感想戦
「あ。
わたし、死んだ」
「容赦なく無属性魔法ぶち込んでいるなあ」
自宅のリビングで決闘の再生映像を確認しながら、遥と彼方がいう。
「恭介、この時はもう、意識がなかったの?」
彼方が、傍らの恭介に確認する。
「ジョブを狂戦士に変えた時から、意識はないんだよね」
恭介は、答えた。
そんな三人の様子を、生徒会の常陸庶務がビデオカメラで撮影している。
どうして、こんなことになったのか。
『いや、さっきの決闘、全プレイヤーが見れるんだわ』
決闘が終わった直後、小名木川会長からそんな連絡が来た。
『もともと、決闘ってのが、そうしたデモンストレーションも兼ねているものらしくてな。
システム画面にアクセス可能なプレイヤーなら、誰でも鑑賞出来る。
それで、さっきのは、なかなか面白い対戦だったから、わりと注目しているやつも多かった。
お前ら三人、ランキングとかで知名度はあるけど、実際に戦っているところを見たことがあるやつって、そんなに多くないからな』
「はあ」
恭介は、生返事をする。
「正直、覗き見をされているようで、あまり気持ちがいいものでもないですが。
まあ、そういう仕様だというなら、いいです。
文句をいっても仕方がないようですから」
『それで、だ。
さっきの決闘、興味深い内容ではあったが、結構短かったろう?
あと、動きが早過ぎて、なにがどうなっているのか、把握出来ない部分が多くてな。
出来れば、当事者であるお前ら三人から、解説をして貰いたいと思ってな』
「うわぁ」
恭介は、思わず情けない声を漏らしてしまった。
「それくらいは、たいした労力でもないんですが。
心情的には、やりたくないですね。
そうでなくても、うちのパーティ、悪目立ちしているんですから」
『まあ、そういうなよ。
今度いろいろ、優遇してやるからさ』
小名木川会長は、恭介の反応にもめげずに続ける。
『顔出しなしで、声だけでも。
な』
「って、ことだそうだけど」
恭介が、他の二人に顔を向けて、意見を求める。
「どうする?
断って、いいかな?」
「恭介としては、断りたいんだ」
遥が、確認して来る。
「そりゃそうでしょ」
恭介は即答する。
「こっぱずかしいし」
「とはいえ、あんまり秘密主義にしておいても、あとで面倒臭いことになりそうな気もするんだよね」
彼方がいった。
「合宿所が本格的に稼働したら、絶対、こっちに指南役を振ってくると思うし」
「まあ、やってくるでしょうね」
遥も、彼方の言葉に頷く。
「今までずっと、トライデントがトップを独走している状態だし、三人が三人とも、レベルカンストだし。
そのコツを知りたいって人は、多そうだそうし」
「コツってか、ノウハウとか公開しても、それを真似出来る人も、そんなにいないと思うけどね」
恭介はいった。
「すぐに真似出来るものでもない、ってことを納得して貰えれば、こっちとしては十分なんじゃないかな」
彼方が、そう指摘をする。
「あんまりその手の情報を漏らさないでいても、なにか秘密の方法を隠しているとか、勘ぐられるだろうし」
「少なくとも、無駄な詮索はしなくなるか」
少し考えたあと、恭介も、そういって頷く。
しぶしぶ、ではあったが。
「いやあ。
今回は急なお願いになって、どうもすいませんねえ」
決闘が終わってから約一時間後、生徒会の常陸庶務が、撮影機材持参で拠点にやって来た。
「本当、うちの会長も、いい出したら聞く耳持たないもんだから」
「うちの食堂でいいかな?」
恭介は、常陸庶務を自宅の中に招き入れる。
「他に、適当な場所もないし」
「はいはい。
どこでも、結構です。
文句をいえる立場ではございません」
常陸庶務はしきりに頭をさげながら恭介たち三人の住居に入り、食堂で倉庫から撮影機材を出してセッティングをはじめる。
「あ、これは、酔狂連の岸見女史。
女史にも、参加していただけるのですか?」
「ついでというか、確認しておきたいこともいくつからるんでね」
岸見はそういって、首を横に振る。
「うちの装備を使う人たちが、どう考えて使っているのか。
それを知るにはいい機会だろ」
「ごもっとも」
常陸庶務は頷いた。
「今回の決闘も、そちらの製品の実用例ばかりですしね」
「では、撮影開始します」
準備を終えた常陸庶務が、告げた。
「ログの映像を再生しますので、皆さんは好きに語ってみてください」
「本物とコピー、二人の彼方さんが、二百メートル以上の距離を置いて対面しているところからですね。
この時には、他の二人はもう?」
「わたしとキョウちゃんは、スキルの力でステルスモードになっているね」
岸見にうながされ、遥が説明する。
「タンク役の彼方以外が、そうするのがセオリー、っていうか」
「なるほど。
あ、なんか本物の彼方さんの背後で、爆発音が」
「向こうのハルねーが背後を襲おうとして。
だけど、事前にそれを予測したこちらの彼方が、スタングレネードを投げて牽制して、撃退されたところ」
今度は、恭介が解説する。
「背後から首を襲うのは、ハルねーの常套手段だから。
で、襲撃が未遂に終わった向こうのハルねーは、忍術を使ってその場から離脱」
「このもやもやってなっているのが、忍術の効果ですか。
今度は、少し離れた場所に土煙が点々と」
「ステルスモードのおれが、転がって敵の攻撃を避けているところ」
続けて、恭介が説明する。
「短剣とか銃弾、だったはず。
そういったものが、地面に当たって煙があがっている状態」
「ステルスモード。
の、はずですよね」
岸見が、確認する。
「それで、狙いがつけられるんですか?」
「おれたち、三人とも察知のスキルつけているから」
恭介は、簡単に説明する。
「スキルの効果には、個人差があるわけだけど。
でも、ある程度距離を詰めれば、なんとなく、居そうな場所は見当がつくよ」
「むー」
岸見は、低く唸る。
「……そこまで高度になってくると、非戦闘系ジョブとしては、ちょっと想像しにくいんですけど」
「それで、この直後だったはず。
おれが、ジョブを狂戦士に変えたのは」
「あ。
わたし、死んだ」
「容赦なく無属性魔法ぶち込んでいるなあ」
「恭介、この時はもう、意識がなかったの?」
「ジョブを狂戦士に変えた時から、意識はないんだよね。
だから、この時の記憶はないんだけど、おれならどう動くのかは、だいたい予想出来るよ。
おれなら、多分……」
察知のスキルで引っかかった対象を、片っ端から弓で撃ち続ける。
狂戦士になっている時、性能は軒並み割増しになっているってことだから、察知が届く範囲も、いくらか広くなっているはず。
それで、たまたま引っかかった向こうのハルねーが、最初の餌食になった、と。
で、次が、向こうのおれね。
はい。
射殺されました。
これは多分、誰かを選んでということではなく、たまたま察知した順番に攻撃していると思う。
狂戦士ってのは、敵味方見境なく、そばに居る人間を片っ端から攻撃するジョブらしいから。
「しかし、凄い威力だよね。
あの弓」
「射撃というよりも、砲撃に近いっていうか。
向こうのねーちゃんも恭介も、一撃で、新式の装備以外、きれいになくなっているし」
「耐魔法性能は、かなり頑張った方なんですけど」
岸見がいった。
「装備が残っても、それをつけていた人が無事でないと、なんの意味もないっていうか」
「いや、恭介のあの弓は、別格だから」
彼方が、そういって岸見を慰める。
「狙った場所を、半径二メートルくらいをまとめて吹っ飛ばす魔法武器なんて、そうそうないし。
対人戦だからか、あれでも威力はかなり絞っている方だと思うけど。
あの弓も、もとはといえば酔狂連さんの製品だし」
「あそこまでの威力を引き出せるのも、今のところ、馬酔木さんだけなんですけどね」
「で、向こうの彼方が、ここで倒れそうになる、と」
「なんか重たい物、盾に投げつけられたね。
あれは……」
「エグいことやってんなあ。
狂戦士になったおれ」
恭介がいった。
「あれ、残ったおれの頭部だ。
ヘルメットに魔法耐性があったおかげで、中身の頭もほぼそのまま残っている」
「うぇえ」
常陸庶務が、情けない声を出す。
「で、重量物を盾で受けた向こうの彼方が、うしろに倒れそうになる。
その時に出来た隙に」
「盾が、足元を覆っていないんで」
恭介がいった。
「ざばっと、斬ったんだろうな」
狂戦士の恭介は、こちらの恭介がいった通り、大太刀を振るって向こうの彼方のすねを切り飛ばす。
「ああ」
岸見がいった。
「すね当ても、ちゃんと装備していたのに。
防刃性能は、まだ研究の余地がありますね」
「まあ、狂戦士の力だからね。
平時のおれとか、他のプレイヤーがそのまま真似出来るとも思えないけど」
恭介が、そう受けた。
「で、足を切り飛ばされて地面に転がった、向こうの彼方に、大太刀が振りおろされて」
「背中から、ざっくり腹部を切断されてるね。
胸あてとかあばらがない、柔らかい部分だ」
遥がいった。
「これで、向こうの三人が見事に終わって、ゲームセット、と」
「いや、なんか」
常陸庶務が、不服そうな口調でいう。
「活躍していたの、一人だけでは?」
「いや、キョウちゃんが動き出したら、わたしらほとんどなにも出来ないし」
「むしろ、そばに居ると邪魔になるし危ないよね。
いろいろと」
宙野姉弟は、即答する。
「まさか、狂戦士を使うとは思わなかったけど」
「でも、さっさと逃げていて正解だったと思う。
今回の場合」
「あのー。
そういう、問題なんですか?」
「わかる。
わかるけど、なにもいうな」
困惑している常陸庶務の肩に手をおいて、岸見が諭していた。
「この三人の感覚は、常人とはかなり違うから。
理解しようとするだけ無駄だよ」
「それで、改良点を指摘するとすれば」
収録が終わってから、恭介は岸見に要望を告げた。
「胸あてを作るんなら、こう、うしろに高い襟をつけてくれると助かるかな。
背後からうなじを斬られるのを、一回でも防いでくれればいい」
「いいね、それ」
遥も、その意見に頷く。
「一回でも即死を免れるなら、それだけ選択肢が出来るわけだし」
「ああ、はい」
岸見は、殊勝な顔をして頷く。
「貴重なご意見、ありがとうございます。
持ち帰って検討します。
あ、あと、耐久性は、もっと高めておいた方がいいんでしょうか?
彼方さんなんて、中身ごとすね当てごと、足を斬り飛ばされていますし」
「重量がこれ以上になると、取り回しがねえ」
彼方が、意見を述べる。
「体幹部は、多少重くなってもいいんだけれど。
手とか足とか、よく動く部分があんまり重くなってもまずいんですよ。
末端部分に余分な重さがあると、遠心力もかかるし、切り返しに余計な力が必要になって、動きが全体に鈍くなるし」
「なるほど」
岸見は頷く。
「それでは、全身を均一に覆う甲冑、とかは?」
「それ、わたしらの戦い方だと、要らないかな」
遥がいった。
「基本、防御力よりも機動性重視だし」
「おれも、要らないかな」
恭介も、その意見に賛同する。
「重そうだし。
それに、そんな甲冑、実際に作るとなったら、手間も費用もかなりかかるでしょ?
そのコストに見合う性能だとは、思えないんだよね」
「ぼくたちがやっているのは、対人戦ばかりでもないから」
彼方がいった。
「基本的には、一撃でもまともに攻撃を貰ったら、そこで終わり。
人間が着用可能な程度の装甲なら、軽く破る相手も、少なくはないし。
あんまり防御を重く考えても、意味はないかなあ、って」




