
彼方は、訊ねる。
「自主的に、リタイアするって手もあるけど」
「うーん。
それでもいいけど、先に殴られた二人に悪いから、気を失う程度に、お手柔らかに殴ってくれないかなあ。
あ。
その前に、ひとつ訊きたいことがあるんだけれど」
「なに?」
「なんで殺さなかったの?」
「女子にひどいことをするとね」
彼方は素直に答える。
「あとで、ねーちゃんにいじられるんだ。
それはもう、ねちねちと」
「あはは。
それは、大変だねえ。
そんじゃあ、あと、よろしく」
「うん」
彼方は、楪のみぞおちのあたりを、軽く押す。
楪は、まっすぐ十メートル以上吹っ飛んで倒れ、そのまま動かなくなる。
「おい!」
すぐ横で、奥村の声がした。
「舐めてんじゃねーぞ!」
「舐めているつもりは、ないんだけどなあ」
彼方は、ゆっくりと首を振りながら、そう応じる。
「なるほど。
今の君だと、これくらいのダメージになるのか」
奥村の剣、その刃が、わずかに彼方の脇腹に食い込んでいる。
一センチ以下、だろうか。
おそらくは、内臓にさえ、届いていない。
回復術を使えば、一分もかからずに元通りになる。
その程度の、かすり傷だった。
「これが、今の君の全力なのかな?」
「馬鹿にしやがって!」
奥村は、顔を歪めて一度距離を取り、手にしていた剣を頭上に振りかざした。
「だったら、とっておきのをくれてやる!」
奥村の剣は、幾重にもスキルのエフェクト光を纏い、まばゆく輝いていく。
その状態で、奥村は瞬時に彼方との距離を詰め、渾身の力を込めて振りおろした。
「なるほどなあ」
彼方は、顔の直前でピタリと動きを止めた輝く刀身を、まじまじと観察している。
「これが、君の全力攻撃かあ。
確かに、剣士のスキルにはない効果が、いろいろとついているようだね」
「な」
奥村は、驚愕に目を見開き、懸命に、剣を動かそうと試みていた。
「おまっ!
ふざけんじゃねえーぞ!」
彼方は、素手で、奥村の剣を握りしめている。
ぶっちゃけると、遥の斬撃とかを見慣れている彼方には、奥村の攻撃は、とてもゆっくりに見えた。
さらにいえば、単調でもある。
これなら、素手で掴めるな。
と、そう思ったし、実際に試してみると、出来てしまった。
「他になにか、奥の手とか、残ってないかな?」
彼方は、念のために確認する。
「あるわけねーだろ!
そんなもん!」
その返答を聞き終えて、彼方は、剣を握ったまま、奥村の腹部を軽く殴った。
奥村は、白目を剥いてその場にへたり込む。
「上位職っていっても、こんなもんかあ」
彼方は、小さく呟いた。
上位職としてのスキルや機能を、まだ使いこなせていないだけなのか。
彼方が予想しているよりも、そうした使いこなしによる性能差は、大きいのかも知れない。




