遥の決闘
結局、遥と彼方は、いくつかの申し込みを受けるようだ。
相手を選んで上で、のはずなので、恭介も詳しいことは聞いていない。
この時点で情報を伏せておいても、決闘当日になれば嫌でもわかる。
それに、正直なことをいえば、他のパーティの動向についても、あまり興味が掻き立てられなかった。
強いていえば、ダンジョン攻略の進捗状況は気になったが、こちらの状況は以前からさして変わらず。
数日に一度のペースで攻略完了のアナウンスがあるのだが、そのほとんどが、以前に別のパーティが攻略に成功しているダンジョンであり、つまりは、
「攻略法がわかったダンジョンから、高レベルのプレイヤーたちが殺到している」
という状況になる。
パーティ内での編成や個々人のビルド状況が異なるので、一概にレベルだけですべてが解決するわけでもない。
しかし、たいていの難関はレベルさえあげればどうにか出来る。
というのも、一面の事実ではあり、実際、パーティメンバーがレベル九十を超えたパーティから、ダンジョン攻略の成功率がかなり高くなっていた。
反面、ダンジョンマスターが破格に強い、巳や辰のダンジョンは、今もトライデント以外のパーティには攻略されていない。
ダンジョン内に設けられた問題が覿面に易しいものになった申のダンジョンや、物理攻撃には強くても魔法攻撃にはやや弱い、戌のダンジョンマスターなどは、すでに繰り返し攻略されている。
このうちの前者、申のダンジョンは、もはやダンジョンというよりもダンジョンマスターとゲームをするためのアトラクション扱いされている始末で、恭介たちの後に攻略したパーティが囲碁や将棋、チェスなどのボードゲームや麻雀卓を持ち込み、ダンジョンマスターの方も毎日のように遊びに来るプレイヤーたちを歓迎している節がある、という。
そうしたゲームでプライヤー側が勝つ率は意外に低く、申のダンジョンが攻略される頻度は意外に少なかった。
別に文句をいう筋合いでもないのだが、それ、本当にダンジョン攻略といえるのか?
とは、思う。
いや、恭介自身が、申のダンジョンマスターに掛け合って、そうなるように仕向けた結果、ではあるのだが。
その他のダンジョンは、まだ誰もダンジョンマスターのところにまでたどり着けず、その正体も不明なままか、あるいは、すでに接触済みであるが、言語を操れないなど、まともなコミュニケーションが期待出来ない相手であり、特筆すべきことはない。
そうした未攻略のダンジョンは、なにかしらの障害があっていまだに攻略されていないのは確かで、恭介としては、そうした、他のプレイヤーたちが敬遠しているダンジョンこそ、積極的に攻略していくべきかな、とは、思っている。
別に、先行者としての矜持とか余裕とか、そういうことではなく、単純に、他のパーティと、競い合う場面を極力減らしておきたかったからだ。
この状況がどこまで続くのか不明確な以上、他のプレイヤーたちもそれなりに友好な関係を構築しておいた方がいい。
ただ、それだけが理由になる。
たった百五十名しか居ない仲間の中で、孤立したり対立したり、少なくとも自分からそうなりにいくべき理由はない。
というのが、恭介の論理になる。
そうしたことを考えると、決闘システムは、ある程度のガス抜きにはなるかなあ。
と、恭介は思う。
実際に対戦してみれば、実力差がはっきりする。
リアルで喧嘩して死傷するのも馬鹿馬鹿しいが、一種のシミュレーターになる、このシステムを利用すれば、誰も死傷せずに白黒がはっきりした。
その結果に不満を抱く者は、一定数残るはずであったが、そこまでの完璧さは、恭介としても別に望んでいない。
プレイヤー間の無用な軋轢がいくらかでも減るのであれば、それは有用である。
とも、思っていた。
「先輩、よろしくお願いします」
風紀委員の新城志摩が、遥に一礼する。
「はい、よろしくねー」
遥の返答は軽かった。
結局、遥は、申し込みがあった中から、最初の対戦相手としてこの風紀委員を選んだ。
面識がある相手であるし、その分、なにを意図して決闘を申し込んできたのか、理解しやすい。
この相手ならば、どういう結果になってもこじれることはないだろう。
そう、判断したのだ。
場所は、中央広場を指定した。
拠点でやっても、ログを見られれば見世物になることは避けられない。
だったらいっそ、公衆の面前でやってやろうじゃないか。
というのが、遥の考えであった。
その割には、ゴーフルとマフラーで顔を覆って、露骨に顔を隠しているのだが。
「結構、重装備なんだな」
「スキルを得るため、ときおり他のジョブにはなるけど、基本、戦士だけのパーティだっていうしね」
戦士でも、スキルを購入すれば魔法は使えるし、その他に、火器など、装備品に制限はない。
魔法の威力などは本職よりも見劣りするものの、「戦士には出来ないこと」というのは、案外少ない。
むしろ、戦士メインでレベル九十以上にまであげたのであれば、その生命力は決して侮れるものではなかった。
魔術師や剣士など、特定の攻撃方法に特化していない分、ダメージディーラーとしての資質こそ欠いていたが、戦士というジョブは、その分しぶとく、死ににくい。
その、高レベルの戦士が六人、揃って重装備をして、たった一人の遥に対峙している。
遥も百七十センチを超える身長だったが、風紀員の六人は、みんな、その遥よりも長身だった。
その六人が、先日、岸見が提案してきた全身甲冑を着込んでいる様子はなかなか壮観で、圧迫感さえ、おぼえる。
「もう、はじめてもいいでしょうか?」
「いいよ、いつでも」
遥はそういい、すぐに姿が見えなくなった。
「左!」
風紀委員のうち、一人が叫び、全員が左側を向いて警戒を強める。
がん、がん、がん。
と、金属同士がぶつかり合う音が、立て続けに響く。
「ナイフを投げている!」
新城がいった。
「甲冑の隙間にでも入らないと、ダメージはない。
落ち着いて対処して」
風紀委員の一人が、突然、膝をついた。
「どうした!」
「膝から先を、持っていかれました!」
膝をついた風紀委員が、断面を手で押さえて、そこから溢れる体液を押しとどめようとする。
「リタイアして」
新城は、そう指示を出す。
「そうなったら、なにも出来ない。
ここに居ても、失血死を待つだけだ」
「すいません!」
いかにも悔しげな口調でいい、負傷した風紀員の姿がその場から消える。
それとほぼ同時に、風紀委員の一人がうしろに倒れ込む。
「え?
なに?」
倒れながら、その風紀員は怪訝な声を出した。
「その子のうしろ!」
新城が叫ぶ。
「足元を掬われたんだ!」
その叫び声が終わる頃には、うしろ向きに倒れた風紀委員のフェイスガードが粉砕され、頭部が大きく地面にバウンドしている。
「察知持ち、どうした!」
新城がいった。
「敵から目を離すな!」
「でも、動きが速過ぎて!」
悲鳴のような返答が返ってくる。
「仕方がない」
新城は杖を掲げて、火属性の魔法を放つ。
残った五人ごと、周辺の空間が紅蓮の炎に包まれた。
うしろに倒れた風紀委員は、ダメージが重なって、そのまま姿を消す。
死亡判定、ということになった。
死ににくい戦士はともかく、たえずダメージが蓄積するこの炎の中には、いくら遥でも入りたくはないだろう。
接近を阻止する、という効果しかないのが癪だったが、この場では、この程度の対策しか出来ない。
「甘いなあ、新城ちゃん」
どこからともなく、遥の声が聞こえる。
ついで、一人、また一人と風紀委員が膝をつく。
「わたし、遠距離攻撃の手段も、普通に持ってるから」
さらに一人、ZAPガンですねを射貫かれて、そのまま立っていられなくなる。
「え?
ちょっと、どこに……」
察知持ちの風紀委員も、遥の位置を求めて左右に顔を巡らせている最中に胸を撃たれ、そのまま姿を消した。
「はい、新城ちゃん」
不意に、新城の前、二メートルほどの距離を取って、遥が姿を現す。
「この!」
「これで、終わり」
新城がHEATハンマーを振りおろすのと、遥がZAPガンの引き金を引いたのは、ほぼ同時。
遥はすぐに姿を消し、みぞおちのあたりを大きく打ち抜かれた新城がそのまま倒れ、姿を消す。
遥の最初の決闘は、こうして予想通り、ごく短時間のうちに終了した。
「お疲れー」
「予想通りだったな」
一方的に決闘を終えて帰って来た遥に、彼方と恭介が声をかける。
「疲れる、ってほどでもなかったけどね」
実際、そう答えた遥は、汗ひとつかいていなかった。
「わかっていたけど、ステルスモード。
対処に慣れていない人には、無敵だわ」
だよなあ。
と、恭介は思う。
察知のスキルは、かなり癖がある。
慣れていないと、ステルスモードのプレイヤーを追い続けるのは、困難だろう。
特に、リアルタイムで動き回る相手だと、仲間に現在地を正確に伝えるのも難しい。
「ステルスモードになれるモンスター、今のところ、現れていないらしいからね」
彼方がいった。
「例の、チュートリアル最終日に現れたのを除いては、ってことだけど」
つまり、ほとんどのプレイヤーたちは、ステルスモードを使って翻弄してくる敵との、対戦経験がない。
これは、恭介たち三人にとっては、大きなアドバンテージといえた。




