シミュレーションモードへの招待
そうこうしているうちに、合宿所の、食堂以外の施設も次々と完成していく。
風呂場とランドリーは同じ一棟に、宿泊所は、男女は別棟になっていた。
それぞれ三十名が同時に宿泊可能になっていた。
男子寮と女子寮、ともに二階建てで、かなり大きな敷地を占有する造りになっている。
宿泊部屋は一人部屋と二人部屋の二種類が用意されているということだが、建物自体はかなり大きかった。
プレイヤーが全員で百五十名しかいないのに、同時に六十名を越えるキャパを用意するのは、合宿としては大きすぎるのではないか。
恭介はそう思ったのだが、土地も資材も不足していないので、余裕を持たせた。
そういわれれば、反論も出来なかった。
実は、反論をする気もする必要も、ないのだが。
合宿所に関しては、生徒会が発注し酔狂連が建築を主導している。
トライデントは拠点の一部を敷地として貸しているだけであり、その進捗にまで口出ししてもなにも益はない。
ただ、
「予想以上に、進行が早いな」
とは、思う。
毎日のように、数十名のプレイヤーたちが拠点内に出勤しては帰って行く。
朝に来て夕方には帰っていくので、その出入りの時間だけ、門は開けっぱなしにしている。
現状、不審者が無断で侵入してくる心配はないし、仮にそうした何者かが侵入して来たとしても、拠点内に居る人員で十分に対処可能なはずだった。
拠点の外部に巡らされた防壁と門は、今のところ、野生動物が入り込まないために機能している。
人間とか他の知性種族の侵入者というのは、現状では想定していない。
これまでのところ、プレイヤー以外のそうした侵入者となりそうな候補者は、気配すら見当たらなかったが。
かつて市街地を造り、そしてどこかに消えた元の住人たちは、いったいどこに消えたのか。
などの疑問は、いぜんとして解決していなかった。
その昔、この土地に人間に近い体型と知性を持った生命体が存在したことは確かであるし、その痕跡を訊ねて森の外へと探索に行きたい、という気持ちも、まるでないわけではないのだが。
他に優先するべきことがあるので、現状では、保留している。
そうした調査を本格的におこなうには膨大な時間と労力を費やして検証作業を進めなければならず、恭介たちプレイヤーは、それだけ余剰なリソースを捻出可能な状態にはない。
元の世界なみの生活水準を維持することが、可能になりつつある。
プレイヤー全体とし見ると、ようやくそこまで追いついて来た、というところなのだった。
それは、建築中の合宿所や恭介たちの住居を見た作業要員たちが、口を揃えて、
「こちらでは、快適な生活が出来ているのですね」
といった意味のことを口にしていることからも、わかった。
そうした意見が出て来るということは、つまりは、市街地では、生活環境を整備することをこれまで、あまり重視していなかった。
あるいは、重視はしていても、実際に整備するほどの余裕を多くのプレイヤーが持てなかったことを、意味する。
快適な環境を構築、維持することにも相応のポイントは必要であり、多くのプレイヤーがそこまでポイントを消費出来る収入を得ていなかったのだろうな。
と、恭介は想像する。
皮肉なことに、十二カ所のダンジョンが出現したことで、定期的にポイントを獲得する手段が定着し、プレイヤーたちの生活も安定してきた。
今は、そういう段階なのだった。
すべてのダンジョンが攻略され、ダンジョンが完全に撤退したあと、この世界はどうなるのだろうか。
ときおり、そんな疑問が頭をよぎるのだが、これについては判断材料が乏しくて、まともな結論が出てこない。
また、無理難題に近い、別のゲームがはじまるのかも知れないし、そのまま放置されるのかも知れない。
前者の場合は、苦労はするだろうかそれなりのリターンがあるはずだった。
しかし、後者の場合は。
マーケットの機能がこれまで通りに使えるとしても、多くのプレイヤーが早晩困窮するだろうな。
とは、思う。
新たにポイントを獲得する手段が断たれたとしたら、蓄えたポイントを使い果たせばそこで終わりなのである。
ただ、こうした想像、あるいは予測は、この時点でいくら心配しても、意味がないことでもあった。
多くのプレイヤーたちは、現状に不満はあるものの、それが根底から覆されるとは予測していない。
あるいは、勤めて、そうした不吉な考えを、振り払って生活をしている。
精神衛生的なことを考えると、それはそれで賢明な態度でも、あるのだが。
そんなある日、恭介たち三人は、酔狂連に呼び出される。
「恭介たちがもたらしたモンスター由来の素材から、新しい防具などを作ったので、それを試して欲しい」
とのことだった。
「合宿所造りと並行して、そんなこともやっていたのか」
恭介は、少し呆れた。
「既製品の武器作りとかも、相変わらず続けているんだろう?
手広くやっているなあ」
「まあ、うちは分業だからね」
武器職人の岸見は、そう答える。
「単純労働は、人形たちに任せているし。
他の部署が多忙になっても、別の部署は暇になっている。
そういうもんだよ」
そんなもんかな。
と、恭介も思う。
「それで、君たちが持ち帰ったダンジョンマスターの残骸を、浅黄姉妹が徹夜して調べたんだけど。
詳細はひとまず置いておいて、とりあえず、そこでわかった知見を利用した新素材で防具とかを作ってみたから、それの試験をして欲しいかな、って」
「具体的には、なにをやればいいの?」
遥が、訊ねる。
「それつけて、どこかのダンジョンに入る、とか?」
「いや、その前に、実戦での被ダメージ量とかを詳しく調べたいので」
岸見は、そう答える。
「その装備を身につけて、決闘システムを使って貰いたい」
「決闘、か」
恭介は、呟く。
「そういや、そういうシステムもあったな」
存在自体、すっかり忘れていた。
確かにあれならば、いくら暴れても、物理面でのダメージが、リアルに反映されることはない。
しかし。
「精神的なダメージは、別問題だしなあ」
と、恭介はいった。
「一種のヴァーチャル体験だとはいっても、痛みは感じる。
死傷すれば、メンタルなダメージはあるんだが」
「うん、そうだよね」
岸見はいった。
「君たちみたいな手練れを、普通のプレイヤーに相手をさせるのも忍びないし。
それに、性能試験のために、そこまでやる必要もない。
だから、決闘システムを、シミュレーションモードにして、だね」
「シミュレーションモード?」
恭介は、首を傾げる。
「そんなものが、あるの?」
「あるんだよ」
岸見は、そう答える。
「仮想の敵キャラクターが出て来て、それと戦うモードというのが。
若干、判断が遅かったりするけど、今回の場合、それでも問題はない」




